2 ケダモノ使い(2)
曲がりくねった通路を抜けて行くと唐突に広い空間に到着した。壁伝いや流れる風に乗りずっと聞こえていた音の発生源はどうやらここらしい。
見上げる天井の高さは数メートル、横や奥行きも同程度。ぽつねんと現れた広場の中ではよく通る男の掛け声と金属同士を打ち付け合う高い音が響き続けていた。
「レイド、右から回れよ! まるてんはもっと引き付けて! オウカは回復の準備!」
「おう」「分かった」「ハイ」
「……うえ」
先客を目にし俺の口からは変な声が漏れた。
別に先に誰かが居たからといって普通は驚く事でも何でもない。
ただ問題は先客らしい四人組のパーティーが……キラッキラとした見た目の頭痛を呼び起こす何かだったからだ。
先ず先頭を走る男、これが悪い。
大きな両刃の剣を振り上げる赤鎧の姿は見た目も声も容姿も外観も、その全てが特殊エフェクトを掛けた謎の発光プラス妙に出来過ぎている。
まるで闇夜の蛾のような淡い燐光。
世のイケメン像をふんだんに盛った甘いマスク。
張りがあり女性受けしそうな澄んだ声。
ゲームや漫画の世界でしか見掛けない装飾重点の剣に鎧。
ちょっと、生理的に受け付けられない。
まあ【妖精女王オンライン】において見た目や声、体格の設定は各人の自由であり好きなようにカスタマイズ出来るのだが、それは写し身としてのキャラではなく実際に自分が入る受け皿だ。
その気になればいくらでも偽れるが……ここまであからさまなキャラクターもかなり珍しかった。
中身は本当に生粋のイケメンでありかなりの自信家ならまあいいが逆の場合……ゲームを終了させ我に返って鏡を見た時軽く鬱にならないか。
そんな余計な心配までしてしまう出来過ぎた美男子マンだった。
直接パーティーに指令を送っているのはそのイケ赤鎧のようでコイツがリーダーか。
声に従うのは冗談みたいに赤と対を為す青鎧の男に白亜の騎士、そして緑のローブを纏った唯一の女性キャラ。
青鎧もやはりパーフェクトなイケメンであり(恥ずかしくないのだろうか)赤男とは違い細身で尺の短い剣を両手に構えて勇猛果敢に斬りつけている。
腰近くまで伸びた長い紫髪、不自由としか思えない右目の眼帯、肩に出張った髑髏の飾り、何かの魔法陣を模して描かれた特殊鎧……うん。
白亜の騎士は割とマトモで正に西洋の甲冑といった格好だ。全身を覆う重厚な鎧と身の丈まで届くタワーシールド、決して飾らない野太く年老いた声……これで右手に握っているのが露骨な日本刀でなければなかなか見た目だけは好みだが。
一番地味なのは緑色のローブを着た女。長い杖を手にし戦闘の邪魔にならないように後ろへ下がって様子を見ている。
……非常に愉快な四人組が大立ち回りで相手をしているのは黒色の熊のような姿の生き物だった。
松明の灯りの届かない暗がりから真っ赤な輝きを覗かせる四つの(……)瞳。
太い二本の足で立ち上がり振り回す腕と長い爪。
背中に生えた蝙蝠の翼、脇腹から覗く青色の触手、金色の牙……当然だがこんな生物現実には居るはずがない。ゲームの中だけに登場する架空の『モンスター』だ。
【妖精女王オンライン】は残念ながら皆で仲良く畑を耕すゲームでも街の発展を神様視点で見守る優しいゲームでもない。
世に巣くう恐ろしい化け物が各所に存在し、プレイヤーはそれらを討伐する。煽り憧れる民衆達(ノンプレイヤーキャラクター達)の為に立ち上がるヒーローのような存在となる。
よくあるオンラインゲームがそうであるようにこの世界もまた冒険活劇を旨とする架空の演劇舞台みたいなものだ。
「はあ」
今日接続し何度目かも知らない溜息の音。
この愉快四人組、戦うのは別に構わないが非常に邪魔な位置で戦っている。
わざわざ広場のド真ん中を占領し激しく動く大激闘。各々が好き放題駆け回っているせいで進むべき行く手が塞がれ道すら進めない。
マナーが悪いというべきか、今日の場合特別自分の運が悪いので何だか俺のせいな気もしてくるから不思議だ。
「何だお前」
「……どうも」
特別に妨害もアクションもする気はなかった。やる気も起きない。
物陰に隠れず足音も殺さず、露骨な接近に真っ先に気付いて声を上げたのは最も近くに立つローブの女ではなく戦闘中のはずの青鎧だった。
戦闘職らしく知覚はそれなりに鋭敏なのか。振り返り、そしてあからさまに不審がっている様子でこちらを睨んで来る。
「別に、ただちょっと通りたいだけなので横にずれては貰えませんか」
「ハッ?」
「……戦うならせめて通行者の邪魔にならないように隅で、マナーでしょ」
「ハア? いやいや何言ってんの? 先にこの狩り場に居たの俺達だよ」
文字通りの『何言ってんの顔』余りのイケメン具合が余計に腹を立たせ剣を振り上げる赤鎧がこっちを見る。
燐光エフェクトをしまいなさい、電気代の無駄でしょう。知らないけど。
「そうそうそう、いきなり出て来て退けとか何言ってるの? 日本語、分かる?」
便乗し青鎧は顔に薄ら笑いを浮かべさせる。戦闘自体はゲーム自体のアシストが効いているのか変わらず続行される。
お洒落眼帯がうざい。
「いやちょっと横にずれれば済む話だろ。いいから──」
「ヒクッ、今のウケたわ」
「……おいコラ」
野太い、と思っていた白亜の騎士が吹き出す。素はそんな喋り方だったのか。
やっぱり好みじゃない。
「あ、あの」
緑ローブがか細く何かを言い掛けるがその先は言葉にならなかった。
「はあ、そう」
八つ当たりをしても、別にいい事はない。
諦めにも似た呟きに軽く空中で指をスライドさせゲーム中の付属アクセサリーを起動させる。
視線に合わせ何もない宙に浮かんだのは四つの『時計』。現在時刻を告げる仕様ではなく、カウントタイマー式の四つのストップウォッチがそれぞれの針を動かし続けている。
「……む」
これはあくまでシステム的な個人の操作なので他人に見える事はまずないが……四つの時計盤の内で最も残り時間の少ないものを見て喉が唸る。
最長のものでは残り十五分を示しているが最短のものでは既に五分を切っていた。
「捨て時か」
「は?」
「いや何でも」
「なんだよ、気持ち悪い……オウカ? 頼む」
「あ、うん!」
──気持ち悪い?
