1:side知弦
見切り発車
side:知弦
霜月晦日の夕飯後。宿題に手を付けようかと部屋に戻ろうとしたところを、しーちゃん(しづちゃんと呼ぶと嫌がるのは某女芸人を連想するからだろう次兄志弦)共々いづちゃん(こちらはスルースキル発動な長兄意弦)に捕獲され、じーちゃんの部屋へ連行された。何故に?
デカい座卓の床の間を背にした定位置にじーちゃん、右隣にばーちゃん、左隣にとーさん、角を挟んでかーさんが勢揃い。これはいわゆるアレだ、家族会議なるものだ。実にウザい。しかもネタが分からない。激しくげんなりしたが取り繕って、じーちゃんの正面に座ったいずちゃんの左斜め後ろに正座する。しーちゃんは右斜め後ろ。いづちゃんに引きずられてきただけ、というスタンスだ。
「で、なんの話だ?」
かーさんが子供の分も茶を出してから、じーちゃんがそう切り出した。
「進路相談」
当然、答えたのはいずちゃんだ。
まぁ確かに、中学2年の初冬となれば、いづちゃんは進路を…というか、進学先を決めておきたい時期なのだろう。が、小5のあたしや小6のしーちゃんには関係ない気がする。
「志弦に知弦にも関係してくるだろうから、引きずり込んだ。お前らもちゃんと聞いてくれ」
…機先を制された。歳の差、すなわち経験値。これで席を立つことはできなくなった。
「具体的にどことはまだ決めてないけど、私立の高校に行きたい。公立と比べて格段に学費が高くなるから、出資者に相談した上でなければならないだろう、と」
「志望動機は?」
「学生弓道をやりたい」
「…ウチだけでは物足りないか? 学校などよりはまともな指導をしているつもりでいたが」
じーちゃんの眸が剣呑になる。怖い。逃げたい。けど逃げられない!
が、いづちゃんは対峙した。
「そうじゃなくて。インハイとか、部活単位でなければ出場できない大会に…その時にしか味わえない場所に行きたいんだ。中学ではできなかったから」
「…ふむ。それはまぁ分からんでもないから良しとしよう。が、それで、何故私立なんだ? 別に、学費なんぞはどうにでもなるからそれはいいが」
「公立にはそもそも弓道部のあるところが少ない。あっても、顧問なんて名ばかりで、指導できる人はまずいないらしいから。公立は転勤あるから指導者が長くいてくれるとも限らないらしくて。成績を残すことが主眼ではないけど、やるならちゃんとやりたいし、それならまっとうな指導者のいる学校に行きたい。だから、私立を選択肢に入れたい」
「成程な」
そして、沈黙。いやもう、ひたすら重い。誰かもうどうにかして!
と、思っていたら。その沈黙を破ったのもやはりいずちゃんだった。…ただ、希望したのとは違う方向で。
ちょっと失礼します、といづちゃんはじーちゃんに律儀に頭を下げて、斜め後ろに控えるあたし達に向き合うように座り直した。
「しづにもちづにも関係するって言ったろう。お前たちはどうしたい? 今ならまだ、弓道部のある私立中学も選べる。弓道じゃなくても、自分のしたいことがあるなら、中学からでも行ける。しづは私立受験の準備期間としてはちっと厳しいかもしれないが、ちづはまだ余裕がある。そして、違うと思ったら、高校でまた進路選択できる」
だから、択べと。小学生になにを求めるかなおにーさま。
そして再びじーちゃんに向き直る。
「俺は弓を続けていきたい。できれば、この弓道場を継ぎたいと思ってる。せめてじーちゃんが現役なうちに練士になりたいと思うし、精進する。だから、じーちゃんが指導してくれるこの環境に不満はなかった、というか、すごく恵まれた環境だと思ってる。だから、中学で誰かに就きたいとは思わなかった。そんな発想がなかった。けど、」
けれど。
それでは足りないものがあったのだと気づいたから。
弓ではないけれど、中体連を目標にする友人たちがいたから。
…自分も、と思ってしまったから。
訥々と、いづちゃんは言う。
