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「この馬鹿!!ナイフ持った相手を挑発するやつがあるか!!」
「だって!!頭に来たんだもん!!」
「俺が近くを通らなかったら、お前が刺されてたんだぞ!!」
「っ!!」
あのときの俺の恐怖を、お前は知らないから!!
巡回をしていて、聞こえた怒声がユキのものだと気づいたとき、血の気が引いた。
ナイフの男と対峙しているユキを見た時の恐怖を、今思い出してもゾッとする。
心臓が掴まれて引きずり出される、そう表現した馬鹿王子に今なら共感できる。
「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないの・・・」
「ゆ、ユキ・・・・」
大きな藍色の瞳がうるみだして、ギョっとする。
「ま、マリアが困ってて、それを助けたかったんだもん」
ん?あの男が付きまとっていたのはユキじゃないのか?
「待て、あの男が付きまとっていたのはユキじゃないのか?」
心の声が、そのまま声に出てしまった。
「ううん。違う。マリアの幼馴染なの、あの男」
そ、そうか。勘違いだったのか。ホッとすると同時に怒りもわく。
あの王子、分かってて勘違いさせたな。
「・・・・ミカエルがそんなこというから、今になって怖くなってきたじゃないの!!」
「お、落ち着け!!」
そういって、今度こそ大きな瞳から涙をこぼし出したユキに、オロオロしていまう。
とりあえず、男は巡回に任せ、状況説明をマリアと呼ばれた女性に任せる。快く引き受けてくれたので、そのまま任せ、涙を流すユキに向き直る。
ど、どうすればいいのか。
自分を抱きしめるように腕を組むユキ、その体が少し震えてると思った瞬間、俺は彼女を抱きしめていた。
「ふぇ」
「すまない、俺がもっと早く駆けつけていれば」
「み、ミカエル、は、悪く、ないよ」
嗚咽の間に漏れる言葉は、ひどく聞き取りづらい。
「いや、そうすれば、ユキが怖い思いをする必要がなかったんだ」
「も、もう、ほんと、ミカエル、まじめ、すぎるよ」
ゆっくりと、躊躇いがちに背に回されるユキの手に、俺は不謹慎にも喜びを感じていた。
いつも誰かのために、自分の身を厭わずに行動するユキが、まぶしくて。
ユキが考えないユキの体のことがいつも心配で。
無茶をするたびに小言を言って。
小さな体が持つ大きな力に、知らないうちにひきつけられていた。
『手、出しちゃえば?』
そんなこと、出来なかった。
体じゃなく、心もほしかったから。
それでも、いつもユキは自分で解決してしまう。
俺の手を取らない。
それが歯がゆくて、悔しくて、情けなくて。
けれど、今、ユキは俺の腕の中にいる。
「ごめん」
「ううん、ミカエルは、悪くないの」
違う、こんな時に喜んで、ごめん。
「助けに来てくれてありがとう、さっきのミカエル、かっこよかった」
そういって腕の中からこちらを見上げたユキに、口づけをしなかった自分の理性を、褒めてやりたいと思う。