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1・吸血鬼に出会いました

 真っ赤な炎に包み込まれた小さな町の中、たくさんの死体が地面に転がっている。死体は、大人も子供も男も女も関係なく、ただ無差別に折り重なって倒れていた。

 立っている者は異形ばかりで、彼らはまだ燃えていない死体を漁り貪っている。

 そんな中を、幼い私は死体の隙間を縫って腹ばいで進んだ。


 ――この世界は、吸血鬼に侵蝕されている。



「う〜ん……」


 血のように真っ赤な夕日に照らされた簡素な板の間で、私――サラ・キサラギは静かに目を覚ました。

 魘されていたせいか、両手は固く握り締められており全身汗だくだ。


(嫌だわ、またあんな夢を見るなんて。今日は大事な試験の日なのに)


 床の上に直接敷かれた布団をたたみ、夜に行われる試験に備えて身支度を整える。

 吸血鬼ハンターである私の活動時間は夜。

 人間がひっきりなしに吸血鬼被害に遭うこの世界で、そんな外敵から身を守るために生み出された職業が吸血鬼ハンターだ。


 吸血鬼ハンターは世界中のあらゆる国に存在し、それらを纏めているのが吸血鬼ハンター協会。

 個々では限界のある吸血鬼退治だが、ハンター達を組織化することで効率よく敵に対処できる。

 そして、協会に認められた正式な吸血鬼ハンターには、三つのランクがあった。

 三級、二級、一級――


 私は、一般的なランクである三級吸血鬼ハンターだ。

 ある程度の吸血鬼退治の技量があれば、誰でも三級吸血鬼ハンターにはなれる。

 二級や一級に昇格するには、協会の決めた試験に合格する必要があるが……

 そして、今日は三級吸血鬼ハンターから二級吸血鬼ハンターへ昇格するための試験がある日だった。

 私達の活動時間帯に合わせ、試験は夜に行われることになっている。


「ちょっとぉ、サラ。そろそろ起きなよ、試験の準備をしなくてもいいのかい?」


 木でできた扉が勢い良く開き、短い黒髪に菫色の着物姿の女性が姿を現した。

 私の同僚であるアズキ・タテシナだ。

 彼女は同じ三級吸血鬼ハンターで、私よりも五歳年上の大人の女性。

 面倒見が良く、私のことを妹のように扱ってくれる。


「今起きたところ。大丈夫、試験には間に合うから!」


 アズキも、私と同じ二級試験を受けることになっていた。

 私達の住むヤヨイ国は、東の大陸のはずれにある小さな島国で、人口も少なく貧しく僻地にあることから世界でそれほど重要視されていない場所だ。

 よって、吸血鬼ハンターの試験も十年に一度しか行われない。

 大陸に渡れば試験自体は開催されているものの、高額な渡航費は一般庶民には手が出せない金額だった。

 だから、この機を逃すと次は十年後の試験を待つしかなくなる。


 私は用意していた黒地にレース柄の着物に着替え、長い黒髪をリボンでひとつに結んだ。

 帯には、吸血鬼の弱点である銀製の刀をくくりつけている。

 この国の標準的な衣装は着物だが、吸血鬼ハンターの着物は動きやすいように裾が膝までになっていた。


「ねえ、サラ。あんた、まだ十七歳なのに……本気で二級試験を受けるのかい?」

「そうよ」

「悪いことは言わないから止めておきなよ。失敗すれば、廃人になっちまうんだよ? そんな若くて可愛いのに勿体ない!」


 二級の試験は、弱い吸血鬼を退治するだけの三級の試験とは違う。そんなことはわかっている。

 三級吸血鬼ハンターは、対吸血鬼用の武器を持つただの人間だ。

 身体能力も人間の域を出ず、強い吸血鬼には太刀打ちできない。


 それが、二級吸血鬼ハンターになれば可能になるのだ。

 ある程度強い吸血鬼も、簡単に狩ることができる。


「それは、アズキだって同じでしょう? まだ二十二歳なんだから。吸血鬼の血を注射器で体内に入れた時の拒絶反応は、強烈なのよ?」

