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お前もテイムしてやろうか  作者: 心許ない塩分
お前も【テイム】してやろうか
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4 ケダモノ使い(4)


「終わったか……」


 広間に転がる四つの死体。

 見下ろす五匹のモンスター。

 それと俺。


「ふぅ」


 自然と溜息はこぼれ出る。ゲーム内とはいえ争いのなんと無情な事か。殺伐とした殺し合いが終了すれば果てに待っているのは全てが終わってしまったという虚しさだけ。頭を垂らし転がる物言わぬ骸に言葉に出来ない哀愁のようなものが胸に沸き起こって来──



『テメエェ! この野郎!』


「……」


『こんな事して覚えていろよ、後でどうなるか分かってんだろうなああッ』


「ああ……元気な死体ですね」



 ……当然の事だが彼らは死んではいない、ここはあくまで『ゲームの世界』だ。


 現実の死とは程遠く、ただ単に仮初めのHP(体力)表示が失われてしまったというだけ。操作するキャラクターが死亡状態になったからといって中身の人間がどうにかなるという事はなく、動かなくなった口の代わりに喧しい文句が空気中のどこからか聞こえてくる。


「はぁ」


 まあ、死人に口無しとまではさすがに言わないけれどもう少し『死体』らしく出来ないものなのか。何というか……情緒というものがない。



『どうして、こんな』

 悲壮感漂い落ち込み嘆くのは一番初めに死亡したローブ女のキャラクター。手にした杖を枕にし横に倒れる姿は見ようによっては安らかに寝ているようにも目に映る。



『お前の顔、覚えたからな!』


「……そう」


『本当にだ!』


「……はい」


 喚く青鎧の『中身』の人。

 こんな鉄兜の頭なんて覚えてどうしたいというのか分からないが……これも日頃の行いか、青鎧はやられた瞬間が悪かったのか地面に膝立ち上半身はうつ伏せになった体勢で倒れている。崩れ落ち、尻だけ宙へと突き上げた格好。喋り続ける声がやたらと元気である為、謎の臀部と会話しているような妙な感覚が訪れてくる。



『蜘蛛はダメ蜘蛛はダメ蜘蛛はダメ蜘蛛はダメ蜘蛛はダ、ああああああ』


 ──見なかった事にする。



『クッソクッソクッソこの野郎! チクショウ、この屑があ!』


「ああ、うん」



 生きていた時もそうだったがよく響く声。四人の中で最も喧しく、そして口が悪いのは赤鎧だった。

 現実で面と向かって喋ったならば吐き出す唾で大変な事になりそうな剣幕だが、この赤だけは他の死体とは状況が違う為ついつい煩くしてしまうその気持ちだけは理解できた。


 ……例え理解はしたとしても、するべき事に変わりはない訳だが。



「じゃあ、時間もないしさっさと『漁らせて貰う』のでよろしく」


『クッソ!』



 死亡状態で一切動けない赤鎧は吐き出す言葉だけで内心の悔しさを表現していた。




 【妖精女王オンライン】において『死亡』という状態には大きく分けて二つの種類が存在する。


 一つは一般的な死体。事故死もしくは殺されてしまったキャラクターの体であり、こちらの死体は死亡したその瞬間から半無敵状態となり他者からの【蘇生】以外の動作を一切受け付けなくなる。


 例えば、見るからに凶悪で肉食そうなモンスターに倒されてしまったからといってやられた死体をその後ガジガジ食べられるという事は有り得ない訳だ。これはゲーム上での防犯という意味も強く、たまたま目の前で見知らぬ誰かが死んだからといって装備していたアイテムを剥ぎ取っていくという事も出来ない。


 この無敵死亡時間はゲーム内で一律三分間継続し、蘇生用のアイテムを所持していない限りその間は一切の行動も不能、強制的な死体ごっこをさせられる。

 唯一喋る事だけは可能だがあらゆる身動きの取れない虚無感たっぷりの三分間は人によってはかなりの苦痛となり修正すべきという反対意見もあるが、これだけは動かせない理由もあった……死後三分間を経て誰からも生き返らせて貰えなかった場合は最寄りの街へと体力全開で強制送還され、これでゲーム内での死亡状態は晴れて解除となり自由に動けるようになる。



「では」


 倒れ伏す赤鎧の肩へと向けて俺は手を掛けた。『ヤメロ』『触るな!』とまるでこの世の終わりじみた阿鼻叫喚は止まないが……何もそこまで警戒しないで欲しい。ただ少しだけ。


「【搾取】」


 アイテムと、そして金を奪っていくというだけなのだから。




 【搾取】に関しては特に複雑な手順は必要ない。頭の中で単に『奪う』と考えて手を触れるだけで後はゲームシステムが勝手に処理をしてくれる。物事の結果だけを示すウインドウが目の前に表示され。ピコンと場違いで小気味のよい音が手元で鳴った。



