【第六話】決意のヒコーキ
あれから立ち上がってかなり騒いでいた二人だが、周りからの痛い視線に気づいた泉さんは顔を火照らせ、慌てて席に座った。少しはしゃぎすぎたのに気づいたのだろう。泉さんのことを初めは真面目だと思っていたが、仲良くなってからわかることってあるもんだな。
雅俊は馬鹿丸出しに一人で騒ぎ続けていた。泉さんはともかく、雅俊のことはシカトしても問題ないだろう。
恥ずかしそうに俯いていた泉さんだが、なにか思いついたみたいで僕に話しかけてきた。
「協力して欲しいのはわかったけど、どうして私なの?」
「どうしてって、泉さんって誰とでも仲良くなれるから」
僕は当然とばかりに答える。実際クラスでは男女を含めても誰よりも中心の人物だし、僕みたいな人間とでも友達になってくれた。少し過大評価かもしれないが、誰にでもできることではない。
「ちょっと……、ハードル上げないでよ。私ってそんなにすごくないよ」
泉さんが少しだけ不安そうな顔をした。しかし、顔を赤らめているところを見ると満更でもないようだ。
「大丈夫。今回は僕も頑張るって決めたから」
はじめは泉さんに協力を仰ごうとは思わなかった。自分だけでなんとかしてみたいと思った。
だけど、違ったんだ。それじゃあ駄目だ。日向さんを救うには、一人の僕じゃ駄目だ。孤独から救われた僕じゃないと彼女を孤独から救えない。
だから僕は友達に助けを求める。
泉さん。あとついでに雅俊。
最初は雅俊と日向さんの仲を取り持つという内容だったこの件だが、正直そんなことはどうでもいい。
僕には日向さんを放っておくことなんてできない。それはただの偽善なのか、同情なのか、なにが僕にそう思わせたのかなんてわからない。
でも、きっと彼女を助け出すのは僕の、僕らの役目なんだ。
もしかしたら彼女は救いなど求めてないのかもしれない。それは僕の自己満足なのかもしれない。
雅俊が言っていた。
日向さんが誰かと関わっているところを見たことがない、と。
それでも。
確かにあの時、僕の手を握ってくれたのだ。僕の目を見てくれた。僕はあの行動の真意を確かめなければならない。
「…………わかった! それなら大丈夫だね!」
僕のなんの説得力もない一言を泉さんはあっさり信じてくれた。やっぱり泉さんは優しい娘だ。僕もいつか彼女みたいな優しい人間になれるのかな。
「ありがとう。泉さん」
「もちろん! 俺も協力するぜ! ってそうじゃなくて、お前らが俺に協力するんだろ! 俺と日向さんとの間を取り持つ恋のキューピットにお前らがなるんだぞ!」
「はいはい」
少しずつ。僕の作っていた心の壁が崩壊していく。僕は忘れかけていた、大切な気持ちを思い出していく。
友達、か…………。何年振りにかに感じたこの気持ち。一度は諦めた人との関わり。しかし今思うと、僕はあの時からずっと友達という存在に執着していたのだろう。ただ作り方を忘れてしまっただけで、人間に無関心ではなかったのだ。
こんなかけがえのない存在に気づけたのも、彼女のおかげなんだよな…………。
僕は彼女と出会ったあの川でのことを思い出して、つい折り紙を始めた。
「だけど。これからどうすんだ?」
日向さんと仲良くなる作戦の立案者でもある雅俊が、協力者の僕たちになにをするか聞いてきた。なんでこの脳筋男は自分で考えるということをしないのだろう。もしかして脳味噌まで筋トレでガチガチにしてしまったのだろうか。
僕は脳筋男の代わりに思案する。
「そうだな…………、雅俊は日向さんと同じクラスなんだよね」
「おう! 七組だぜ!」
僕の問いかけになにやら自慢気に答える。いちいちドヤ顔で喋るのやめてくれないか。
ちなみに僕と泉さんは三組だ。僕らの通っている中学は東京都内にあり、中等部、高等部、大学が広い敷地に一緒につまっているマンモス校だ。しかも、中等部一学年七クラスあり、高等部になると他の中学からの入学者も含めクラスが全部で十クラスもできるらしい。
まぁそれはそれとして。雅俊と日向さんが同じクラスだったというのは運がいいな。そもそも二人が同じクラスじゃないとこの作戦自体存在しなかったんだけど。
それなら。
「とりあえず日向さんに接触してみる必要があるな。放課後にでも七組に行こうか」
「なんで? すぐ話しかけるより、趣味とか好みとか調べて話のタネを見つけたほうが…………」
「日向さんの趣味や好みを知っている人が、この学校にいればだけどね」
僕は少しキツめに言ってしまった。
「あ、そっか…………」
泉さんは日向さんのおかれている状況を思い出して、それでは駄目だと気づいたのだろう。シュンとしてしまった。
そこまでへこまないでよ! 罪悪感がっ! 心が痛い!
「そんなにへこまなくても大丈夫だよ!」
一度折り紙をやめて、僕はなんとか泉さんを励ます。
「彼女に本当に友達がいないなら、やっぱり彼女本人から気持ちを聞いてみるしかない」
こんなこと考えちゃダメだけど、雅俊が言っていることが本当なら、日向さんには趣味や好みを語り合う友達はいないはずだ。
でも、日向さんが嫌われているなんてことはないだろう。見ず知らずの僕を助けてくれるような優しい彼女が人に嫌われるなんてありえない。きっと、僕と同じで友達の作り方を忘れてしまったか、作り方がわからないのか。
僕はそんな孤独で優しい彼女を救いたい。
高校進学を控えている中学三年の僕は、本当だったら中学一年の春に考えるのであろう友達作りという名の課題に今更取り組むのだ。
僕は再び折り紙を始め、完成した紙ヒコーキを構え開け放ってある窓に向かって狙いを定める。
「とりあえず、三人で頑張ってみよう」
「…………そうだね!」
「おうよ! 俺に任せな!」
僕は大きな決意を紙ヒコーキに乗せ、飛ばした。
あの時の紙ヒコーキが、僕を救ってくれたあの人との繋がりになったように、この紙ヒコーキが孤独な彼女との繋がりになることを願って。
紙一枚で作られた頼りないヒコーキは、窓を通り、外の広い世界に風に揺られながら飛び立って行った。
「こらぁぁぁ! 窓から紙ヒコーキを飛ばしたのは誰だァ!」
「あ……」
風に導かれるままにしか飛ぶことのできない頼りないヒコーキだが。
「あ―――紙ヒコーキ」
大きな決意を乗せたそのヒコーキには、彼女の元に届こうという意思が宿っているように感じた。
パピコンです。
更新遅れてすみません! 二作同時に書くって中々辛いですねw
今回は話が大きく進みませんでしたね。起承転結でいうところの承ですね。早くなろうのシステムになれるように頑張ります。
最後に、この小説をここまで読んでくださり、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
感想評価大募集ですよー!