20・吸血鬼ハンター協会本部で迷子になりました
ガタンゴトン……と、鉄のぶつかる音がする。
慣れない革張りの座席に座った私は、高速で過ぎ行く外の景色を眺めていた。
とはいえ、今は夜。普通の人間には、この景色もただの闇にしか見えないのだろう。
毎日のように、人ではなくなった自分を実感する。
ルシード国での訓練を終えた私は、協会本部のあるバーグ国への異動を言い渡された。
今は、移動中の汽車の中である。
個室を用意された私とシュリは、何をするでもなく大人しく部屋にこもっていた。
汽車に乗った当初は、物珍しくてあちこちを歩いて回ったのだが、一時間もすると飽きた。
ナデシコとユーロは、別の個室にいる。きっと、今日も仲良くいちゃついているのだろう。
お目付役として付いてきたのか、リコと数人の職員たちも一緒だ。彼らも別室にいる。
汽車に乗って二日後についたバーグ国は、ルシード国よりも更に都会だった。
夜だというのに、街を行き交う人の数は、祭り時のヤヨイ国の村よりもはるかに多い。
あちらこちらに小洒落た店が立ち並び、整備された石畳の広場には美しい噴水が設置されている。
広場を照らす灯りに水が反射して、きらきらと輝く光景は、いかにも外国の街といった感じでとても素敵なものだ。
そんな大きな街の広場の中央に、吸血鬼ハンター協会の本部はあった。
まるで山のような巨大な灰色の建物が、天に向かってそびえ立っている。
どこか硬質で近寄りがたい雰囲気のその建物の前には、上部に鋭い棘のような飾りのついた真っ黒な門が口を開けていた。
「……趣味の悪い建物ね」
「そうかな? 中は広くて綺麗だし、問題ないよ?」
門の手前でシュリとそんな話をしていると、一人の本部職員が走ってきて私達を出迎えた。
「ようこそ、一級ハンターのお二人様。お待ち申し上げておりました」
礼儀正しいその男性職員は、私達を建物内へ案内する。
入口を入ってすぐの場所に、エレベーターという初めて見る乗り物があった。
協会本部は背の高い建物なので、階上階下の行き来をこの乗り物で行うようだ。
エレベーターに乗り込んだ私達は、建物の最上階へと移動する。
「うわあ! 街がとても小さく見える!」
窓から外を見た私は、思わず歓声をあげた。田舎者丸出しである。
「この建物は、五十階立てですから。一級ハンターの皆様のロビーや会議室、食堂がこの最上階にあります。各個人のお部屋は、この下の階……四十五階から四十九階ですね。後ほどご案内しましょう」
職員は、私達を会議室へと導く。
リコとルシード国の職員達は別で用事があるらしく、エレベーターに乗って別の階へと去って行った。
「今日は移動でお疲れでしょうから、手短に説明しますね。四十五階以上のフロアなら、自由に歩いてくださって構いません。しかし、それ以下のフロアを歩く際は、お気をつけください。一級ハンターについて理解のない者もおりますから」
そう言って、職員は少し顔を曇らせた。
きっと、以前リコの言っていた話と関係があるのだろう。
※
職員から本部についての一通りの説明を受け、その場で解散となる。
しかし、吸血鬼達は職員から少し残るようにと言われていた。
「サラ、少し待っていてね。すぐに終わらせるから」
シュリは笑顔でサムズアップしているが……
(終わらせるって、シュリの一存で決めることじゃないでしょう?)
私は、本部職員に同情した。
せっかくなので、シュリを待つ間、本部内を探検してみることにする。
ナデシコは、「疲れているので会議室の外でユーロを待つ」とのことなので、一人で五十階から四十五階まで探索する。
本部の建物は、とにかく広かった。
ヤヨイ国の拠点なんて、ワンフロアにつき五つくらい入るのではないだろうか。
会議室から、食堂へ移動する。
吸血鬼も隷属も主食は血だ。
しかし、その他の食べ物もそれなりに食べる必要はある。でないと、お腹が空く。
吸血鬼や隷属にとっての血は、人間にとっての水や塩と同じ。生きていく上で、なくてはならないものなのだ。
食堂は、今は休業時間のようで、中には誰もいなかった。明かりも消えているし、静まり返っている。
(他のフロアを見てみようかな……)
私は、エレベーターに乗って、階下へ移動した。
(職員の人の言いつけ通り、四十五回より下には行かないようにしよう)
厄介ごとを、自ら引き寄せるような趣味はない。
四十九階には、小さなカフェスペースと図書室、簡単な日用品が揃う商店があり、他には個室が並んでいる。
物珍しい内部に、私はときめいた。
「建物の中まで都会だ……」
四十八階も、似たような内容だ。こちらは図書室の代わりに、医務室と衣装室がある。
四十七階にはサロンと書かれた用途のわからない謎の部屋、四十六階にはバーと書かれた謎の部屋がある。どちらも、ヤヨイ国にはなかったものだ。
四十五階は、迷路のようにややこしい形になっていた。どこまでも同じような内装に、複雑な曲がり角が続く。
そのせいで、私は途中で現在地がわからず、迷子になってしまった。
(やばい、恥ずかしい……!)
焦って周辺を行き来するも、エレベーターまで見当たらない。
なんとかして、迷路から脱出しようともがいていると、後ろから笑いを含んだ声がかけられた。
「さっきから、同じ場所をぐるぐる回って……なにをしているんだ?」
「えっ……!?」
驚いて振り返ると、銀髪に赤い瞳の青年が体を震わせながら壁にもたれて立っている。
(そんなに笑わなくてもいいじゃないの……というか、この人、全く気配を感じなかったわ)
ハンターをしている私の勘は鋭い方だし、隷属となった今は精度が増している。
だというのに、こんなに近づかれるまで存在を感じないなんておかしい。
迷子になって焦っていたからとはいえ、手痛い失態だ。
(それに、この感じ……)
私は、青年に向かって恐る恐る口を開いた。
「あなた……吸血鬼?」
敵意は感じられないが、彼が纏っている気配は人間と異なるものだ。それに、なんだかとても良い匂いがする。
「第一声がそれか。まあいい……迷っているのなら、目的地まで連れて行こうか?」
「……あなたは、協会に所属しているの?」
「少し違うが、ハンターに対して敵意を抱いてはいない。ここへは、身内を訪ねて来たんだ」
協会に所属していない吸血鬼がここにいる理由はわからない。
けれど、確かに彼には攻撃的な雰囲気がなかった。
本部ならではの事情があるのかもしれない。