17・吸血鬼の巣に行きました
吸血鬼のコロニーは、街から少しはなれた森の中、小さな洞窟の奥にあった。
「あー……、これは、雑魚だね」
洞窟の入り口で、シュリが笑顔でとんでもない発言をする。
「雑魚って事はないでしょう、シュリ。一応、隷属を持つ吸血鬼なのに」
「そうでもないよ。サラはヤヨイ国しか知らないから、そう思うのかもしれないけれど……こんな洞窟にコソコソ隠れ住むようなレベルの奴は、雑魚と言って差し障りない。強い吸血鬼は、城や屋敷を構えて憎らしいくらいに堂々としているからね」
「そうなんだ……」
シュリの説明が、やたらと具体的だ。
「まあ、それくらい強い相手は、もっと内陸の方にしかいないから大丈夫。サラは、何も心配しなくていいからね」
どさくさに紛れて、背中から私に抱きつくシュリ。私は、そんな彼をベリベリと引き剥がして言った。
「シュリ……! こんな場所で抱きついちゃダメだってば」
「向こうを見てみなよ。ユーロよりはマトモだと思うけど?」
促されるままにユーロを見ると、ナデシコを岩壁に押さえつけ、口付けている最中だった。
(ユーロ……自由すぎるわ)
コロニーに潜む吸血鬼は、こちらの気配に気づいていないのだろうか。
周囲は静まり返っている。
(でも、洞窟の奥に吸血鬼の気配がするから、中にいるはずなのよね)
その勘は私の経験によるものだが、シュリの隷属となった今、以前よりも勘の精度も増しているように思える。
「僕らが奥へ入るから……サラとナデシコは、出口で待機しておいて。相手を逃す気はないけれど」
「わかったわ。洞窟の外に逃げ出さないように、私がここで食い止める」
「じゃあ、行ってくるね」
シュリは、ごねるユーロをリコと一緒に引きずりながら、洞窟の奥へと消えていった。
「ユーロ様……大丈夫かしら」
ナデシコが、心配そうに吸血鬼達が消えた方向を見つめている。
「シュリ達が大丈夫だというなら、大丈夫なんじゃないのかな……私も不安だけど」
「はあ、心配です……」
「ナデシコさんって、ユーロと恋人同士なの?」
私がそう聞くと、ナデシコが飛び上がった。
「えっ、そ、そ、そんな……わ、わたくしは」
ものすごく動揺している彼女の顔は、ヤヨイ国産の桃のように赤い。
……とても分かり易かった。
「ただ、ユーロ様と毎日口付けたり、同衾したり……そ、その他色々、サラちゃんには言えませんが、色々……しているだけですわ。それに、恋人ではなく、私達は夫婦。サラちゃんとシュリさんも、夫婦でしょう?」
「そ、そうだったわね……」
隷属になったということで頭がいっぱいだったが、同時にシュリと夫婦関係になったのだと改めて認識する。
ナデシコではないけれど、少し恥ずかしくなってきてしまった。
(まあ、私はナデシコのように、彼に恋をしているわけではないけれど)
出会った当初よりも、彼のことを信用してはいる。
(私が隷属になった時も、付きっ切りで世話をしてくれていたみたいだし……)
洞窟の奥を見つめながら、私は吸血鬼達が無事に戻ってくることを祈った。
中の気配は、まだ減っていない。味方も無事だが、敵も退治しきれていないようだ。
(……? この気配は?)
