4:side志弦&意弦~進路選択~
「いづ兄、ちょっといい?」
「ああ」
ドアをノックして声をかけ、いつもなら諾の応えがなければ(否の理由は概ね明日提出の課題でノリがいいところだとか、電話してるかだ)先延ばしだけれど、今回ばかりはそうもいかない、いかせない。なんせ出願日やら受験日やらが近いのだ。断られても、ハナシを振った責任上、ここは腹をくくった時に吶喊あるのみ!
…という腹づもりではあったのだが。どうやらお見通しだったらしい。つくづくこの兄、恐るべし。
「受験校、決めた。華之宮学園。一貫で大学まであるとこ。まぁ…高校は持ち上がりで行かせてもらうつもりだけど、大学は高校の間に考えるということで」
「…そうか。良かった」
「? なにが?」
「志望校が被らなかった、ってこと。まぁ、お前はどうせ行くなら一貫校だろうと思ってたから、華之宮は候補から外してたんだが」
「…余計分かんね」
だからな、と笑う兄の顔。教え諭すそれはいつだって柔らかい。
「俺は『志弦の兄』と呼ばれるつもりはないし、お前を『意弦の弟』と呼ばせたくもない」
「…さらに分かるよーな、分からんよーな」
アタマのいい奴はこれだから困る。諧謔を理解できるようなオツムはない! と、恨みがましい目を向ければ温い笑みが返された。
「1年とはいえ、被るだろ? 俺は、身内で代表争いなんぞする気はない。だったら最初から別で立つ」
ああ、つまりは。だから。
違う場所から同じ立ち位置に来い、と。そして競えと。
…縦社会な体育会系部活で、どれだけ成績を残していても1年が代表になれるとは思いにくいが。
それでも。
来いというなら。
行ってみせる。
「インハイ、ぜってー勝つ」
「そっくり返す」
そんな軽口。
だから。
「…受験前の弱音だから聞き流して欲しいんだけど」
「ん?」
「俺は意弦と歩いていきたい…その為になら頑張れる、てか頑張らんでどうする! てな心意気で。だから…」
だから、そばにいさせて。
そこまでは言えなかったけれど。初めて呼び捨てにしたけれど。
俯いてしまった頭に、ポン、と暖かな手のひらが乗せられた。
それでいい。もうそれだけでいい。
俯いて堪えていた筈の涙が一滴、落ちた。