13・吸血鬼と口付けしました
「サラ、良い子だから暴れずにじっとしていて?」
私を組み敷いたシュリの顔が近づいてくる。
肉食獣に狙われた子ウサギのように、私は身を縮めて捕食者の襲来を待つ他なかった。
首元に、彼の息がかかる。
「シュリ……」
「大丈夫、痛くないよ。傷もナイフで切るより早く治るからね」
シュリの唇が肌に触れ、白銀色の髪が私の肩の上を流れる。
そして、硬い彼の犬歯――吸血鬼の牙が首筋に当たる感覚がした。
よく研いだ刃物並みに鋭い牙は、そのまま垂直に私の皮膚を突き破る。
「いっ! ……たくない?」
シュリの牙が刺さっているはずなのに、不思議と痛みは感じなかった。
吸血鬼の唾液の麻酔効果のせいだろう。
「シュリ……今、私の血を飲んでいるのよね?」
質問するが、彼は私の首元に顔をうずめたままで動こうとしない。
「血って、たくさん必要なの? 一滴ではダメなの……っひゃあっ!!」
思わず叫んでしまったのは、シュリの舌が肌に触れたからだ。
なんだか全身が熱く、呼吸も乱れ、変な気分になってくる。
(ハッ……!! こ、これが媚薬効果なの!?)
恐るべし、吸血鬼!!
「シュリ! もういいでしょう!? は、早く離れて……!!」
私は、シュリを押しのけながら叫んだ。
すると、ようやく気がついてくれたようで、彼はゆっくりと私の首筋から唇を離す。
「……美味しい」
恍惚とした表情で、そう囁くシュリ。
そんな彼は、思わず息を飲むくらいに壮絶な色気を纏っていた。
「あまり血をもらいすぎると、サラが貧血を起こしてしまうからね。本当は、もっと味わいたいけれど……こればかりは仕方ない」
「次は、私がシュリの血を貰えば良いんだよね?」
そう言って、私はシュリの出方を伺う。具体的にどうすれば良いのか、よくわからないからだ。
協会の人間は、儀式の詳細について詳しく語ってくれなかった。
相手の吸血鬼に聞いたほうが早いというのが理由らしいが……
シュリに、私の持っている銀製ナイフを渡すわけにもいかないし、彼の首に噛み付くわけにもいかない。
人間である私に牙はなく、唾液も普通。そのまま歯でシュリを噛んだら、ものすごく痛そうだ。
どうするのかと思っていると、シュリは自らの歯で唇を少し噛み切った。彼の口の端から少量の赤い血が滲み出る。
「サラ……」
愛おしそうに私の名を呼んだシュリは、そのまま私に口付けた。
「んっ!?」
初めて異性から口付けされたことで、私は頭の中が真っ白になった。
「僕の血を飲んで……?」
放心状態の私を現実に引き戻すように、シュリが声をかけてくる。
(そうだ、ボサッとしている場合じゃなかった……!)
当初の目的を思い出した私は、押し付けられた唇に滲む血を少し舐める。
シュリの血は、はちみつのように甘い味がした。
(少し舐めるだけで足りるのかな?)
戸惑っていると、シュリの口付けが一層深くなった。彼の舌が、私の唇を割って侵入してくる。
「んんーっ!?」
私はシュリの頭をつかんで、必死に自分から引き離そうとした。
しかし、普通の人間が吸血鬼の力に抗うことは困難だ。
そうしている間にも、シュリの血が彼の唇から垂れ、私の口内へと零れ落ちる。
彼の唾液による媚薬効果もどんどん増していき、私の頭は朦朧とし始めていた。
一通り私の口の中を堪能した後、シュリはゆっくりと唇を離す。
(……始めての接吻だ)
混乱する頭の中、そんなことを考えている自分にうんざりする。
今はシュリの隷属になる一歩手前であって、それどころではないというのに。
「サラ、大丈夫?」
「シュリ……平気、らいじょうぶ」
(おかしい、舌が回らない。考えもまとまらない。体に力が入らない)
視界が曇り、シュリの声が遠ざかっていく。
意識を手放す最後に、私の心臓がドクンとひときわ大きく脈打った。
<用語解説:隷属について>
吸血鬼と血を交換した(吸血鬼の血を飲んで、自分の血を飲ませた)人間。
半吸血鬼化し、吸血鬼い近い力を持つようになる。
血の交換をした吸血鬼の血を定期的に口にしなければならない。