「カネの心配はそもそもしてなかったんだ。最悪、公立との差額はバイトで賄うつもりでいたし。学業なりスポーツ枠なり特待狙うつもりでもいたし。それくらいの成績は、どちらでも残してるから」
だから、ただ外でも弓を教わりたいということの許可を。
ああ、だから。
選択肢を、あたし達に用意しようとしてくれたのだろう。いづちゃんは、自分だけで考えなければならなかったのだろうから。だから、しーちゃんがもしそれを望むなら、受験に間にあううちに。択ぶ余地があるうちに考えられるようにと。考えろ、と。そしてあたしにも。
おにーちゃん、なのだと、こんなときに思う。多分それはしーちゃんも思ってるだろう。オヤではフォローできないことを、先回りして教えてくれるのは、いつだっていづちゃんだ。いままでも、きっとこれからも。
「分かった。思うとおりにするといい」
それをじーちゃん達も分かっていたのだろう。あっさりと鶴の一声。
「学校は自分で探すのだろうが、一応知人にも良い指導者がいる学校がないか当たっておこう」
「ありがとう。お願いします」
「あー、推薦は無理しなくてもいいけど、一般入試より早いよね。スケジュールはどんなカンジ?」
初めてとーさんが口を挟んだ。これはおそらく親権者であり出資者ともなるからだろう。簡単に言えば親心…なのか? に、してもヌルいわ、おとーさま。マスオさんだからなのか本人の資質なのか。
それでもハナシは進んでゆく。ていうか、いづちゃんが進めていく。
「ざっくり言えば、推薦の出願が1月半ば頃で、選考はその1週間後くらい。一般は出願が1月下旬…推薦選考が終わったくらいで始まって、試験が2月上旬くらい。12月半ば頃に中学と高校の相談会とやらがあるみたいだから、3年11月の三者面談までには固めておきたい」
「りょーかい。あ、バイトはね、遊ぶカネ欲しさならともかく、学費に関してならしなくていいよ。部活やってこっちでも、ってなったら、そんな時間ないでしょ。返還しなくていい学業特待ならそりゃ助かるけど、スポーツ特待は縛りが多いだろうし…イヤな仮定だけど怪我して復帰できなくなったりしたら退学勧告とかになりかねないし、それがなくてもいずらくもなるかも知れないし、だからむしろ勧めない」
しづも、ちづもね。
とーさんはにっこりとそう言って。
「ちなみに、私立中学の受験スケジュールは? いづのことだから、それも押さえてるんだろ。自分で調べるの面倒くさいから、ざっくりでいいから教えて」
…おとーさま。なにかなんというか丸投げですか。
「…出願が1月上旬くらいで、試験が下旬くらい。日程は学校によるから、その程度しか言えない」
「しづは、まだギリで間に合うのかな?」
「多分。本人次第だけど、それを希望するなら担任とか進路指導担当にねじ込めばどうにかなると思う」
「じゃ、しづはとりあえずその日程で考えておいてね。別に、いづと同じ公立でもなんの問題もないけど、行きたいところがあるなら準備しなさい」
いきなりなんやら我が身にも現実味を帯びそうな気配だが。
「…分かった。とりあえず、考える」
「うん。ギリギリまで悩むといい。で、ちづは?」
ああ、やっぱり。
「あ、あたしはもうちょっと時間的余裕があると思うんだけど、ってか、イキナリそれはないと思う!」
「急かせる気はないよ。ただ、選択肢があるということを、意弦が教えてくれた。それだけ覚えていればいい」
「……はい」
選択肢を増やしてもらえたことには素直に感謝するけども、ココロの準備というものがね…。
「まぁ、そういうことで、諸々よろしくお願いします」
…いづちゃんのそのひと言で、気の重い家族会議は終了した。
いやもう、勘弁して欲しい切実に。
さてはて、しーちゃんと愚痴合戦か、タッグ組んでいずちゃんに文句言うか。
…でも。しーちゃんは切羽詰ったハナシになるんだよな。これはいづちゃんVSしーちゃんで傍観かな。てか、まだ傍観者に徹したい。