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風の吹くまま  作者: 鈴和
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猫の手鏡 肆

 先生の家を出ると正面には大きな通りがあった。吊るされた提灯の明かりと射し込む夕日で通り全体が赤く染められている。通りの先は坂道もあるせいで見ることはできない。いったいどこまで続いているのか。左右の店からは客を呼ぶ声や楽しげな立ち話が聞こえ、行き交う者の姿は特別多くはないけれど、それなりに賑わっているように見える。

「君が二度も出掛けるなんて珍しいこともあるもんだねえ」

通りを眺めながら歩いていると、不意に声がして、先生が歩みを止めた。夢さんが手を振っているその声の主は、俺に気づくともともと下がりぎみだった眉をさらに下げて困ったように微笑む。気の良さそうな若者だった。年齢はそんなことないんだろうけど。

布を一枚引いて四隅に重石をのせて小さなお店をしているらしい。布、草鞋、本、笛や太鼓、それに山菜の類いだろうか……布の上には本当にいろんなものがおかれている。店の主人は肩から太鼓を下げて、布の奥の方に座っている。

「少し貴方にも聞きたいことがあってね。その太鼓なのだけれど……あの時のかい?」

「いやあ、相変わらず鋭いねえ。それとも、この場合は記憶力がいいのかな。その通り。これは我が家に代々伝わるあの『鳴水の太鼓』だよ。この由来をたどれば数千年前にまでさかのぼる。我らが人と本当に関わりがなかったあの時代。我が同族がなくなったおりにその死を弔うためにご先祖が丸一年と三ヶ月をついやして作ったといわれる逸品だ。例え君でも売ることはできないよ。作り方自体はすごく簡易的だが、注目すべきは施された飾り細工の美しさと細かさだろうね。おそらく制作者はこの飾りに一年以上を使っている。時代より進んだものとはいえ形を作るのにはそんなにかからないだろうからさ。彫り込まれた飾りは木枠、留め具だけでなく、膜にまで及ぶ。制作者の雄大な自然をうつす技術は目を見張るものがある。楽器であるから勿論だけど、音も素晴らしい。並の太鼓とは質が違う。鳴水という名の由来もここなんだがね、これをならせば風などなくともたちまち水面が揺れだし、魚たちが騒ぎだす。そのような力を秘めながらも優しさをもった響き。歌や笛との共演はもちろん、

これひとつでも十分に……」

「ながいっ!」

のんびりとした青年の雰囲気に反してぽんぽんと調子よく放たれる言葉。どうしていいか分からないでいるうちにぱんぱんと手を打つ音がして、先生の家を出てから黙っていた夢さんが喋りを遮る。楽しそうだった青年がまた困ったような、しょんぼりとした表情になっていてちょっと可哀想だ。

「その話はまたききましょ。なんなら紅葉くんに音楽でも教えてやってください」

え……という心の声が青年と自分の二ヶ所から聞こえた気がした。終わりの全く見えない話を聞かされるのは遠慮したい。一つ一つの楽器に先程のような説明をされたらきりがないだろうし。

青年の方はどうすればいいんだとでもいいたげにこちらの三人を見ている。

「それより。その太鼓何時の間に帰ってきたのかを聞きたいんですが。ああ、日にちだけで良いので」

「三日前だよ」

考えるそぶりもなく出てきた答えに満足したのか、先生はくるりと振り替えって歩きだす。夢さんとあとを追う前に

「ありがとうございました」

青年に頭を下げると、少し驚いたようで、

「あぁ、うん……どういたしまして……」

視線と共に投げられた言葉はとても小さなものだった。

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