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的を射るべく  作者: 江南
2/4

2:side志弦

若干BL風味。風味だけです。

side:志弦(しづる)


 まったくまぁ、いきなりナニを振ってくるかねこの兄は。

 たったふたつしか違わないのに、なんでしょうねそのオヤゴコロ。

 …ちづはまた違う受け止め方をしているのかもしれないが。オンナノコは計り知れないから。

 それでも。

 じーちゃんの部屋を辞してすぐ、つい、と袖を引かれたのは、先を行く兄に気づかれないサインだ。きゅっとその手を握り返してやって、兄が自室に引き取るのを見送って、妹を自室に引き込んだ。


「しーちゃんは、したいことある?」


 ぽふんとベッドに座るなり、そう訊くか妹よ。

 そんなもん、分かっていれば悩まんわ。


「いづちゃんはさぁ…中学でも弓やりたかったのかなぁ…」


 だからあんな言い方したのかなぁ、と。


「…俺たちの選択肢をオヤに示してくれたのは有難いけどな」

「にしても、イキナリ過ぎだよねぇ」


 笑いあう。けれどその重みが少し違う。知弦には、まだ1年余裕がある。俺にはない。すぐにも決断しなければならない進路。

 なにをしたいか。どうしたいか。

 択ぶ自由は兄によって与えられた。考えもしなかった選択肢。だからこそ、惑う。


「ちづこそさぁ、なにしたいとかある? これは単に興味本位だけど」

「高校決める時までに考えればいいとしか思ってなかったよ。しーちゃんだってそんなんじゃないの?」

「はい、そーですそのとおり」


 そしてふたりともに溜息。

 おにーさま、小学生にとんでもない爆弾を落としてくれたもんだ…。


「てかよ、この時期に言われてもなぁ、ってのが正直なところ。無理ではなかろうが無茶ではある。考えてなかったから余計にな」

「でも、無理ではないんだ。向後の為にご教授を」

「…向後ってよ、お前の語彙はどっからきてるんだ」


 小5で向後って、普通ありえないだろう。いや、6年の俺でもオトナには驚かれるだろうが。なんせ大黒柱な祖父が活字中毒なきらいがあって雑多に蔵書が山盛り。祖母もたしなみ程度には楽しんで、父は仕事関係に偏るがやはり活字中毒気味でやはり蔵書が山盛り、母はまったく異なる方面に萌えていてそれも山盛り。つまり、家にはやたらめったら本があり、読み放題。そりゃ語彙も増えるってなもんだ。


 それはともかく。


「…弓はさ。続けたいよ。ただ、中学から学生弓道って選択肢を知らなかっただけ。中学はいづ兄と同じように公立行って、そこで先を考えるとしか想定してなかったから。中学からの選択肢があるとは思ってなかった」

「あたしも」


 つくづく、兄は凄い。長男なのだな、と。自分の進路に絡めて、俺たちの事まで慮ってくれる。


「俺は、弓を続けたい。いづ兄が道場を継いでくれるなら、それをサポートできる存在でありたい。俺はそう思うけど…ちづは? いづ兄も俺もココに居座り続けるつもりなんだから、ちづは弓を続けるのは義務ではないよ」

「あたしだって、弓は好きだよ。強制された覚えもない。…でも、他にしたいこととか、いきなり言われても分かんない」

「…だよな」


 末っ子の女の子だ。両親祖父母に加えて兄ふたりにもベタベタに甘やかされて育った子だから、我も強い。家が弓やら茶やら華やらやっていようと、好きでなければ押し付けられても跳ね返したろう。つまり、弓は本当に好きでやっているのだ。


 それだけは分かる。が、それ以外は?


「俺は弓道部のある私立を視野に入れる。間に合うかどうかは分からないけど。どうしても行きたければ編入も考える。でも、お前はまだ準備期間がある。弓じゃなくても、好きな道を択べって、保護者が言ってるんだから好きにしろ」


 ていうか、好きにしてくれ。


 俺と兄は好き好んで弓を択んでここに居座るつもりだが、それを妹に強いるつもりはない。そもそも保護者たちだって、俺たちをここに縛り付けるつもりはなかったろう。俺たちが、それを択んだ、それだけだ。

 だから、妹も自由であって欲しい。それはきっと、家族全員の願いだ。


「…弓も好きだけど。お茶も好きなの」


 かなりの間を空け、ようやく知弦がそう言った。


「お兄ちゃんたちが弓を継いでくれるなら、あたしはおばーちゃん継ぎたい」


 弓は続けるけど、と。


「お華は、あたしはセンスないから駄目だけど。だから好きとは言えないし、継ぐとは言えないけど。お茶なら精進するから」


 ああ、この子は。

 たったひとつ下で、べたべたに甘やかしていた可愛い子が。むしろひょっとすると自分よりしっかりした考えを持っている。


「…頑張ろうな」


 もう、それしか言えない。

 そして、


「うん、がんばろ。いづちゃんに笑って言い返せるように」


 そんなことを言うのだ。まったくもって侮れない。


 そして笑う。笑いあう。

 それでいい。


「じゃ、そゆコトで。おやすみ」

「おやすみ」



  *  *  *


 そうして知弦を送り出した後。

 見計らったように意弦が来た。

 用件なんぞ分かりきっている。イキナリ引きず込んだ謝罪の意もあるのだろうが、とにかく巻き込んだ弟妹の意を知りたいということなのだろう。


 だから真っ先に、


「俺は、弓をやれる中学を探すよ」

「…そうか。余計な世話ではなかったということか?」

「うん。選択肢をくれて有難う。で、ちづは、ばーちゃんの跡継ぎ希望だってさ。弓も続けるつもりらしいけど」

「…そうか」

「喜んでよ! 俺は、俺たちは、にーちゃんに感謝してる! にーちゃんがここを継ぐなら、俺はそれを支えたい…支えさせてよ」

「そうだな。頼みにする。ふたりで、ここを守り立てていこう」

「うん…! うん……!」


 昔のようにはもう抱きしめてはくれないけれど。

 眼差しは変わらずに優しいから。


 ずっと、ずっと、このひとと。


 思うだけならばいいだろう。

 誰に許されたいとは思わないけれど。

 意弦以外、誰がどう思おうがどうでもいい。ただ意弦だけ。それだけだ。

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