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お祭り少年メグの紀行  作者: 奇妙な海老
星降り祭り
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プロローグ①

僕が生まれた時、集落には北の夜空から流星群が降り注ぎ、それはそれは綺麗な光景だったのだと言う。毎年十五年周期で降り注ぐその流星群には、星の力が宿っていると集落では信じられており、流星群が降ったその年には平和と繁栄を願って祭りを行うという伝統が存在していた。

そんな年に生まれた僕は当然のようにオドンチメグ……星の飾りと言う名前をつけられ、散々恥ずかしい思いをしてきた。と言うのも、オドンチメグや星の子と呼ばれることが恥ずかしいのではなく、寧ろ誇りと思っている自覚すらあったのだが、問題はそこではなく、オドンチメグという長く発音が難しい名前をつけられてしまったため、僕のあだ名がメグという女の子の様なものになってしまったことである。

僕は生まれた時からどちらかと言うと女顔で、いつも同世代の男子からからかわれていた。体も細くて筋肉が付きにくくて、未成熟の少女ですと言わせれば誰もが納得する様な容姿をしているのだ。そんな姿で僕は男です、なんて言ったら虐めの格好の餌食になってしまうのは当然で、挙句にメグなんてあだ名をつけられて、大変恥ずかしい思いをしたことは十四歳になった今でも覚えている。なんて、過去のことの様に話しているが、それは今でも姿こそ丸くなったが残っていて……まさか十四歳で成長が止まるとは思っていなかったのだ。身長百五十二センチ。体格という唯一の希望を失って、僕は完全に女の子の様な容姿に育っていた。しかも、毎年集落で行われる美人コンテストには何故かいつも上位に食い込んでいて、それも一位をとった数の方が他より多数派と言う謎の記録まで出してしまっている。 そもそも、大会に出るなんて僕はこの人生で一度も言ったことがないというのに、一体どういうことなんだとその時期がやってくると常に頭を悩ませている。


だが、まぁ、つまらない人生ではなかったということだけは断言できた。

家族は僕にたっぷりと愛情を注いでくれていたし、屈強な狩猟民族の集まるこの集落でも僕は男としてしっかりと生きていくことができていた。なんやかんやで友達も沢山いるし、生活に困ったこともない。

つまり、何が言いたいのかと言うと、今日は僕の誕生日。それも流星群の降るあの年の日なのだ。

僕はこの日を心待ちにしていた。

この年のこの日だけは、毎年迎えるただの誕生日とは訳が違う。集落のみんなが準備し、練習し、話し合う、星降り祭りがあるのだ。

それは間違いなくこれから一生僕の心に残るであろう十五年に一度の大祭。

最後に流星群のカテーテンでフィナーレを飾る最高の祭り。

故に、あと五分そこらで始まる星降り祭りを前に、僕はこれまでの人生を振り返っていたのだ。悔いの残らぬよう、また次の十五年を楽しく過ごさせていただくために。



…星に、祈って__



「星降り祭り…開催だ」


集落に響き渡る歓声。

軽快な火薬の破裂音と共に、空が火花によって赤く染まる。

狩猟に使う馬が駆けてきて、その上に何人かの男が跨った。男達は懐から油を塗った布を取り出して火を着け、長い棒に取り付け腕の上で器用に回し始める。

空に放り投げては、それを回転の勢いを殺さぬまま指で受け止め、根のように棒を振り回し、全身に巡らせて火を上にして地面に突き刺さす。

すると金属同士が接触するような音が鳴り、棒の後ろにも火が着き始めた。


星降り祭りの伝統演劇、精霊乱舞が始まったのだ。


その他も、水の精、風の精、闇の精、光の精の劇が続く。

幻想的に彩られる闇夜に、僕は心を躍らせる。


なんて、祭りとは素晴らしいものなのだろうか。心臓に響く打楽器の音に、透き通る笛の響き。盛り上がる人々と、興奮する心。


空が光った。花火の音だ。

あぁ、心臓が止まらない。

体が熱くなっていく。



__恋を、したのだ。



「に、逃げろおぉぉぉお!!」



ずしん、という音が聞こえた。

地面に何か、途轍もなく重たいものが落ちたような音だ。


紅い鱗が見えた。

紅い翼が見えた。

蒼い、瞳が見えた。


「魔族だ!魔族が襲って__ぁ」


地上に赤い花が咲いた。鉄分の匂い色濃い花だ。

彼岸花、とか言うんだっけか。

その花の下には死体が眠る…まさにその通りだと思った。


僕は、今目の前で起こっている光景が理解できなかった。

誰だってそうだろう。だって、少し前には笑いあっていた仲間のみんなが、阿鼻叫喚を上げ、逃げ惑っているのだから。

いや、これは理解できなかった訳ではない。現実を見ようとしていないだけなのだ。心の中で、僕はなぜか冷静に自分のことを観察していた。

紅い化け物が近づいてくる。それは、僕らがほぼ毎日狩っている、鹿や猪とは全く違った。

周りに群生する背の高い木を次々と折り倒す圧倒的な力。空を覆い隠す途轍もない大きさ。地面を踏み鳴らす強烈な質量。


……僕は知っていた。あれは神話で語られる、竜と言う神獣だ。


■■■■■■■■!!!!


