馬車の中で
長いのはプロローグだけですよ。
馬車の中にて
__ガタガタガタ
「でも、集落に馬車があったのは助かりましたね」
『そうですね。魔物は人間しか襲いませんから、これは運良く破壊をまぬがれたのでしょう』
僕は馬の様子を確認しながら、クリューソス様とお話をしていた。
太陽も高くなり始め、昨夜の事件もあの光に焼かれるのだろう。そしてその無様な姿が露わになり、やがて雨に打たれ土に帰る。
馬車とそれを引く馬を見つけ、集落を出たのが夜中で本当によかった。もし昼間になって出ていたらその姿を見て決心が鈍ってしまうから、こうやって呑気に神様との会話を楽しむこともできなかっただろう。
食べ物は持って来れなかったけど、全く問題はない。
『ところで貴方、食料はどうするのですか?勇者と言えど食料がなくては餓死してしまいますよ』
「大丈夫です。僕は狩猟民族の子ですよ?弓の扱いは十八番なんですからっ」
『少女の身でどこまでできるのやら』
「む」
神様ともあろうお方が、まだ勘違いしてるとは……全く世も末だな。
僕はため息交じりに真実を打ち明ける。
「クリューソス様、僕は男です」
『へぇ、そうかい』
「嘘じゃありませんから!」
何故か僕が血迷ったことにされている!
「勘違いしないでください!僕は見ての通り男です!骨格とか顔の形でわかるでしょう!」
『そうですか?美少女そのものだと思いますけどね』
「どこがですか!」
『オドンチメグだって男女どちらにもつけられる名前ですよ。神の前でふざけるのはやめなさい』
「なんで僕の名前知ってるんですか…?まだ教えてないのに……」
『私は全能神ですよ』
「なら僕の性別くらい当ててくださいよ!」
『嘘がバレるのを促進してどうするのですか。阿呆ですね』
「うわーん!!」
ダメだ……全く信用してくれない。
これから一緒に旅をする仲間だって言うのに、なんて面倒な。
「はぁ、もう良いです。僕はこれから『男物の!』 狩猟服に着替えますから、もう話しかけないでくださいっ!」
『なんでわざわざ着替えるのですか?』
「外行き用の服だからですっ!」
そう怒鳴って、僕は馬車の引き出しから数枚の布を取り出した。
シンプルな白い布を頭に巻きつけ、おでこから上をすっぽり覆う。角は邪魔だから隙間から出しておき、残った布を後頭部から垂らした。これは日光を遮断する特殊な布だ。僕の集落の名産品だったものでもある。
次は藍色の厚い羽織を着て、それに集落の伝統模様が描かれた赤い布を巻きつける。左側できつく縛れば完成だ。
『随分ボーイッシュになりましたね』
「ボーイッシュじゃなくてボーイなんですぅ〜」
『はいはい』
僕は依然プンプン怒りながらも、馬車の先から外を見る。
集落から出てどれくらいの時間が経っただろうか。草原の色も変わり始め、空も真っ青に染まっている。
「結構来ましたねぇ」
『そうですねぇ。あともう少しで村につきますよ』
「本当ですか!」
なんて長い道のり……!
その村ではどんなお祭りが体験できるのだろう。
期待が高まるところだ。
「あ、魔物の影響は……?」
「大丈夫だと思いますよ?貴方の集落が襲われた方角からして、見落とされた可能性が高い」
「良かった!」
僕は馬に鞭を叩いて先を急かす。
晴天の下、この世界を歩いているのは僕達だけだった。