「私は成人しているけれど、あんたは十八歳未満の未成年だから心配しているんだよ」


 二級吸血鬼ハンターは、大体の吸血鬼に対抗出来るという。

 体内に入れた吸血鬼の血の力で、彼らと同等の力が出せるようになるからだ。

 だが、得る力と引き換えにリスクも大きい。


 試験では各自吸血鬼の血を注入されるのだが、これで大半の人間が脱落する。

 血を入れた際の拒絶反応が凄まじいのだ。

 運が良ければ二級吸血鬼ハンターになれるが、最悪の場合は死に至る。

 結果は誰にもわからない。


「仮に成功して二級吸血鬼ハンターになれたとしても、体が保つのは長くて二十年。あんた、三十七歳で死ぬつもりかい?」

「何を言っているの、アズキ。もし三級吸血鬼ハンターのままでいても、討伐する相手が悪ければ明日にでも死んでしまうかもしれない。差なんてないわ」


 私が言葉を返すと、「確かにそうだ」と言いつつ、アズキが頭を抱えて押し黙った。


「絶対に、二人で生き残ろうね……アズキ」

「そうだな。また一緒に吸血鬼退治をしよう、サラ」


 祈るように言葉をかけ合い、二人で試験場へと向かう。

 試験場はいつもの職場、吸血鬼ハンター協会ヤヨイ支部。

 この島国で唯一の吸血鬼ハンター達が集う場所だ。


 薄暗い廊下を進み、試験が行われる中央会議室へと歩を進める。

 会議室の入り口では、守秘義務についての書類と受験の最終意思確認の書類にサインを書かされた。


「徹底しているなあ……」


 アズキが呆れたように肩をすくめながら、会議室の扉へ手をかける。

 彼女が扉を開くと、四方を木の板に囲まれた、だだっ広い空間が現れた。

 リスクがあっても二級吸血鬼ハンターになりたいという人間は多いようで、会場には五百人ほどの人間が集まっている。


 この島国では、吸血鬼ハンターが慢性的に不足していた。

 現在は三級が二千人、二級が五十人ほどしか在籍していない。

 人口と面積の少ない島国なので、吸血鬼ハンター協会から後回しにされているのだ。


 会議室へ入室すると、受験者達は試験官によって決められたグループに分けられる。

 アズキと別のグループになってしまった私は、一人で広い会場内を見回し違和感を感じた。


「……いる」


 それは、私の大嫌いな吸血鬼の気配だった。


(この試験会場内に吸血鬼が紛れているの? 一体、どういうこと?)


 七歳から吸血鬼ハンターとして働いてきた私は、他の人間よりも少しだけ鼻が利く。

 なんとなく、吸血鬼の気配を察知することが出来るのだ。

 集中しようと意識を研ぎ澄ませていたその時、すぐ近くから声がかけられた。


「どうしたの、可愛いお嬢さん。不安そうな顔でキョロキョロして……」


 戦闘モード全開で気配を追っていたのだが、急に話しかけられたことで集中力が途切れてしまう。

 言い訳をしようと隣を向き、思わず言葉に詰まった。

 目の前に、見たこともないような美形が微笑みを浮かべて立っていたからだ。


「大丈夫かい? 試験前だから、緊張してしまった?」


 年は、同僚のアズキと同じか少し下くらい。

 ヤヨイ国では見かけない、絹糸のような白銀の髪に神秘的な翡翠色の瞳を持つ青年である。

 服装も、この国のものではない。


「あなたは、一体……」


 しかし、どういった人物なのかを問いかけようとした直後、試験官が試験の説明を開始した。


「静粛に!!」


 真面目そうな中年男性が、中央にある台に立ち声を張り上げる。


「では、本日の試験についての説明を開始する!」


 ざわついていた会議室内は、彼の声で水を打ったように静まり返った。


「まずは、一級吸血鬼ハンターの適正試験を開始する」


 その言葉に、私は思わず首を傾げる。


(え……? 二級じゃなくて一級?)


