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風の吹くまま  作者: 鈴和
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狐の戯言

あんたも酔狂な方だ、そのような言葉を吐いて、笑ったのは猫か狸か。あるいは同族の誰かであっただろうか。もう何百年か前の話ではあるが、そのように映るのも致し方ない。今なら素直に認めることができるのかもしれない。

本人が目の前にいないからこそなのだろうけど、なんて口元に微かな笑みを浮かべ、赤や黄色に色付く木の葉に触れることない地点を選び、山に降りる。落下の勢いを直前に緩めたにも関わらず、片足を地面につけると風と木々の揺れる音を打ち消すように着物の裾に雑に結わえられた二つの鈴の音が辺りへと響いた。

ああ、外すのを忘れていた。けれど、気にするほどのこともあるまい。実際気づかれていないのだから。季節は秋。風も冷たくなってきた頃。あのような薄い着物でこのような場所に居るなど普通ならあり得ない。事情は察していてもそう考えてしまう。視線の先には散り始めたばかりの葉に身を預け足下に横たわる少年がいる。けして星をよむためなどではない。その目は閉じている。鈴の音などなかったかのようにだ。動きがあるとすれば口からただ荒く苦しげな息を吐くくらいである。此方に気付くだけの気力など残っていないのだろう。

なあ、少年。貴方は何を望むだろう。

いつのまに羽織についていた木の葉を落としてから、少年の額に静かに手の平をあてる。その場所から慣れない熱さが伝わってきた。もともとの体温が人のそれよりも低いからなのか、温かいものに触ることがないからなのか熱い少年の額に手を当て続けるだけだというのに煩わしさすら感じる。それでも、しばらくそれを続けていると荒かった息づかいは徐々に静まって行き、やがて寝息へと変化した。

それを確かめ、少年を背負って暗くなり始めた空の方へと跳び上がる。高く高く。地上の街や建物を目印にして、入り口を抜けたところで景色は一変する。少し時代遅れの、それでいてものの豊富さや種類だけは進んでいる。人間を基準にすればそうなるだろうか。好奇心で様々な異国の文物を取り寄せてみては飽きて投げ出す。その繰り返しでできて来た小さな街。途中、すれ違った狗などに怯えたような瞳を向けられながらもその街の端の家へと少年を運び込む。少年は客人用の寝具に寝かせておいて、百味箪笥から何種類かの材料を取り出す。しばらくは寝かしておいても大丈夫だろう。

すり潰され、混ざり合った材料が独特のにおいを出し始める。その強いにおいを遮るため、肩に掛けていた紺の布を口元へとあてた。

少年を見下ろす。顔を微かに歪めているのがわかった。悪夢でも見ているのだろうか。けして幸せな人生ではなかろうが夢の中でまで苦しめなくても良いのに。なんて。らしくないことを思う。

人間の愚鈍さを話のたねに酒をのみ交わす輩には少年も周囲も愚か者でしかないのだろう。それならいまの私を見ても笑うのかもしれない。しかし、彼らと人間はさほど離れた存在ではないように見える。笑い、喜び、泣き、嘆き、それらを不規則に繰返し生きている。生きるため、犠牲を必要とする。

それは、私自身をふくめ、皆同じ事。その犠牲が血の繋がった者だったとて不思議であるものか。供物や口減らしにより命を失う者は今も零とはならぬ。人間の生活は知る限りで数百年、もしかしたら数千や数万。それだけの時間をかけた変化のおかげだろうか、時が過ぎるにつれ他の生物を捧げ、子を奉公に出すものが増えてはいる。

眺めさせられるこちらとしてはありがたいことだ。神だなどと勝手に崇められた挙句、人の死にざまを見せつけられて喜ぶ輩の気がしれない。もし、本当に神がいてそれを喜んで居るとしたら私は神というものとは仲良くできそうにはない。儀式の類をすべて否定するつもりも、戦や殺しを否定するつもりもないけれど。

「あの……」

いつの間に目を覚ましたか。

すぐに出来るだけ穏やかな雰囲気をつくって、少年の方に目を向ける。幼い顔を不安の色で染め、少年が上半身を起こしていた。灰と黒との合間の色をした瞳が部屋中を必要最小限の動きで見回し、薄紫の唇が次の言葉を選ぶ様に小さく開閉される。そのぎこちなさはどうやら私のせいではなくなれない場所と先ほどより落ち着いたとはいえ完治には程遠いであろう体調のせいらしい。まずは一安心だろうか。目つきが悪いなどを理由にされた時はかなり困ったものだから。

「すみません」

やがて、此方を見上げて子供特有の高さを伴った声で紡がれたのは謝罪の言葉。小さな声で、心の底から申し訳なさそうにそれは発される。

なんとも子供らしく無いことで。などと茶化すわけにもいかず、私は少年に向き合った。

「治療とかしてもらってもお礼出来なくて……だから、申し訳ないですけど。その……俺、帰ります」

「死ぬために、ですか?」

素早く返すと、少年は元々青白い顔を更に青くしながらもしっかりと頷いた。

ありふれた話。捨てられるのは往々にして体が弱く働けぬ者。であるからこそ、親はこの決断をする。そして、子もまた自らの死を選ぶ。

相互の同意がある死でも、気紛れなどと称して介入する私は基本的に人、いや同族にすら必要以上に関わりたがらない彼らにとってはやはり、変わり種なのかもしれない。そう思われたとて大して害は無いのだけれど。どうせ彼らのほとんどは余計な干渉はしたがらないのだから。

「勿体無いこと。死んだところで解決にはならなかろうに」

俯いている少年に静かに語りかける。子が居なくなったところで冷遇されることに代わりはないだろう。そう簡単に仕切り直せるほどこの世の中は、少なくともこの辺りは甘くはない。子を捨てた事への罪悪感と僅かに減った出費。他は無い。貧しいものは貧しいまま。ただ、路頭に迷うまでの時間稼ぎにはなったのかもしれない。




けれど、それを変えてやろうか。良い終幕が何かは一概には言えない。それでも、彼らにとってはこれがより良い選択肢。さて、どうするかい?

私にとってもほんのひと時の暇潰しくらいにはなるであろう、と完成した薬を薬包紙へとうつしながら一つ提案を口にした。

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