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全10話の予定です。
と、殿下と他愛もない話をしていると、入り口をくぐる一人の青年の姿が。年は私と同じくらいの青年だが、何かを探すようにキョロキョロと店内を見回している。
あ、また来た。
それを目ざとく見つけた私は、殿下に断わって席を外す。マスターに目くばせすれば、以心伝心。すでにマスターは心得た様子で同僚をバックに呼びつけていた。
「いらっしゃいませ」
「・・・・・・」
「お冷とメニューになります。本日の日替わりメニューは・・・・」
「・・・・蜂蜜酒と、鶏肉の串焼きを・・・」
「はい。蜂蜜酒と鶏肉の串焼きを1皿ですね」
「・・・・あの、マリアは・・・」
「はい?なんでしょうか??」
「・・・・いや・・・なんでも」
「では、少々お待ちくださいませ」
接客すれば、頼むのはいつものメニューだ。注文を口にする間も、俯き加減にキョロキョロと周りを見ている姿は異様である。
一礼してバックに引っこめば、そこには不安そうな顔の同僚が。
「・・・・また、来たのね」
「うん。また来た」
そのやり取りで、彼女の顔がさあっと青くなる。
このところほぼ毎日来るお客様。頼むのは、いつも安価なものばかりな点から、それほど裕福な身分ではないと言える。
というか、その男の正体なんてとっくにわかっている。
「・・・・もう、そういう目では見れないって言ってるのに・・・」
「子どもの頃からだもんね。一途な思いってすごいよね・・・」
なんせ、その思いだけで転生して、前世の恋路を成就させてしまう人間もいるのだから。
まあ、幼馴染、というのは前世より執念の度合いが少なそうだけど。
残念ながら、前世でも今世でも恋をしたことのない私にはさっぱりわからない。
前世で結ばれなかった無念さも。
相手の気持ちを考えないで、お店に通い続ける彼の気持ちも。
でも、だからってマリアを困らせるのは許せないわ!!
というわけで、あの男が来るときはマリアを店からひっこませることにしたのだ。もちろん、マスターも了承済み。
ただでさえ人手が足りないし、最近繁盛してきて忙しいので猫の手も借りたいのだ。
本当は、しばらく休んでもらうのが一番なのだが、私とは別の孤児院出身のマリアは、もう成人しており孤児院を出ている。一人暮らしのマリアが家にいるより、ここで私たちの目が合った方が安心だろう。もちろん、帰りは一緒に帰っている。時には家に泊まってもらうこともある。
頼んだメニューをちびちびと飲んで食べながら閉店まで粘るのだから、もうマリアはホールには出られない。
ああ、今日も忙しくなる・・・。
だから、相手ができない旨を伝えにいけば、不思議そうに問いかけられた。
「あの男、どうかしたのかい?」
「気づきました?」
「うん、彼が来てすぐに一人ホールから出ていったからね」
彼が優秀な人間であることがこういう面からうかがえる。
もういい加減うんざりしていたし、うっかり口を滑らせた私は、悪くないと思う。
「・・・最近毎日お店に通ってきていて、正直困ってるんですよね」
「被害は?なにか危害を加えられたりはしていないかい?」
「幸い、襲われたりはないですが、贈り物が届いたり、あとをつけられたりはあるみたいですね」
「ふむ。今はその程度でも、エスカレートしないとも言い切れないな」
「ですよね。だから、一緒に帰るようにはしているんです。そろそろ、迎えもしなきゃいけないかな?って思ってます」
「君が??孤児院の手伝いもしているのだろ?そんなに時間があるとは思えないけど」
「まあ、孤児院は年長の子がだいぶお手伝いしてくれますし。いっそのこと、泊まり込もうかな?」
「ふむ。では、巡回の人間を増やそう。特にこの店の周辺に目を配るように」
「そうしてもらえると助かります!!」
「ああ、だそうだよ、ミカエル」
「ミカエル!!」
話に夢中で気が付かなかった。というか、騎士の性なのか気配を消してる?から、気づきにくいんだよなぁ。
なぜか顔面蒼白のミカエルが、信じられない、とでも言うように私を見ていた。なぜ??
「・・・もちろんです。殿下」
「ミカエル!!ありがとう」
「至急、直ちに、巡回の人間をここに呼びます」
「そうしてくれ」
「殿下、お帰りですが・・・」
「別の者を呼べ。その者が到着し次第、私は城に戻る」
あれ?ミカエルと帰らないのかな?
「お前は彼女を送るといい」
「・・・・・ありがとうございます」
「ふふふっ、いいのだよ。花を、分けてやらねばいけないからな」
「???」
よくわからないけど、今日はミカエルが送ってくれるらしい。これほど頼もしいものはない。
「ありがとう!!ミカエル!!ホント、助かるわ!!」
「・・・ああ」
私的には満面の笑みでお礼を言ったのに、まだ固い顔のまま。
むぅ、そんなに私を送るのが嫌なの?
もう、知らない!!
ちょっとむっとした私は、話は終わったとばかりに二人から離れた。
なので・・・・
「ふふふっ、貸しひとつかな?」
「・・・・命令してくださったことにはお礼をいいます」
「ああ、だって職権乱用できる立場なのに、君はしないだろ?」
「・・・・」
「馬鹿がつくほどまじめだからね、君は・・・」
「・・・・」
「真面目過ぎて、大切なものを失くさないようにね」
「・・・・わかってますよ」
という会話が交わされていたことを、私は知らない。