5
「はぁ」
今日何度目とも知れぬため息が口からもれた。
昨夜の衝撃がまだ残っているのだ。
まさか、俺が手を出す前にちょっかいを出すやつがいたなんて・・・・。
焦り、怒り、ついでに嫉妬もある。
昨夜の殿下とユキの会話。このところのユキの店での態度。それを合わせれば、彼女がたちの悪い客につきまとわれていると判断するには十分だ。
―――――――この結論が、大きく間違っていることを、彼はまだ知らない。
「はぁ」
結構わかりやすくアプローチしてると思うんだけどなぁ。
ため息をつきながら、考え事をしながらでも、手は止まらない。次々と書類に目を通し、分別していく。その様を、ほかの騎士が不気味そうに見ていることにまったく気づかない程、落ち込んでいた。
店の巡回を強化するように警邏隊には通達済みだが、しばらくはもう少し頻繁に店に顔を出すとしよう。そして、時間が許す限りは彼女を送っていこう。
「はぁ」
そもそも、あいつは鈍感なんだよなぁ~。
休日に出かける誘いをしたこともある。
誕生日に、プレゼントは毎回渡している。
逆に、買い物に誘われたこともある。荷物持ちとしてだが。
しかも、その帰りに自宅に招かれた。お茶を出してもらっただけだし、家主が1階にいたが、それでも年頃の娘が、年頃の男を部屋に入れるなんて。
まあ、あいつの場合はなんにも考えてないだろうけどな。
やましい感情をちらりとでも持った自分が恥ずかしい。そう思うくらい、彼女は純粋で、まっすぐなのだ。
だから、こんなにもこじらせてしまった。
「はぁ」
今日も陽は沈む。そうなれば、彼女は店に出て、あの男も現れるかもしれない。
「・・・・・」
それは、おもしろくない、と思うほどに自分は男である。
「おい、ため息が止まったぞ・・・」
「でも、今度はなんか不機嫌そうな・・・・」
ひそひそとささやかれる言葉。
「やっぱり、自分の周りが次々と幸せをつかんでるから・・・」
「いや、シルベール公爵子息だぞ?相手なんて、掃いて捨てるほど寄ってくるだろう」
確かに、身分にひかれて寄ってくる女は掃いて捨てるほどいる。
だが。
肝心の寄ってきてほしいやつが寄ってこないんじゃなぁ・・・・・。
「はぁ」
とりあえず、今夜も店に行こう。
そうとなれば、これは全部片づけねば。
「補佐官、すまないが・・・・」
一気に仕事モードに切り替わった上司に、今度は部下たちがため息ではなく、悲鳴を上げることになるのだった。