21・兄吸血鬼と弟吸血鬼
私は、見知らぬ吸血鬼の青年にエレベーターまで案内してもらうことにした。
歩きながら、彼に質問してみる。
「協会に所属していないのなら、あなたはどこで暮らしているの?」
「この近所に邸がある」
吸血鬼ハンター協会のご近所に、吸血鬼の邸とは……一体どういうことなのか。大丈夫なのだろうか。
彼が嘘を言っているようには見えないが、意味がよくわからない。
そんなことを考えながら歩いていると、すぐにエレベーターが見えてきた。
(あれだけ歩き回っても見つからなかったのに……)
こんなにすぐに戻れる距離だったなんて、ショックだ。
「あんた、名前は?」
「サラよ。サラ・キサラギ……協会の一級ハンターなの」
「……なんだ、売約済みか」
ボソリと青年が呟いた言葉に、首をかしげる。
「あなたの名前は?」
「……レオンだ」
「レオン、ありがとう。無事にエレベーターにたどり着けて助かったわ」
「構わない、ついでだから……何階へ行くんだ?」
何故か、レオンまでエレベーターに乗っている。
「あ、あの、レオンもエレベーターに乗るの?」
「ああ。で、サラは何階へ行きたいんだ?」
「五十階」
そう答えると、レオンは黙って五十階のボタンを押した。
エレベーターという密室にいるからだろうか、さっきよりもレオンから漂う良い匂いが増している気がする。
(……美味しそう)
不意に脳裏に浮かんだ考えに、私はギョッとした。
出会ったばかりの吸血鬼に対して「美味しそう」だと感じるなんて、頭がおかしいとしか思えない。
ブンブンと首を振り、馬鹿な考えを脳内から追い出す。
そんな私を、レオンが不思議そうに眺めていた。
五十階に着き扉が開くと、目の前にシュリが立っていた。
本部職員からの話は、既に終了していたらしい。
「サラ! 良かった、戻ってきた。迷子になっていないか心配だったんだ」
シュリの言葉に、私はギクリと身をこわばらせる。
……全く、彼の言う通りだったからだ。
「何もない場所で、サラは見事に迷っていたぞ」
私の後ろから顔を出したレオンが、余計な一言を付け加えた。
そんな彼を見たシュリが、目を見開く。
「レオン!? なんで、こんな場所にいるの!?」
「お前が戻って来ると聞いてな。まさか、サラの契約相手というのは……」
「僕だけど?」
「……そうか。やはり、兄弟だな」
髪をかき上げたレオンは、シュリを見ながら苦笑した。
「えっと、レオンとシュリは兄弟なの?」
言われてみれば二人とも銀髪で、雰囲気もどことなく似ている。
「そうだよ。レオンは僕の腹違いの弟なんだ」
「……!」
レオンが会いに来た身内というのは、彼の兄であるシュリのことだったのだ。
協会に所属する吸血鬼と、属さない吸血鬼という間柄だが、二人の仲は良さそうに見える。
「ところで、シュリ。一つ相談があるんだが……」
「ん? なんだい、レオン?」
「お前の隷属、サラを俺にくれないか?」
「……は? 何を寝ぼけたことを」
シュリの声が、一段と低く冷たくなる。
友好的だった雰囲気が、一瞬にして凍りついた。