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10・吸血鬼の出自を知りました

 拠点に戻った後で再びナイトマーケットへ出かける予定だったのだが、予想外のことが起こっていたために私は外出を取り止めた。

 知らぬ間に、ナデシコが隷属の儀式を行っていたのだ。

 彼女は今、ユーロの血をその身に受けて昏睡状態なのだという。

 シュリも、渋々外出の取り止めを了承してくれた。


 吸血鬼達が「血の契約」と呼ぶ隷属の儀式は、吸血鬼と人間が互いの血を体内に取り込むことで成立する。

 人間は隷属となり、吸血鬼がその主となるのだ。

 隷属となった人間は、定期的に主である吸血鬼の血をもらわなければならない。

 でなければ、血に飢えて理性を失い、暴走してしまう。


 一見、人間側が圧倒的に不利な条件の「血の契約」。

 しかし、人間側はこれによって吸血鬼並みの力を手に入れることができるのだ。今までは太刀打ちできなかった強力な吸血鬼にも立ち向える。


 シュリが部屋に戻っている間、私は自室近くの廊下にいた職員に質問していた。

 彼は、食堂で私やナデシコに一級のあり方について説明した人物である。


「ナデシコさん、大丈夫なの? 死んだりしない?」


 こういう事態に慣れているからだろうか。

 職員は、どうということはないという風に冷静に言葉を返してきた。


「心配いらないですよ、血の契約で死者は出ません」

「でも、昏睡状態なんでしょう?」

「ええ、隷属となる人間は三日ほど昏睡状態に陥ります。その間に体の中が作り変えられ、別の生き物として目覚めるのです」


 彼の言葉に、私は思わず息を飲む。

 二級の試験を受ける時から覚悟していたつもりだった。

 吸血鬼の血をその身に受けるということは、人間ではない者に生まれ変わるということだ。

 自分達が倒す敵の一部を、その身に宿すということ。


 隷属は、ただ吸血鬼の血を注入された二級の人間よりも、さらに吸血鬼に近くなる。

 ナデシコは、今日隷属の儀式を行った。近いうちに、私も同じことをしなければならない。


(怖い……)


 今更儀式を恐れるなんて、どうかしている。二級試験にも、覚悟を持って臨んだはずだった。

 だが、人間ではなくなってしまう上に、下手をすれば暴走して吸血鬼と同様に処分されてしまうことを考えると、腹の底から不安がこみ上げてくる。

 心の中を周囲に悟られないように踵を返して部屋に戻ろうとすると、廊下をこちらに歩いてくる緑髪の小柄な吸血鬼――リコと目が合った。


「サラ。顔色が悪いけれど、どうかしたの?」

「……なんでもない」

「なんでもないって様子じゃないよ。もしかして……ナデシコのこと?」


 図星を衝かれて、私は思わず口を噤む。

 だが、そんな私に、リコは思いの外優しく声をかけてきた。


「不安になるのは、当たり前のことだよ。ナデシコも、隷属になることを怖がっていた」

「……ごめん。覚悟がなくて、未だに儀式を不安がっているなんて、ただの甘えだというのはわかっているわ」

「難しく考えすぎだよ。隷属って、そんなに悲壮な存在じゃない。シュリなら、きっと大丈夫だから」


 そんなことを言い切るリコだが、隷属は割と悲惨な存在だと思う。


「俺の母親は、隷属だ。父は協会に協力している吸血鬼で、母は一級ハンター」

「えっ……そうなの!?」

「二人は、今も他の拠点で働いているよ。鬱陶しいくらいに仲良しだ」

「そういう例もあるのね」


 尚も私が不安そうに見えたのだろう、リコは話を続ける。


「俺は協会で育てられたけど、他にも仲の良い夫婦は多いよ? シュリも母親は人間だから、そんなに無茶しないと思うし……」

「で、でも……私たちが退治しているほとんどの吸血鬼の母親は、人間なんでしょう?」


 吸血鬼は女性が生まれにくく、大抵の吸血鬼は人間の女性との間に子供を作る。


(その場合、女性を攫って孕ませているわけだけれども……)


 血が合わない場合でも、相手を愛していなくても、無理やり隷属化して子供を産ませる例は多い。

 その場合、吸血鬼の母となった女性の寿命は大幅に縮む。二級試験の副作用のようなものだ。


(だから、吸血鬼の数がなかなか減らなんだよね)


 淘汰しても、次々に人知れず生まれてくる吸血鬼達。

 リコのように人間社会の中で育った吸血鬼なら安全かもしれないのだが、吸血鬼の世界で吸血鬼の常識に染まった子供は、当たり前のように人間を餌として捉える。


「シュリも、協会の吸血鬼と一級ハンターの子供なの? その割には、メイドに刃物を向けたり、びっくりするような行動を取るけれど……」

「ああ、彼は協会で育ってはいないよ。ちょっと変わったケースでね。あと、愛する嫁が絡むと凶暴化するのは、吸血鬼の本能みたいなものだから責めないであげて」


 責めないであげてと言われても、怒ると見境が無くなってしまうのは困る。


「シュリは、純血の吸血鬼と人間の子供。ある程度の年齢まで母親に育てられているから、そこらの吸血鬼よりはマトモだよ」

「……でも、協会では育っていないのよね?」

「うん、シュリは自分から協会にやってきた変わり者。詳しくは知らないけど、彼の母親は吸血鬼に恨みを抱く人間に殺されていて……同じようなことが起こらないように、吸血鬼と人間の不和を緩和させるために協会で働いているみたい」

「……そう、なんだ」


 私は、シュリのことを何も知らない。シュリは、少しずつ互いを知っていこうと言っていたけれど。


(まさか、彼の母親が人間に殺されていたなんて)


 彼は人間に友好的だったので、少し驚いた。


「僕の噂話はそのくらいにしておいてくれるかな?」


 二人しかいない廊下に、不意に第三者の声が響く。職員は、すでにどこかへ去って行った後だ。


「リコは、世話焼きだよね? サラ、他に聞きたいことがあるのなら、僕が答えてあげるけど?」

「シュリ……」


 私は、彼に何と話していいかわからずに、押し黙った。

 そんな様子を見ているにもかかわらず、リコはこの場を去ろうとしている。


「俺は退散するけど。シュリ、嫁を不安にさせないようにな」


 普通に歩き出すリコを見て、私は焦った。


(この状態で置いていくの!? シュリの話を出したのはそっちなのに、放置って……)


 なんだか、とても気まずい。

 私とシュリ、二人の間に沈黙が落ちた。


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