5 眠れる魔鮫(1)
【テイマー】。
そう呼ばれる職業がこのゲームには四種類存在する。
一つは最も有名かつ代表的な職業である【モンスターテイマー】。
魔物と呼ばれるモンスターの一種を卵から孵化し、育て、そして戦わせる。
街中で獣タイプや美男美女の人型モンスターを侍らせている人間が居れば間違いなくこの職業だろう。
二つ目に専用の竜を育成し、騎乗して戦う【ドラゴンライダー】。
竜王なるよく分からない存在から幼竜を賜り、調教を重ね空を駆る戦士タイプの職業だ。
街中で上を見上げた時派手な空飛びトカゲに跨がる人間が居れば間違いなくコレだろう。
三つ、【召喚士】。
異界の精霊と契約し(ゲーム内の)現世へと呼び出して戦う一風変わった職業。やはり強くする為には育て上げる必要があり、いくつもの精霊と契約すればその都度呼び出せる種類も増えていく。
街中で謎の発光生命体を連れて歩いている人間が居れば恐らくはこの職業だろう。
四つ目。
最後に実装されたテイマー職が【獣使い】だ。
街中を、ペットを連れて歩くなんて有り得ない。
同じ名の【テイム】というスキルを所持していながら【モンスターテイマー】とは全く仕様の異なる存在。
総数50を越える【妖精女王オンライン】においても上位を争う嫌われ職業だ。
──────。
「またか」
甲高い鈴なり。中空の一カ所から大きなベルの音が鳴った。
……わざわざ確認する必要もない、【テイム】の『支配時間』が切れたという報せだ。
俺の背後をノソノソと歩いていた大きな猪型のモンスターが唐突に動きを止め顔を上げる。光の無かった暗い双眸に輝きが戻り始め、だらしなく開いた口から覗く鋭い牙を急激にこちらへと向けた。
モンスターとしての名前は確か『ヤングワッガス』。
ここまでの道中で多少は活躍をしてくれていたが……目覚めたというなら付き合いは終わりだ。
「攻撃」
手を滑らせて操作するのが億劫でやる気のない適当な指令で他の『物』に攻撃を実行させる。
命令と共に嘶く猪へと殺到したのは四本の杭と二本の腕、それと突き立てられた鋭い牙だった。
短い絶叫。
蜘蛛、熊、もう一匹確保していた猪。それぞれによって袋叩きとされた『反逆』モンスターはひとたまりも無く綺麗な光に包まれて霧散する。
輝く粒子の短い奔流が目の前に現れ、やがて全てが消え去った後に元々猪の居た場所には影も形も残っていなかった。
「ふん」
落とされる、『アイテム』もない。
【テイム】によって支配されたモンスターが消滅した場合にドロップ品の類が発生する事はなく、倒したからといって入ってくる経験値もない。
あったとしてもそもそもが微々たる数値だ。
人間キャラクターが俺一人であっても手駒として引き連れたモンスターの数だけ得られる数字も分散される。
いずれは使い捨てとしてお別れをするモンスターにポイントまで吸われる訳だ。
微妙に損をしている気分になるがこういう仕様なので諦めるしかない。
「はぁ」
『ゲーム』を始めてから自然と多くなった溜息。
【獣使い】はかなりの嫌われジョブだ。嫌われるその理由は多々あるが、だからといって特別に強い訳でもなくむしろ弱点も多い。
先ず、他のテイマー職と違って専用の仲間は居ない。
【獣使い】は成り行き上のその場で、何の付き合いもない、ただ出会っただけのモンスターを強制的に使役出来る。
懐く、仲良くなるではなくこれは力のある従属だ。当然成功率のようなものもあり失敗も多く、そもそもから操る事の出来ないモンスターも沢山存在する。
……そして例え使役化に成功したとしても配下のモンスターはいずれ『必ず』裏切る。
【テイム】成功と同時に効果時間のカウントが開始され、数値が『0』となればそこで終了。
裏切る前から事前に野へと放つ事は出来ず、裏切るまでは完全な味方扱いなので攻撃をする事も出来ない。何より一度【テイム】をして裏切った相手に対し二度目の【テイム】が成功する事は『絶対に』無かった。