「……そうか?」
赤の言葉に改めて自分の格好、装備を見下ろして見るが別に変な所は見付からない。
要所要所はしっかりとカバーした茶色の革鎧。同色の胸当て。下から覗く厚縫いの白シャツは無地であり腰へと帯剣したショートソードも一般的なもの……変ではないよな?
「ふむ」
唯一変わった点があるとすればそれは頭部だけ、顔を覆い全面を守護するのはのっぺりとした印象の鉛色の兜だ。
フルフェイス仕様、角や突起など余計な飾りはなく口鼻と目抜きの部分にだけ穴の開いた質素な見た目だ。
これは勝手な持論で一種のポリシーじみたものだが、物語の勇者や倒すべき悪党に顔は要らない、俺はそう思っている。見た目で誤魔化さずそういうヤツらは行動で示して欲しいとそう願う。
だから顔は捨てた。自分が英雄やラスボスを気取るつもりはないが願掛けのようなものだ。
「──た──あ──ールド」
ふと、目を離していた隙に最も近くに居たローブ女が何かを呟き出した。
漏れ出る小さな声に反応し手にする杖が次第に碧色の輝きを放ち強くなっていく。広がる光の波は広がり続け、やがてパーティー四人全員を包み込む。
【妖精女王オンライン】にはもれなく【魔法】も存在する。
手も触れず何かを起こす奇跡……今のは多分集団指定の回復魔法だ。
同じパーティーではない俺には見えないが魔法を掛けられた彼ら全員の動きが幾分かは良くなった気がする。
「じゃあとりあえず終わるまで勝手に待つよ」
「…………」
「返事なしとか、頭痛いな」
軽い声掛けに今度は答える気すらないらしい。
若干落とした肩で居場所を求めて近くに居たローブの女へと向かう。
見た目と魔法から察して回復職の【プリースト】か。近付く俺を見てローブ女は一瞬身体を硬くして強張るすぐに気を取り直し水平近くまで腰を折ると丁寧に頭を下げて来た。
「あの、すみません皆が」
「……ああ、まあ、はい」
「皆、私の用事で付いて来てくれただけでホントは違うんですよ」
「別に聞いてないけど?」
目線は合わせず、向こうからも合わせてこず。居心地悪くとりあえず隣合いながら戦闘中の三人を見守るが、コイツら、あんまり強くない。
「……おいおい」
ダンジョン内とはいえ、一体しかも普通の雑魚モンスターを相手にして何を手間取っているのか。
そもそも四人で潜っていた所に『一人』で来た相手に何も察せられないのか……。
「チ」
再び顔を上げてくる不快さにチラリとタイマーを確認すると……見なければよかったと余計に苛立ちは募った。
最も短いカウントが遂に三分を切っている。飛び交うイケメン、戦闘は派手、でも遅々として終わらない。
胸中の有象無象を全て吐息に変えて吐き出そうとするが実際の自分の身体じゃないんだ、そんな器用な事出来るはずもなかった。
「ツイてない」
空いた片腕で軽く……手にした剣の柄を引いた。鞘の中から露出して剣呑な光を漏らす刃。
「何をッ」
「はい? 何か?」
「あ……いえ」
鞘走りの音に素早く反応したローブ女がこちらへを見る。隣合えば頭一つ分低いキャラクターの背丈、下から覗き見上げるような顔で一歩を引く。
別にこの場で剣を引き抜いた訳じゃなかった。単に鞘と刃とを擦り合わせ音を鳴らしただけ露出した刃もすぐに戻っている。
広げた手の中には何もない事を見せ。
体で隠した片腕で、見えない所で空中に指を滑らせ『命令』を送った。
「ところで、プリーストさん?」
「あ……はい」
「【テイム】って言葉の意味知ってます?」
「……え?」
「にこにこ」
口だけで漏らす笑顔の擬音。
「え゛」
「……にこにこ」
ローブの女が鈍い声を発する。漏れた「え゛」は最初の「え」とは違う意味を持つものだろう。
前半は、訳の分からない問い掛けに対するただの反応で。
後半は、どうして急に……自分の身体が宙に浮いてしまったかという驚きの声か。
悪い、悪いと思うが何より今日は自分の運が悪い。
「本当に、厄日だ」
「あ」
「実はちょっと予定が立て込んで急いでて」
『背後』から伸びた杭に貫かれ、胸の前から異物を生やした女へ向かい、ちょっと程度には罪悪感を込め俺は静かに謝罪をした。
「悪いね」
一本では終わらない、背後から迫る四つの影。連続して突き刺される杭。
重い音を鳴らす攻撃の中で派手で見栄えのする『Critical!!』という文字が頭上で浮かんで消えていった。