【回復薬(中)を奪い取りました】



『あ、あああああッ』



「……」



 普通、死亡状態のキャラクターに他人が何かをする事は出来ない……出来ないが、唯一、二種類目の死亡状態のキャラクター。

 生きている間に『犯罪』を侵した相手に関してだけは所持アイテムやゲーム内通貨の略奪を行う事が許される。


 『犯罪』というのが重ければいわゆるゲーム内でよくある迷惑行為の色々。

 NPCノンプレイヤーキャラクターの店舗から窃盗、禁止区域への侵入。他キャラクターへの攻撃、殺害。その他諸々。

 これらの一般的に罪と呼ばれる事を犯したキャラクターは『犯罪歴』がカウントされ、そのキャラが他者のプレイヤーキャラによって殺害されるまで付いて回る事になる。


 かなり愉快なシステムであるがこのゲームバランスも実質は穴も多く【盗賊】などの職業犯罪者ならばこれら監視の目を欺くスキルも持っているが……まあ今は『現行犯』だ。一度認識されてしまった犯罪者の末路なんてどこの世でも大体は決まっている。


「さあどんどん行こう」


 この際に殺されたからといって都合の人間が逃げ出さない為に無抵抗かつログアウトも不可な三分間は実に有意義なものとして機能していた。



『クソッ、こら、やめろ』



 騒ぐ赤鎧は置いてきぼりにし目の前には次々と新しいウインドウが浮かんでは消えていく。



【輝く刃の欠片を奪い取りました】

【12962ベリオンを奪い取りました】

【魔除けのマント(茶)を奪い取りました】

【状態異常回復薬を奪い取りました】

【魔性植物の種を奪い取りました】

【雷晶石を奪い取りました】



「……」


 品物の一覧に目を通し、そっと赤鎧へと顔を向ける。


「シケてるな、アンタ」


『ぐっ! うっせ』


「……はぁ」


 

 まあ、予想は付いていた。

 多人数向けとはいえ、ここ『悪魔の棺』という名のダンジョンは実質そこまで高難易度ではなかった。

 『ボスさえ除けば』中堅プレイヤーでも一人で最深部まで辿り着ける……にも関わらずあれだけ手こずっていた事を考えればプレイヤーレベルとしても初心者に毛の生えた程度だったんだろう。少し悪い事をしたかも知れない。


 ベリオンはゲーム内の通貨、薬関係はそのまま使用アイテム。その他は、何かの作成に必要なアイテムだったように思うがどれも大して珍しい物ではなかった。


 やや落胆を感じる肩透かし。もう奪えるものだけ奪ってさっさと手を離そうとも思ったが、そこで目を引く一つの表記が浮かび上がり動きは止まる。



「ん?」


【マクサズのナイフを奪い取りました】


『あっ』


「マクサズ……ふむ」


『ちょっ、それは待てよ!』



 響く赤鎧の声が明らかな狼狽えを見せた。


「マクサズ……ねぇ」



 手に入れた(奪った)『マクサズのナイフ』というのはゲーム内の装備品の一つだ……別にすごく珍しいという訳でも特別に強いという訳でもなかったが、いわゆる汎用装備としては人気の短剣。

 あらゆる職業が装備のペナルティーなく唯一扱える刀剣類のはずだが……なんでこんな明らかにガチな戦士がこんな装備を持っているのか。

 とりあえず没収はしておく。



「っと」


 そこまで来て、けたたましいベルの音が宙に弾けた。意識を向けていた赤鎧から目を離し、他の四人にも周囲のモンスター達には一切聞こえるはずのない『タイマー』の音を慌てて停止させる。


「時間か」


 見れば宙に浮かんでいた時計の一つ、最も残り時間の短かった一つが残り時間の終了を告げていた。

 鳴り響いていた鈴の音の終了とほぼ同時に辺りに居た蜘蛛の一匹が不意に震え始めた。

 ガラス玉の色の無かった瞳に明確な【意識】が戻り始め『ギチギチギチ』と煩い鳴き声が手綱を離れて溢れ出す。


「厄日」


 少し、オモシロ四人組に時間を掛け過ぎていたらしい。

 震え暴れ出す蜘蛛を万感の想いを込めて見つめ労いの言葉と共に指を宙へと滑らせる。



「ご苦労さま」


 礼は大切だ。

 心の中で唱えるありがとう。


 ギ


「じゃあな」


 返す刃で漏らした俺の声に引かれるように四つの影が蜘蛛へと殺到する。



 ギッ



 断末魔にしても余りに短い鳴き声。



「……」



 突き立つ『杭』と爪が節ばった蜘蛛の身体に埋没し、人キャラと同じく鮮やかな火花が散る。


 ……元々体力はいくらか減っていた。最後のオーバーキルに過ぎる一撃達に蜘蛛の身体は短い時間痙攣し、次の瞬間眩い光の粒子に包まれて跡形もなく消えていく。


 些細な風に舞う幻想的な光が過ぎれば現れるのは無味乾燥な作り物の岩肌のみで、死体も、四肢の欠片すら、蜘蛛の居た痕跡を示すものは全て無くなっていた。



『ケダモノ……使い』



「獣使い、だ」



 死体四人組みの内の誰か一人の声が流れたがあからさまな間違いがあったので訂正しておく。


 ケダモノ使いではなく【獣使い】。


 あらゆるモンスターを使い捨ての駒へと変える【獣使い】。


 テイマー職の風上にも置けない、犯罪プレイの温床、モンケモナー(モンスター及び獣好き)の最大の敵とも言われる【獣使い】。



 ……色々な蔑称を持つが職業としては【獣使い】。キャラクターとしての名は『スレイバ』、それがこの世界における俺だった。




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