人間には理解できぬ神獣の雄叫び。

空に大軍を成す翼の生えた悪魔達が、その雄叫びに瞬く間に反応して僕らの集落を襲い始めた。


脇目を振らずに僕は逃げた。

倒れて行く仲間や家の間を走りながら、止まることなど出来るわけがない。

涙を出す暇もなかった。いや、涙は出なかったと言うのが正しいのか。

だって、僕の心には、今だあの世界が存在していたから。炎と水と風の世界。光と闇の精霊乱舞。



……空に星が流れ出した。



どれくらい走っただろうか、僕は無意識に、星神様の祠まで来ていた。

星神様の祠なら、彼奴らは入ってこれないかもしれない…

そう思った僕は、流れる星を最後まで見届けられないことを惜しみながら、急いで祠に入っていった。

祠の中はジメジメとしていて、生命の息吹を感じさせない、何処か不思議な空気を漂わせていた。

ほぼ全方向に生息するヒカリゴケの明かりを頼りに、僕は中へ中へと入っていく。

僕は、この祠に入ったのはこれが初めてだった。そもそも、この祠に入れるのは司祭様だけなので、当然のことなのだが、いつも遠くから眺めているだけだった僕からしてみれば、ここが未知の世界であることは間違いないことだ。

この祠は普段は厳重に管理されていて、ネズミ一匹入ることのできない集落一の重要施設。

いったいこの先に何があるのか、僕は一種の恐怖を覚えていた。


「……あっ」


周りが岩で囲まれているからか、僕の声は祠の中によく響いた。

自分でも嫌になるくらい高い声だ。


「…なんだろう、これ」


祠の天井に、広く描かれた化け物の絵。

その絵は竜のような狼のような、巨大な翼が生えた姿をしていた。

そんな化け物に何人もの人間が立ち向かっているような奇妙な絵。

そこで僕はふと気づいた。

先頭に立っている一人の少年。その少年の頭についているものに、なぜか見覚えがあったのだ。


これは…勇者の兜?


「あ、あった…」


僕の目の前に、透き通った翡翠のような色をした、見たこともない鉱石でできた兜が置かれていた。

兜と言っても、頭を覆い隠すようなものじゃなく、薄っぺらい、仮面のような形をした物だ。いや実はこれを兜と呼んでいるのはこの集落だけで、この集落の人間じゃない人が見たらもしかしたら仮面と言うかもしれない。それくらい、兜とは言い難い形をしている。

どうやら全て一つの鉱石からできているようで、この大きさのものを作るために必要な鉱石の大きさなど、僕には全く想像つかない。

姿はざっと鬼のように、僕の頭の半分くらいの大きさの、小さな角が二本生えていて、その一番広い部分から目と鼻と口だけ穴の空いた鉱石の板が伸びている。

これをつけたら顔全体を覆うことになり、その顔は能面のように無表情なものになるだろう。

これは勇者の兜と呼ばれていて、民族総出で受け継いできたこの集落の宝である。

この兜は祠の中から唯一公開される星神様の象徴で、星降り祭りでもクライマックスで見ることができる貴重な祭具だ。普段は祠の奥の扉に収められていて見えないのだが、扉がご開帳されると太陽や星の光を反射してよく見ることができる。

そんな貴重な存在を、僕は今手に持とうとしている。自分でもなぜかわからない。僕はどうしてか、この兜に惹かれたのだ。


そっと手に持つ。

ひんやりとした石のような感触だ。トントンと指先で叩いてみると、やはりそれが鉱石であることがよくわかる。金属では鳴ることのない、独特な石の音。


「……」


僕は兜を…被ってしまった。


「な、ななな何やってんだ僕は!こ、こんな時に、よくこんなことが!」


自分で自分に驚く僕。

な、なんて恥ずかしい!集落が大変なことになっているのに、こんなところで貴重な祭具を使って遊ぶなんて!僕には人の心がないのか!


「おい、貴様」

「うわあぁぁあ!僕は何をやっているんだ!恥ずかしい!恥ずかしい!」

「貴様!」


ひっ…!?


恥ずかしい声が出た。

どうしてって、僕の目の前に、黒い長髪をたなびかせた、長身の男が立っていたからだ。


「人の話を聞きなさい、少女よ。よくぞ封印を解いてくれました。礼を言う」

「は、はぁ…どういたしまして…」


少女って……


白いローブを羽織った長髪の男。

顔は大きなフードで見えないが、とても綺麗な声をしていて、肌の色も白くて綺麗だ。


「君は私の恩人です。お礼に、全く痛くないよう、綺麗に殺してあげることにしましょう」

「……え?」


その瞬間、僕の髪が何本か切れた。

同時に後ろに並んでいた数本の柱が、僕の髪と同じ数だけ切れた。


理解が追いつかなかった。

今日一日でいったい何が起こったのか。未だ祭りの興奮は生きているけれど、それでなんとか保たれている精神も流石に事切れてしまいそうだ。

突然現れた化け物に、集落の皆んなを殺されて、長身の男に、見たこともない奇想天外な力で殺されかけて……もう、僕は泣きそうだった。


「なんだ、その顔は。私のことを知っていて封印を解いたのでしょう?なら、死んで当然じゃないですか」

「あ、貴方は……いったい…」

「私ですか?」


そして、男は僕を見下してこう言うのだ。


「私は悪神クリューソス。善神ルーチェと対をなす、最強の創造神です」


集落に伝わる封印されし悪神の名。


恥ずかしいことに、僕はここで泣いてしまった。


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