効果が切れれば縁も切れ、裏切りモンスターからは優先的に攻撃される。それはこちらが死ぬか相手を殺すかするまで継続し、下手な事をして一斉に複数体に裏切られれば死亡も必須。
徹頭徹尾に使い捨て。
完全な駒扱いをして動かなければ満足に戦う事も出来ない、それが【獣使い】だ。
──ちなみに、せれならばキャラ本体の性能はどうだと言えばこちらも悲しい程に弱い。
一通りの剣や鎧こそ装備は出来るがそれでも数段下のモンスターを相手すれば簡単に死ぬ。
個人の戦闘用技能は皆無。
使えるスキルはモンスターを支配する【テイム】。
支配したモンスターを一定時間強化する【ブースト】。
支配したモンスターと自身との立ち位置を一瞬で入れ替える【エクスチェンジ】。
自身のHP(体力)の半分をモンスターへと分け与える【サクリファイス】。
この四つだけ。
ある意味潔い徹底した職業性能だ。
……反面従属化した相手と自身との関係性は極端に薄く、例え操ったモンスターで他プレイヤーを攻撃しても、あくまで『野生モンスターによって襲われた可哀想なプレイヤーキャラ』とゲーム内では処理される。
直接的に自身が罪科を負う事の少ないこの職業は犯罪プレイングをしている多くの者の温床ともなり、同じ分野であるはずの他【テイマー職】にすら職業性の戦い方から『人でなし』『テイマーでなし』と批判され続ける。
可哀想だろう?
可哀想だと思う。
職業変更なんて要素のない【妖精女王オンライン】において【獣使い】を選んだプレイヤーは生涯『ケダモノ使い』という蔑称につきまとわれる事になる。
災難だが……今更だからといって他の職業を選び直す気もなく、なにより俺個人としては他三種のテイマー達の事が実は嫌いだ。
『手塩に掛けた』
『仲良くしている』
『よく懐く』
【モンスターテイマー】に至っては人型モンスターで周りを囲ってハーレム気取り
分かっていない。
もしかしたら、本当の意味で分かってないのは俺自身なのかも知れないが『テイム』なんてものはそんな甘く緩いものではなく、本当は、もっと────
「ここか」
……長く続いていた洞窟がようやく終わりを見せた。
現在位置はダンジョン『悪魔の棺』の最下層である地下15階。
唐突に現れた巨大な広間の中に目の前では見上げる程の大きさの赤茶けた扉がそびえ立っている。
どんな冒険物語でもそうであるように長く深い迷宮の奥には『ボス』というものが存在するものだ。
非現実であるゲームであれば尚更にそう。
明らかに異質な雰囲気を放つこの扉の奥にはこのダンジョンの主である『眠れる魔鮫 フォルネウス』という名のボスが存在する。
ボス。
大ボス。
強敵。
大敵。
呼び名は色々だが、個人の家庭用ゲームと違いオンラインゲームのボスという存在は本来単騎で倒せるような仕様にはなっていない。
あくまで多人数で、オンラインであるという人同士の繋がりが重視されるこの場では有り得ない程に強い敵というのは仲間同士で協力が出来るいいイベントとなる。
……中には極めに極め『○○をソロで撃破した!』と報告する人もいるが、俺はそこまで極めてない。
そもそもが手駒といってもその辺にいるモンスター達だぞ、どう逆立ちしたって俺に勝てる訳がない。
「ここまで厄日だったけど、なんとか日付が変わる前には来れたか」
それでも俺がここまで来たのには理由がある。
どんな腐ったゲームでも一つか二つはありそうな変わった話し……悪く言えば与太話の類を先日ネットで知ってしまった。
信じてはいない。
いないけど、なんとなく。試してはみたくなるというのが人というもの。
「準備が出来たら行くか」
【『悪魔の棺』のボスモンスター『フォルネウス』は獣使いであれば使役出来る】
俺は、そんなバカみたいな話しの真偽を確かめる為だけにここまで来ていた。