0 プロローグ【捨て子 さんが 入室しました】
主人公が強いストーリーを書いてみたかったんです(投稿理由)
『ニック:オンラインゲームで不思議な体験?』
「……」
灯りを落とした暗い室内で、唯一光を漏らす一台のパソコンを僕は凝視する。
四角く切り取られ限られたディスプレイの中では普段からよく利用するチャットルームの光景が広がっている。
発言を打ち込むスペースと参加者全員の名前とバックログ。
見知った仲間。
見知ったハンドルネームの人達。
彼等に向かって僕は用意していた話題を打ち込む。
「……」
ボタンの緩くなったキーボードが込め過ぎた力によりカタカタと揺れ、その音が尚一層に僕の神経に爪を立てて行く。
『捨て子:そうです、オンラインでの不思議体験、何かした事はありませんか。少し言葉を変えればオカルト体験というやつですよ』
『ニック:お、オカルト? うーん』
『マジシャン一年生:何かオカルトって言い方ですと途端に怪しく聞こえてきますよね』
『桜:ハイハイハイ! 私あります!』
『ニック:お、桜さん何?』
『桜:なんにもない平原ステージでぼーっとしてたらいつの間にか敵に囲まれて死んじゃった!』
『ゲオパルト:……それ、単に湧いてきたザコに絡まれただけでしょ』
『桜:えーうそー』
「……」
画面内部の表示に目をやって会話ログと発言者とを慎重に照らし合わせる。
チャットルームへの参加者は全十二名だ、僕を除けば十一。普段のメンバーが全員揃い、今の所僕の会話に乗って来てくれたのは全部で四人。
まだ、これから……。
「……」
何も居ないはずの部屋の暗がりに視線を送り確かに頷く雰囲気を感じ取ると手を動かす。
『捨て子:桜さんの体験も面白いですけど実はもっと凄い。ある特別な情報を手に入れたんです』
『桜:特別? え、ナニ?』
『ゲオパルト:何か下手なキャッチセールスのコピーみたいだな』
『捨て子:……はい。皆さんは妖精女王というオンラインゲームを知っていますか』
「……」
茶々を入れてくる【ゲオパルト】に対して、少し邪魔だとは思ったが余り気にしないように努め、会話を見守る。
『ニック:妖精女王か。うん、それなら知ってるよ。僕もプレイしているからね』
少しあって【ニック】さんが発言をする。
『墓守:あら、ニックさんてオンラインゲームなんてやる方だったんですね。意外です』
それに反応し今まで黙っていた【墓守】さんも声を上げた。
『ニック:いやぁハハハ、実は友人に誘われて年甲斐もなく始めて。やってみたらこれが案外面白いんですよ?』
『長剣キング:それならオレもやってます! もちろんガチ剣士!』
『ゲオパルト:……脳味噌筋肉の長剣がやってるくらいだから、まあ有名タイトルですよね。ちなみに俺もやってます』
「……」
……遠回しな言い方を。
だけど僕は知っている、いや僕『だけ』は知っている。このチャットの参加者は全員同じゲームをプレイしているという事を。
それをこちらから言うのは怪しまれそうで嫌だったが最も年長者らしい【ニック】さんが自ら切り出してくれたのは運が良かった。
これで六、まだ半分を過ぎた所だ。
気を引き締めないと。
『捨て子:ええ、恐らくその妖精女王で間違いないと思います……ところで少し話は変わりますが皆さんは数日前にニュースでやっていたネット中毒者の集団自殺事件というのを知っていますか?』
『墓守:嗚呼、私はテレビで見ましたよ。非常に痛ましい事件ですよね』
『捨て子:……はい。残念ですね。しかしアレには実は裏があってネット中毒者なんてニュースで謳っていましたけど実のところ全員同じゲームをプレイしていたらしいですよ』
『ニック:ゲームって、まさか』
『捨て子:はい、妖精女王らしいです』
『隼:ちょっと待て』
「……食い付いた」
七人目の参加者『隼』の名を目にし僕は笑みを浮かべながらキーボードを打つ手を一旦止める。
『隼:確かにそんな事件があった事も私は知ってる。だがどのニュース番組を見ても警察関係の発表を聞いても件のゲームタイトルは出て来なかったはずだ』
『ゲオパルト:……へぇ』
『隼:そもそもが、だ。オンラインのダイブタイプが直接利用者に影響を及ぼせる可能性なんて皆無だ。実体験さながらに感じる追想システムといっても念入りな起動試験の果てに運用されている。本物に近く感じるといっても所詮は電気信号による誤情報、それに実効力など有りはしない。第一考えも無しにそういうものが悪いと決め付けるメディアの方が余程』
『マジシャン一年生:何か怖い話しですね』
『隼:……おい、マジシャン』
『マジシャン一年生:え。あ、はい』
