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19・吸血鬼の血は甘いです

「サラもナデシコも、試験は合格だろう。協会は、二人をハンターとして充分使える状態だと判断した」


 ハンター協会支部で、リコからそう聞かされた私とナデシコは、安堵のため息をついた。

 どうやら、洞窟での吸血鬼退治も試験の一環だったらしい。

 無事に外で仕事ができたことが評価され、二人は正式に一級ハンターとして活躍できることが決まった。

 ルシード国での訓練の後、私達は各地に派遣され、より悪質な吸血鬼の退治に勤しむことになる。

 今は支部の一室に集まっているわけだが、シュリとユーロはこの場におらず、部屋の外で待機している。


「次の行き先は、この大陸の中央にあるバーグという国だ。ちなみに、協会の本部が置かれている場所で、シュリの出身国でもあるよ」


 リコが、行き先について説明してくれた。


「シュリの故郷へ行くの?」

「そう。訳あって、あの国は吸血鬼が多いからね……」

「……訳って?」

「バーグには、今ではほぼ見なくなった純血の吸血鬼がいる。だから、他所からも吸血鬼達が集まってくるのさ。吸血鬼は、純血に惹かれる性質を持つ。純血の吸血鬼に近づいて仕えたいと考える者や、庇護を求める者達がひっきりなしに訪れるから、あの国は吸血鬼の割合が異様に高い」


 バーグに住む人間達からすれば、迷惑な話だと思う。


「で、その純血の吸血鬼というのが、シュリの身内なんだよ」

「そういえば、リコは以前、シュリは純血の吸血鬼と人間との間に生まれたって言っていたわね」

「うん。シュリの父親は、今では数少ない純血吸血鬼の一人で、あの辺りの吸血鬼達を統括している。残念ながら、協会には属していないけれどね……」


 シュリの母親が、人間に殺されたからだろうか。

 吸血鬼をまとめる存在が、協会に所属してくれていたら、とても心強いだろうに。

 現実はそう上手くはいかず、難しいようだ。


「私達は、バーグにいる吸血鬼を退治すればいいのね」

「そういうこと。まあ、あっちには他にも一級がいると思うし、新人にそこまでヤバい案件は回ってこない。ただ……前もって言っておくけれど」


 リコは、何故か少し口ごもった。


「どうしたの?」

「……バーグの協会本部では、一級ハンターや吸血鬼は、少し肩身の狭い思いをするかも。あそこでは、毎日のように吸血鬼による被害が出ているし、なんといっても二級ハンターが多い場所だから」


