それはある意味呪いなのでは
「話が続かないな」
彼は東側の窓を開け、身を乗り出して外の乾いた空気を吸い込む。
ここは塔の二十階に位置する彼の作業場で、見晴らしは最高だ。
ただ、見えるのは砂漠と遠くにある隣街だけ。
「主人公達が街中を散策するようにする。いや、舞台を変えてみたりするのもありか」
彼が考え事をしていると、何かが飛んでいるのがふと目に入った。
急上昇、急降下、低空飛行、旋回、急上昇と繰り返しがなら塔へ近付いて行く。
そして低空で塔に近づき、壁面を這う様に上昇して彼の真横を通り過ぎて行く。
その姿は黒いワイバーン。
両腕が翼の巨大な爬虫類の事を彼はそう呼んでいる。
そしてソイツは上昇をやめた途端、少女の姿へと変化した。
うす茶色の迷彩服に身を包み、その腕には狙撃銃が握られていた。
彼女は空中で体勢を整え、銃を構え、落下していく。
破裂音が反響する。
彼女が見ていた方向を見ると、砂漠の一カ所で砂煙が上がっていた。
「見てた? 見てた? 命中したよ」
真下から声をかけられて、驚く彼。
下を見ると先ほどの少女の笑顔があった。
彼女は下の階の窓枠に片手でぶら下がっていた。
もう片方の手には狙撃銃、もとい狙撃用に改良された対物ライフルが握られていた。
「見てたけど、遠くて当たったかは俺は見えない。でも上手くなったのは分かるよ。イロハ」
彼女はイロハ。
彼が魔王城を管理する以前からの家族である。
本来はワイバーンの姿だが、人間の姿へと変わってしまう呪いを受けている。
今は呪いを制御出来るようになった為か、本人は気に入っている。
「これでウチのドラゴンブレスにまた磨きが掛かったね」
イロハはドラゴンに似た見た目だが、種族は別物なので炎の帯びた息を吐けない。
だから、ドラゴンに憧れた彼女は弾丸を飛ばすようにした。
「ドラゴンブレスと言ってるけど、人間の姿で撃つのは改善されないんだな」
「どうしても翼に括りつけると標準がぶれちゃうんだよねー」
窓枠が外れた。
彼は咄嗟に手を伸ばすが、振り払われる。
イロハは落ちていく。
飛ぼうとしたが、壁に近すぎて元の姿に戻れない。
真下は石畳。
彼女ならば死ぬことはまず無いが、万が一はあり、重症は免れない。
恐怖が彼女の判断を鈍らせる。
壁を蹴り、棟から離れれば飛べたが、それに気付いたのは遅かった。
彼女は叩きつけられた。
下で先回りした人物に。
その人物は倒れながらもイロハを横に投げ飛ばした。
イロハは地面を転がり、倒れた。
投げ飛ばした人物は黒いタキシードを着こなした美人であった。
「その姿でも相当な重さですね」
男性とも女性とも取れる中性的な顔は淡々と語る。
「そのせいで私の右腕が死にましたが」
右腕は折れ、火花が散り、透明な液体を流している。
イロハは立ち上がり、その人物へ視線を向ける。
「はいはい。悪かったですよー。あと、ありがと」
「感謝は私ではなくて彼にしてあげてください。下へ先回りしてたのは彼の指示ですから」
「でも助けたのはリコリスでしょ」
イロハは服についた砂埃を払いながら、右腕を押さえたリコリスに近づく。
「もしかして照れてるのかなー」
イロハは見上げるようにしてリコリスの顔を眺める。
「私は壊すことしか出来ません。その結果の副産物で助かったってだけですよ」
イロハは聞く。
「照れてる?」
「ええ。そうです」
無表情でそう答えた。
「二人とも大丈夫……ああ、邪魔だったな」
彼が駆け寄ってきたが、踵を返した。
「ウチはマオお兄ちゃん一筋です」
彼女は彼が魔王と呼ばれる前から一緒に居た為、愛称で彼を呼ぶ。
「魔王。あなたの存在が邪魔です」
淡々とそれでいて何処かふざけたように言う。
「それ、ここに来たときにも聞いたな」
魔王は二人の方を再び向く。
リコリスはここで隠居生活を送っているが、勇者である。
伝説的な強さを誇り、勇者とは『壊す人型兵器』であると世界に認識させた人物でもある。
「この場所には私が壊すべき魔王はいませんでしたが」
「そうか? 俺は自分の欲望のままに、好きな子を集め。好きなように過ごし。好きなように支配する。そんな悪の魔王だぞ」
卑しく笑う彼。
優しく微笑む彼女。
「それは君から見たら、そう見えますがそれが全員の考えではありません。ただ私から見て君は」
そこでリコリスは言葉を身に込めた。
そして次に出した言葉は魔王の予想通りだった。
「そんな事より、医務室行きます。付き添いは結構です」
「そうだな。早く行け」
リコリスは二人に背を向け歩いていく。
「イロハを助けてくれてありがとうな。さすがイケメンだよ」
「私に性別はないですよ。一介のプログラムですから」
背を向けたたま返事をし、塔の中へ入っていった。
「それとイロハ」
彼の目の前に立つイロハ。
「なーにー?」
彼女に抱きつく魔王。
「ありがとうな。俺を巻き込んで落とさないために俺の助けを振り払うなんてなんて健気な子なんだ」
「そういうマオお兄ちゃんだって、私が話しかけた瞬間から。リコリスを真下に居させるように指示していたのでしょ。こちらこそありがとうだよー」
魔王はイロハを放し真剣な表で見つめる。
「本当はリコリスじゃなくて魔王。俺じゃなくてカグを呼び出してに受け止めさせようとも考えたんだが」
カグとは闇の魔法を得意とする魔王で現在は異世界でニート、もとい主人公をやっている。
「確かにあの人なら私でも無傷で受け止められるよね。でも異世界に召喚させられると……ねぇ」
イロハは半笑い。
「まあ魔王のイメージが、城で篭っている。部下に任せっきり。友達いない。それが異世界に召喚されたら大体は……ラブコメ主人公に早変わり」
「おそらくウチを受け止めて、カグの頭に何故か窓枠、対物ライフルがぶつかり倒れて医務室へ。もしくは、何故そうなったか分からない体勢になり、ウチに殴られて医務室だね」
二人で頷く。
「つまり恋愛運上げたければ異世界に召喚された方がいいって事かなー」
「むしろ女難になるけどな」