中とは別に、洞窟の外にも吸血鬼の気配を感じた私は、そちらに目を向けた。
洞窟の周囲には林が広がっているのだが、木々の間からこちらに向かってくる微かな足音がする。
「ナデシコさん、吸血鬼は外にもいるみたい……戦える?」
「えっ……!? そ、そんな……!!」
「無理なら、私の後ろに隠れていてね」
私とは違い、ナデシコは後方支援担当だった。
直接の戦いに慣れていないのなら、彼女を無理に戦わせたくない。
(ナデシコに何かあれば……後で、ユーロが怖いし)
あのメイドのような目には遭いたくないので、私は黙って自分の武器を抜いた。
手にしているのは、ヤヨイ国でハンターをしていた時に使っていた細身の刀だ。
カサカサと葉が擦れ合う音がし、やがて二人の影が現れる。隷属になり夜目も利くようになったので、相手の姿がくっきりとわかった。
二つの影は女性、そして吸血鬼ではない。彼女達は、吸血鬼とは様子が少し違う。
きっと、洞窟に住む吸血鬼達の隷属なのだろう。
もともと、女の吸血鬼は少なく、私自身は目にしたことがない。
「……お前、誰だ? この洞窟に何の用だ?」
相手も私の正体に気がついたのだろう。
警戒しながら問いかけてくるものの、すぐに攻撃してくる様子はなかった。
「ナデシコさん。洞窟の中の気配が減ったから、奥へ向かって走ってください」
私の言葉にナデシコが頷く。彼女は、自分が足手まといになるとわかっているのだ。
「わかりました。シュリさんを呼んで来ますので、無理はしないでくださいね」
そう言い残し、ナデシコは岩に開いた大穴の中へ駆け込んで行く。
その様子を見た隷属達が彼女を追おうとしたが、私が刀で食い止めた。
「何をする?」
「私は、あなた達を退治しに来たの。この先には行かせない」
「お前は、敵なのだな。我々を倒してどうするつもりだ?」
「なにもしない。ハンターの仕事は吸血鬼を退治することだけだもの。それを邪魔するなら、あなた達も退治の対象に入れる。実際、隷属は主人のために人攫いを手伝ったり、ハンターの邪魔をしたり……碌なことをしないものね」
私の言葉を受けて、隷属達が不機嫌そうに顔を歪めた。
「お前だって、我々と同じじゃないか。血をもらうためなら、なんでもするのだろう?」
「……人攫いはしないけど」
「仮にお前がハンターだとしても同じこと、吸血鬼の命令には逆らえない。拒めば血を得ることができず、飢えて死ぬ。お前も、私たちも、吸血鬼の奴隷であることに変わりはない……!」
言うやいなや、隷属達は私に飛びかかって来た。至近距離で、懐に持っていたのであろうナイフを取り出して振り回す。
彼女達の動きは早いが、隷属である私には全て見えていた。
二人とも隷属ではあるものの、戦闘においては素人。おそらく、もともと普通の人間だったところを連れ去れて隷属にされたのだろう。
「私たちは死にたくない! 今まで、あの方に逆らって血をもらえずに死んでいった仲間を何人も見てきた! お前は同類のくせに、どうして私たちの邪魔をするんだ!」
隷属達のナイフを刀で弾き飛ばす。
武器をなくした彼女達は、今度は爪で襲いかかって来た。吸血鬼や隷属の爪や牙は武器にもなるのだ。
「主人に捨てられたら、私たちは生きていけない! 私はまだ死にたくない!」
それは、彼女達の必死の叫びだった。
わかっている、目の前の隷属達だって被害者なのだ。
けれど、野放しにすると新たな犠牲者が出てしまう。
しばらく戦っていると、唐突に隷属の一人が血を吐いた。
「え……?」
それを見たもう一人が、仲間に駆け寄る。
「大丈夫、発作が出たの!?」
発作とは、どう言うことなのだろう……
疑問に思っていると、後ろの洞窟から答えが返ってきた。
「相性が悪い相手を無理やり隷属にすると、拒絶反応が出るからね。中にいた隷属も弱かったし、そんなことだろうと思ったよ」
振り返ると、闇の中に白銀色の明るい髪が見える。中の敵を倒したシュリが、戻って来たのだ。
(ユーロとナデシコは、まだ奥にいるのかしら?)
詮索するのは野暮だと思うので、私は二人を放置することにした。