 私は、リコの言っている意味がよくわからなかった。彼もそれを感じ取ったみたいで、苦笑いを浮かべている。


「まあ、現地に行けば、嫌でもわかるよ」


 私とナデシコは、リコの言葉に顔を見合わせた。


「ところで、サラ。顔色が悪いけれど、ちゃんとシュリから血をもらっている?」

「……う、うん。一応」


 とは言ったものの、私はまだ彼の血をもらうことに抵抗があったので、必要最低限の血しかもらっていない。吸血鬼であるリコには、それがバレているみたいだ。


「たぶん、まだ抵抗を感じているのだと思うけれど……隷属にとって、血の不足は死活問題なんだから。早く慣れなよ」

「……うん」


 隷属の母親を持つ彼には、今の私の状態が手に取るようにわかるのだろう。

 まだ若い吸血鬼であるリコは、私よりも一つ年下だ。けれど、協会で育ったからか本来の性質なのか、非常に常識的でしっかりしている。

 彼は、吸血鬼と人間である隷属との頼りになる折衝役でもあるのだ。


 部屋から出ると、すぐに廊下の壁にもたれているシュリと目が合った。

 彼と一緒に外で待機していたユーロは、そそくさとナデシコを持ち上げて、どこかへ行ってしまう。いつものことだけれど……


「シュリは、サラを甘やかしすぎだ。拒否されても、血は沢山あげなきゃダメだよ」


 続いて扉から出てきたリコが、シュリに向かってそう言った。


「……そうだね。でも、あんまり血を飲んでくれないんだよ。いつも、少し舐める程度だし」

「与え方が悪い。強制的にでも、もっと沢山飲ませなよ……そうすれば、たぶん本能の方が目覚めるだろうから」

「……わかった」


 血を飲めない私のせいでシュリが怒られているので、少し申し訳ない。しかし、飲めないものは飲めないので、どうしようもなかった。

 吸血鬼同士にしかわからない会話をする二人を横目に、私は今後の異動について思いを馳せる。

 バーグには、汽車というもので移動するらしい。この大陸には鉄道というものがあって、長距離を移動する際はそれに乗るそうだ。

 リコ曰く、陸を移動する船のようなものだとか。

 もちろん、ヤヨイ国にそんなものはなかったので、少し楽しみだった。


「サラ、部屋に戻ろう」


 シュリに促されて、私は自分の部屋に戻る。

 隷属の儀式を行ってから数日、シュリが毎日入り浸るようになったので、現在は彼と同居していると言っても過言ではない状態だった。

 部屋に着くと同時に、シュリが私に口付けてくる。甘い味がしたので、血を飲ませてくれているのだとわかった。

 シュリの唾液が混ざっているためか、血をもらうときはいつも媚薬効果で頭がふわふわする。


「リコに怒られちゃったね、サラ」

「ん……」

「でも、無理に血を飲むように促すのは、よくないと思って……」


 シュリの言う通りだ。私は、沢山の血を飲むようにと強制されたくなかった。

 いくら隷属になったからとはいえ、つい最近まで人間だったのだ。他人の血を飲むと言う行為が苦手なのだから仕方がない。

 私の思いを汲んで、シュリは今までそのあたりを配慮してくれていた。口移しだって、直接彼の肌に噛みつくことができない私への心遣いだと思う。


「……ねえ、もう少しだけ多く血を飲んでみる?」


 先ほどのこともあったので、私は黙って頷いた。きっと、今もらっている量の血ではダメなのだろう。シュリが頻繁に血を飲ませようとするので、おかしいとは思っていた。

 私には、吸血鬼の血が足りていないのだ。

 ふわふわした酩酊状態の私の目の前で、シュリは自らの首筋に指を当てる。彼の指が通った跡から血が溢れ出してきた。爪で皮膚を切ったのだろう。


「サラ、おいで」


 一旦、私から離れてベッドに腰掛けたシュリの首筋からは、とても美味しそうな甘い香りが立ち上っていた。

 吸血鬼の唾液による媚薬効果のせいで、今の私は自制が効きにくい。誘われるままに、ふらふらと彼の元へ歩いて行く。

 シュリの首筋から、視線が外せない。そんな自分が嫌だ。

 近づいてきた私を抱き上げた彼は、向かい合わせの状態で膝に座った私に微笑みかける。


「好きなだけ舐めていいよ?」

「……うう」


 私は押し黙ったが、体は正直だ。シュリの血の匂いに、過敏に反応している。

 今すぐに、シュリの血が欲しい。けれど……吸血鬼の血を摂取すると言う行為に、罪悪感を覚えてしまう。


「怖がることはないんだ。吸血鬼は、人間の血がないと生きていけない。隷属が吸血鬼の血を欲するのは自然なことだよ」

「……わかっているんだけど、ちょっと抵抗があって」

「少しずつでいいから、舐めてごらん?」


 優しく諭された私は、言われた通りに彼の首筋に顔を近づける。流れ出た血をそっと舐めると、とても幸せな気分になった。

 シュリの血は、まるでヤヨイ国の裏町で売られている麻薬みたいに中毒性があると思う。麻薬に手を出したことはないけれど。


(甘くていい匂いで、美味しい……)


 少しでも口にすると、止められなくなりそうで怖い。だから、今まで進んで彼の血を口にすることができなかった。


(こうしている今も、我を失いそうで不安だもの)


 自分を保てているうちに、切り上げなければと思う一方で、シュリの血から離れがたい思いも増していく。


「サラ、まだ全然足りていないでしょう?」

「で、でも……うわっ!?」


 やんわりと強引に、シュリが私を押さえつけてきた。

 ……唇がシュリの首筋にくっついた状態のまま、身動きが取れなくなる。


「んんっ」

「ほら。こうすれば、血を飲むしかないでしょう?」


 他の選択肢を奪うのは、きっと彼の親切心だ。


「難しいことは、何も考えなくていい。本能に従ってよ」


 シュリの言葉で、私の理性の壁が音を立てて崩壊する。


(ああ、もう駄目だ……)


 意思による抵抗を諦めた私は、隷属の本能の赴くまま、一心にシュリの血を啜った。


(足りない、もっと欲しい……)


 今流れ出ている分だけでは、この渇きを満たせない。

 気づけば、私はシュリの肌に牙を立てていた。隷属になってから鋭さを増した犬歯が、彼の皮膚を突き破っている。

 けれど、シュリを傷つけてしまった罪悪感を感じつつも、私は血が欲しくてたまらなかった。


「それでいいんだよ、サラ。それは、隷属として普通のことなのだから」


 悪いと思っているのに、シュリは私を増長させるようなことを言う。

 隷属としての私は、主である吸血鬼の血を得て満足しているというのに心が苦しい。

 知らぬ間に流れ出た涙を、彼が優しく拭ってくれた。



 あれから、私は一時間ほどシュリの血を口にし続け、ようやく満足して食事を終えた。

 後には、満面の笑みを浮かべるシュリと、気まずさを隠しきれない私がいる。


「ごめんなさい、シュリ。首、痛くない?」

「全く痛くないよ。それどころか……」


 何故か、顔を赤らめるシュリ。

 詳しく聞くと、どうやら隷属の唾液にも多少の媚薬効果があることがわかった。


「やっぱり、給餌の際に苦痛にならないように……というか、むしろ給餌したくなるようになっているんだろうねえ」


 感慨深げにそう漏らすシュリは、彼よりも真っ赤な顔になっている私を抱き寄せ、再び口づけたのだった。

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