 私と同じことを思った人間が多かったのだろう、試験官の言葉に再び会議室内にざわめきが戻った。


「静粛に。守秘義務が課せられているため、諸君らは知らないだろうが……二級試験を行う際には、毎回一級の試験も行っているのだ」


 一級吸血鬼ハンターは、幻とも言われている存在だ。現に、ヤヨイ国には一人もいない。

 彼らは、人間に味方している変わり者の吸血鬼達と直接血の交換を行い、二級と同等かそれ以上の力を得て敵と戦っているらしい。

 島国育ちの私にわかるのは、それくらいだ。なにしろ、縁がなさすぎる。


「前回この国で行った試験では、一級合格者は出なかった。さて、吸血鬼ハンター諸君はその場に座ってくれ」


 試験官の言う通りに、私はその場に正座した。

 女性の場合、正座をしなければ着物の中が見えてしまうのだ。


 他の受験者達も次々に座るが、五人だけ立ったままの者達がいた。

 私の隣にいた白銀色の髪の青年も立っている。

 私が不思議に思っていると、試験官が話を再開した。


「今立っている彼らは、我々に協力的な吸血鬼。つまり、吸血鬼ハンター協会の一員だ。彼らは、一級試験の試験官を務める」


 吸血鬼という言葉に、会議室内が殺気立つ。

 それはそうだろう。ここにいる吸血鬼ハンターの多くは、吸血鬼に対して敵意を抱いている。


(私が感じていた気配は、これだったのね)


 ここにいる吸血鬼達は、全員男性だ。

 彼らは、ハンター達の放つ殺気に対して余裕の表情を浮かべている。


「さて、吸血鬼諸君。一級合格者がいた場合は、会議室の外へ連れて行くように」


 一級合格者は、吸血鬼達の裁量で決められるようだ。


(一体、何を基準に決めるのかしら? 十年前は一人も出なかったんだし、私は二級の試験までボーッとしておけば良いわよね。吸血鬼達への警戒は怠らないけれど)


 正直言って、一級なんてわけのわからないものよりも二級の方が現実的だ。


 五人の吸血鬼達は、無言で会議室内を見回した。

 そのうち三人は、会議室内を歩き回りながら受験者一人一人を値踏みしている。

 受験者の側はといえば……無言で彼らを観察する私のような者、怯えて彼らから距離をとる者、何かを期待する眼差しを彼らに送る者、ひたすら殺気を飛ばす者など反応は様々だった。


 しばらくすると、歩き回っていた三人の吸血鬼が、台の上に立っている試験官の元へ集まった。

 おそらく、一級合格者が見つからなかったということだろう。

 残る吸血鬼は二人。


 不意に私から離れた位置に立っていた茶色の髪の吸血鬼が、台があるのとは反対方向へと進み始めた。

 その吸血鬼は、会議室の後ろの隅に座っていた一人の女性の手をとり、優雅な動作で彼女の指に口付ける。

 吸血鬼に手を引かれた女性は、彼に促されるまま、おずおずと会議室の外へ歩いて行った。


「どうやら、合格者が出たようだな」


 台の上に立っている試験官が、どこかホッとした様子で受験者達にそう告げた。


(一級合格者が出れば、吸血鬼ハンター協会としても助かるのかしらね)


 他人事のようにそう思っていると、突如背後から脇の下にニュッと手が差し込まれた。


(えっ……!?)


 その手は、混乱している私の体を易々と持ち上げる。


「ねえ……よそ見ばっかりしていないで、少しは僕の方を見てくれないかな。薄情なお嬢さん?」

「え、あ、あのっ!?」


 くるりと身体を回転させられた私の眼の前にあったのは、吸い込まれるような美しい翡翠色の双眸。

 私のすぐ隣にいた、あの吸血鬼の青年の瞳だった。


「あ、あの、あなたは……」

「自己紹介は後で。今は、この無粋な部屋から早く出ようね?」


 彼は一方的に私にそう告げると、今度は私の膝の下にも手を差し込む。


「ちょっと、何をするの?」


 抵抗する私に向かって、彼は色っぽい吐息と共に小さく囁いた。


「……じっとしていないと、座っている人間に君のパンツが見えてしまうよ?」

「パ、パンツ……ッ!?」


 慌てて体の動きを止めた私の体を横抱きにして歩き出した青年は、大人しくなったこちらの反応がお気に召したのか機嫌良さげに笑っている。


(パンツを死守するために、静かにしているだけなんですけど……!)


 公開お姫様抱っこ状態で会議室を後にした私は、精神的にかなり参っていた。

 青年は私を抱きかかえたまま廊下を進み、協会の再奥にある支部長室へと入る。

 そこには、少し前に部屋を後にした女性と茶髪の吸血鬼もいた。


「ねえ、これって……」


 我に返って問いかける私に、青年は微笑みながら形の良い唇を開く。


「一級吸血鬼ハンター試験合格おめでとう、林檎みたいに真っ赤な顔のお嬢さん」


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