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今さらながら感じた恐怖に震え、泣くユキを抱きしめ、そのまま抱き上げる。いつもなら抵抗するのだろうが、今は疲れているのかされるがままだった。
こんな状況のユキを家に帰すことなど出来ない。一度詰所に戻り、馬を借りよう。そのまま自分の屋敷に連れて帰ればいい。たしか今夜はウリエルがいたはずだ。
ユキの知らぬところで、着々とことは動き始めていた。
いつの間に寝たのか。目が覚めると、なんだか目が少し腫れぼったい感じがした。
寝起き特有のだるさに身を任せながら、ゆっくりと寝返りをうって気づく、なにこの布団!!めっちゃ気持ちいいんですけど!!
「って、ここどこ!!」
「まあ、お目覚めになりましたか」
そういって室内に入ってきたのは、どこをどうみてもメイド服をきた女の人。萌え重視の膝上丈の絶対領域が魅力のメイド服ではなく、足首までの丈の正式な?メイド服である。
「あ、あの、私、あれ?ここは、えっと」
「ふふふっ、落ち着いてくださいませ、お嬢様」
お嬢様だって!!誰のことって、私のこと!!
混乱する私に、メイドさん(美人)が教えてくれました。
昨晩、ミカエルが私を抱いてこの屋敷に帰ってきたとのこと。たぶん、ミカエルのことだ、あの状況で私を一人に出来なかったのだろう。つくづく真面目な男である。
しかも手を出さないとは、なんちゃって。
自分が童顔で、女性としての魅力がないことなど百も承知だ。そういう対象にならないことは分かっている。
「お目覚めになりましたか」
と、新たな美女の登場に、メイドさんはしずしずと退室していく。
うわぁ、めっちゃ美人!!
薄い水色の髪に紫の瞳。白い肌にはシミひとつない。手入れしていても太陽に焼けてしまう自分とは違う。
「初めまして、わたくしはウリエル・セラ・シルベールです」
「は、初めまして、ユキと申します」
あ、この人がミカエルの妹さんね。たしか脳筋王子の婚約者。あれ?馬鹿王子だっけ?
ここで、はっとする。自分より身分が上の人間が椅子に座り、自分が寝台の上なんて作法的にどうなの?と。作法なんて知らない私は慌てた。
「も、申し訳、んぎゃ」
「だ、大丈夫ですか」
「たく、なにやってんだよ」
慌てて寝台から降りようとして、落ちた私を、またまた現れた新たな来訪者に抱き起される。
「み、ミカエル!!」
「おい、どうしたんだ?」
抱き起された勢いのまま、ミカエルにしがみついたのに、ミカエルは引き離すどころかされるがままになってくれる。
いや、見知らぬ部屋で見知らぬ人ばかりとあっていると、一応緊張するんですよ、私も。
見知った顔を見て、ほっとしてしまったのだ。
「ふふふふっ」
「!!」
静かに、鈴を鳴らしたように響いた笑い声に、私は顔が真っ赤になってしまった。
貴族様の前で、恥ずかしい。
「ユキ?」
顔が上げられなくて、ぐりぐりと胸のあたりに顔を押し付ける私に、ミカエルが不思議そうに声をかける。
「すみません、ユキさん。顔を上げてください」
ちょっと羞恥で涙目になりながら、一度ミカエルを見上げ、それから妹君に向き直る。ミカエルを見上げた一瞬、体が強張ったのは何故だろう?そんなに、私の顔がひどかっただろうか。ひどい。
「あまりにも可愛らしくて、つい。兄が過保護になるのもわかりますわ」
「簡単に守らせてはくれないけどな」
ほら、と促されてとりあえず寝台の端に座る。
「昨夜、あなたを兄が連れてきたときは、誘拐かと屋敷が騒然としましたけれど」
「おい」
「ふふふっ、私は知っていますよ。次は兄様の番ですかね?」
意味深なことを言って、あとはお二人で、と退室していく妹君。意味不明である。
「はぁ、こうなりゃ腹をくくるしかないか」
この中途半端に乱暴な言葉づかい。ミカエルだなぁ、と思う。
「ユキ、聞いてほしいことがある」
「ん?なに?わたしに出来ることならなんでも聞くよ?」
「いや、ちゃんとユキの心で考えてほしいんだ」
そういって、ミカエルは私の前でひざまずいたのだった。