『隼:君は、人の会話の腰を折るなという基本的な事すら小学校で学ばなかったか』
『マジシャン一年生:え』
『隼:そんなもの学力以前の問題で人としての』
『漢:まあまあまあまあ、落ち着いて』
「……ひッ」
口から、意図せず悲鳴のようなものが漏れた。ディスプレイの中の出来事が問題だった訳じゃない……突然、部屋の外の廊下から足音のようなものが聞こえた気がしたからだ。
緊張に身体が強張り吐き出す息も身じろぎすらも潜めて僕は振り返る。
「……」
続けて、音はしない……どうやら、気のせいだったらしい。
そもそも僕以外の人間は簡単には覚めない眠りに落ちているはずだった。
チラリと視界の端に捉えた時計の針は夜の十時過ぎを差している。
大丈夫、まだ焦る必要はない。僕は改めてディスプレイに向き直った。
『捨て子:それが、そうでもないんです』
『隼:何だ。アンタまで』
『捨て子:いやいや聞いて下さい。だからこそオカルトなんですよ』
『隼:どういう意味だ』
『捨て子:彼ら、もしくは彼女達がただ普通にゲームをしていたなら何も問題ない。でも違うんですよ、これはある特別な……大会に参加していた事が関係しています』
『可愛い物好き:んにゃ大会? 何かやってたっけ? あ、王都エリアの武道大会』
『ニック:少し時期が違いますね』
『捨て子:いやいやいやいやそんな当たり前のものであるはずがないじゃないですか……言ってみればサバイバルゲームの大会です、豪華景品有り、参加者は特別に許された人だけ』
『ゲオパルト:特別……』
『捨て子:興味あります?』
『SG550:サバイバルか。へぇ、それは面白そう』
『桜:ちょっとだけ怖いもの見たさってやつ?』
『ニック:オカルト、か』
『捨て子:まあ余り深く考えないで。参加条件もゲーム内の特定のお題をクリアーするというだけ。興味本位で覗いて見るというのもありです』
『隼:そんな、バカな事』
「……なんでだ」
軽口すら混ぜなるべく自然体を装って会話を進めるが内心の焦りは強くなっていく一方だ。
確かに参加者は十二名のはず。だけどどれだけログと照らし合わせても話題に乗って来ているのは全部で十名。
一人、足りない。
「う」
暗がりから、僕を見つめる視線が不愉快そうに細まるのを感じた。
離席中のはずがない確認はしている、確かに見ているはずなのに何故乗って来ないのか。
『ニック:どうかしたかい捨て子さん』
『捨て子:はい?』
『ニック:いや急に黙っちゃったから』
『捨て子:ああ、いえ別に何も』
『隼:どうせ嘘なんだろう』
『捨て子:いいえ違いますよ』
「くっ」
『関わり』を持つ前に本題を言う訳にはいかなかった。
ヤキモキする気持ちを抑え、必死に当たり障りのない会話で場を保つ。
煽り、興味を引く言い方を続けてみてもやはり限界は見えてくる。形式的な文字の上からでもやがて伺えるようになってくる参加者全員の懐疑的な感情。
焦りが増す。
頭が痛くなる。
息が詰まる。
「限界か」
仕方ない。
この際十名でもいいと思った。他の一人は別の所で釣ればいい。覚悟を決め、会話を進めようとした所で遂に……待ちに待っていた発言が画面に現れた。
『テイマー:嘘臭いなあ』
「ハ……アハ」
その時の……僕の感情をどう表現したらいいだろう。
信じても居ないカミサマを仰ぎ感謝を捧げたい気持ちで一杯になって来る。運というものはあるところにはあるものなんだと、そういう希望。
「……」
とにかくこれで参加者は全員揃った。
残りの時間、僕は意気揚々として古いキーボードを叩いていく。
………………。
「ふぅ」
あれから一時間と少し。
全ての説明を無事に終えチャットルームを退出した頃には既に日付は明日になっていた。
暗い室内に、眩い光を放っていたパソコンをそっと閉じると優しい暗闇が辺りに満ちる。目に感じるチカチカと瞬く痛みに背後を振り返ると……そこには当たり前のように何も居ない。
「帰ったか」
懸念が一つ消えて、やたらと疲れた体に不意に強い喉の渇きを感じた。
長い間腰掛けていた椅子から降りると久し振りに触れる平行な床に一瞬フラつく。カラカラと張り付く喉に癒やしを求めて僕は一路台所を目指して歩き出す。
「……く」
目眩がした。だけどまだ、こんな所では寝てられない。
一杯の水を飲んで少しでも元気を取り戻したらやるべき事をやらないと。
「暗いね」
部屋を出た廊下は当たり前のように一歩先も見えない黒色。家の壁を利用してフラつく身体を支えるとゆっくりと歩き出す。
確か、台所には包丁もあったはずだ。
「……ハ」
漏れ出る笑みに対して何故か胸は張り裂けるように、痛い──