新しい村にて
「うーわ綺麗〜!!」
『やめなさい』
祭りの準備の最中なのか(流石にそれは期待しすぎか)、村には活気があり装飾があちこちに施されている。そしてこれはこの村の特産品だろうか。どういう原理かは分からないが、宙に浮いた球体が大量に乱立していた。
「凄いですねこれ。どうなってるんですか?」
「おや嬢ちゃん、良いところに目を付けたな!この中にはなぁ、ヘーリンと言う特殊な術のかかった空気が入ってるんだ!その術にかかった物はたちまち軽くなって宙に浮きだすんだぜ!」
「凄〜い!」
『馬鹿者……』
肌が若干浅黒い、筋肉質な店主のおじちゃんが分かりやすく教えてくれた。
しかし、それは魔法か何かだろうか。もしかしたら、クリューソス様があの時使ってきたものと同じものかもしれない。
それにしても不思議だ。この球体を浮かせている気体に術をかけるだなんて、どうやってやるんだろう。気体を集めて、それにかける?そしたら集めるために使った容器が浮きだすのではないだろうか。それ以前に、軽くなったからといって突然浮きだすのだろうか。
いや、気体にかけるとそうなるのかも……
というか、僕は嬢ちゃんじゃない。
「違うわよ。ヘーリンは気体。術なんかじゃないわ」
「あ、おいおい。頼むぜアリアちゃん。他所の人に広めようと思ってたのに」
「ふん。そんなガセネタ広めてどうすんのよ。この村の気品を下げないでくれるかしら」
「うーい」
ふん、とそっぽを向いてしまう赤髪の女性。
突然現れたこの女性……アリアさんは、おじちゃんの話をちょん切って放り投げてしまった。
『気丈なお嬢さんですねぇ。良い奥さんになりそう』
「確かに…」
そんな彼女を話の種に、クリューソス様とくだらない話をしていると、彼女が鋭い瞳のまま、僕の方に目を向けてきた。
「貴方、ここの者じゃないわね。まさか魔人じゃないでしょうね」
「そ、そんな!滅相もない!」
『過剰に反応しすぎじゃないかい?』
「……やめてくださいよぉ」
アリアさんの鋭い瞳で睨まれ、僕の身体は簡単に硬直する。
頭の角が怪しまれないか、それだけが心配である。
だってこれは、誰が見ても人外の特徴だと思うだろうから……
「……まぁ良いわ。で、何?『たいきせん祭り』の準備で大切なこの時期に来客だなんて、それが目当てかしら?」
「え!そんなものが!?最低祭りが始まるまでここにいようと思ってたのに、助かった!」
「…服装からして、あなた旅人よね。どんな目的で旅をしてるの?」
「世界中のお祭りを見て回りたくて!」
「考えなしなのね」
内心確かにと思う僕。
「まぁ良いわ。宿はあるの?」
「えっ?いや、ないですけど…」
「……じゃ、じゃあ私の家に来なさいよ。宿くらいなら貸してあげるわ」
『一体何が起こっているのでしょうかねぇ』
この時、僕は彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
皆まで言わずともわかるだろう。普通、見ず知らずの人に対して宿を貸すだなんて言う筈がない。
少なくとも、自分から言うことはないと思う。
「……いえ、遠慮しま…」
「そう、家はここから少し向こうにあるわ。着いて来なさい」
「すね、ってえぇ!?」
「あぁ…アリアちゃんの悪い癖が出たなぁ」
『どんな癖か実に気になるところですね。予想はつきますが』
そう言ってスタスタと去っていくアリアさん。
後頭部で纏めた赤い髪が日光を反射して淡く輝く。その姿はとても美しかったが、その前に起こった出来事がその光景にフィルターをかけてしまった。
「どんな癖なんですか…」
「いや、アリアちゃんは『たいきせん』を作っているんだがなぁ。技術者気質だからかなんなのか、顔見知りに自分の腕を見せたがる節があるんだよ。だからアリアちゃんのに関しては、こんな事も稀な話じゃないだよね」
「なら大丈夫そうですね!お世話になりましょう!」
『たいきせんに反応しすぎですよ』
ずっと気になっていたのだ。
『たいきせん』とは何か。あまりに聞き覚えのない言葉だったから、漠然としか光景が浮かばない。
祭りの準備でここまで活気だっているのなら、この村の特産の風船と何か関係があることは確かだろう。それなら『たいき』が『大気』であることはなんとなく想像のつくことだ。
しかし、曲者なのは『せん』だ。
正直、『せん』が一体何なのか、全く想像がつかない。
戦か、選か、泉か。
思いつく限り近そうなものを上げてみたが、どれもあまりピンとこない。
相手が良いって言っているんだから、お世話になるべきだろう!
「たいきせんってなんなんでしょうね」
『……まぁ見れば分かるんじゃないですか?』
「あ、そうですね!確かに!」
言外にアリアさんの家にお邪魔することを認められた僕は、僕から遠く離れて行ってしまったアリアさんに急いで近づく。
これから何を見ることができるのか。
この時僕は、知らない人への恐怖心を、好奇心だけで打ち払った。