9・吸血鬼にプレゼントをもらいました
(同時に三人も……!!)
いくら手慣れた吸血鬼ハンターとはいえ、一人で三人を相手取ることは厳しい。
そもそも、ヤヨイ国では吸血鬼同士がつるむ事態が極めて珍しかったのだ。
「おやおや、美味しそうなお嬢さんですね」
三人のうちの一人、背の高い吸血鬼がおどけた調子で言った。
「本当だ、そこで血を流しているやつよりも美味そうだな」
別の太った吸血鬼が続ける。
「なあなあ、三人で味見しようぜっ!」
最後にガタイの良い吸血鬼が嬉しそうにそう叫び、私に飛びかかってきた。
慌てて刀を構えた私だが、それよりも早く動く者がいる。
「……シュリ!?」
いつの間にか、私と三人の間に立ちふさがっていたシュリは、翡翠色の瞳に凶暴な光を宿していた。
彼は、気配を消して音もなく獲物に近づき、その手を水平に払う。
(えっ……)
一瞬にして、三つの首が飛んだ。
どういう原理なのかわからないが、シュリがやったことは明らかである。
首を失った三つの体は、並んで地面の上に倒れた。
「……腹立たしいなあ」
闇の中、シュリの不満げな声だけが響く。
「シュリ!?」
普段とは異なるシュリの様子に不安を覚えた私は、思わず彼に声をかけた。
しかし、反応がない。
「……思わず一撃で殺してしまったけれど、もっと時間をかけるべきだったね。僕のサラを襲おうとしたのだから」
「シュリ、何を言っているの!?」
「あーあ、殺しても殺し足りない」
そう呟くと、シュリは倒れた吸血鬼の体を踏みつける。
私の言葉は、彼に届いていない様子だ。
「ちょっと、シュリ。協会の評価を貶めるようなことは、やめなさいよ! ここには、被害に遭った人間もいるのよ!?」
シュリの腕を掴み声を張り上げると、ようやく彼からの反応が返ってきた。
「だって……僕は、許せないんだ! 君の血を最初に口にするのは、夫である僕の特権なのに!!」
「え……?」
(そういう問題?)
吸血鬼の価値観は、本当にわからない。
彼の怒りのポイントは謎だが、たいそう怒った様子のシュリは、放っておくと吸血鬼の死体を切り刻みかねない勢いだった。
「落ち着いて。私はどこも怪我をしていないし、大丈夫だから。それよりも、怪我をしている彼を協会の医務室まで運ぶわよ」
「えーっ……デートは?」
「今日は、もう中止…………って、シュリ!?」
デート中断にショックを受けたシュリが、吸血鬼の遺体だけでなく被害者にも憎悪の視線を向けている。
「待って! わかった、彼を送り届けてからもう一回街に出るから!」
「…………」
シュリは、相変わらず機嫌が悪い。
しかし、私の提案には納得したようで、被害者の男性に危害を加えることはなかった。
吸血鬼の制御は、想像以上に難しい。
また、協会職員のお小言を食らいそうである。
(それにしても……)
シュリの力は圧倒的だった。
三人の吸血鬼を一瞬で殺してしまった彼は、きっと同種の中でもかなり強い個体なのだろう。
彼は、今の私では倒すことのできない吸血鬼だ。
人間と吸血鬼の差は、圧倒的。弱い相手なら不意をついて倒すことができるが、相手が複数だったり強い個体だったりすれば、戦いにすらならない。
ただの人間の域を出ない無力な私は、明らかに力不足だった。
(……やっぱり、吸血鬼の血を入れないと。人間のままでは、限界がある)
なるべく早く、隷属の儀式を行うべきなのだろう。
そうしなければならないことは、わかっている。わかっているのだ。
けれど……吸血鬼の隷属に成り下がることに、私はまだ抵抗を覚えていた。
「あ、そうだ。サラ、こっち向いて?」
「どうしたの、シュリ」
振り向いた私の首元に、シュリが手を伸ばす。
彼が私の首の後ろに手を回し、抱きしめられているような格好になった。
「えっ、えっ!?」
「……はい、できた」
嬉しそうに、そっと手を離すシュリ。同時に、首元に少しの重みを感じる。
「さっきの店で、サラの首飾りを買ったんだ。よく似合っているよ」
「いつの間に!?」
彼がくれた首飾りは、銀色の鎖に涙型の石がついた小ぶりなものだった。
確かに、ヤヨイ国の人間である私にも合いそうである。
「ここは暗いし、鏡がないのが残念だね。拠点に戻ったら、ぜひ見て欲しいな」
「……そうする。ありがとう」
勝手にシュリに付けられたものだが、買ってくれたことに対して礼を言う。
(今更返品させるわけにもいかないし)
私の言葉に、彼はキラキラと翡翠色の目を輝かせ始めた。
「ああ、サラ……お礼を言ってくれるなんて。なんて可愛い嫁なんだ。ああ、可愛い可愛い可愛い可愛い」
「ちょっと、こんな場所で恥ずかしいことを言わないでよ!」
出会ったときは紳士的な吸血鬼だと思っていたが、シュリがどんどん扱いにくくなっていく。
そんな私達の様子を、被害者の男が戸惑った様子で眺めていた。