【第五話】繋がる僕らの絆
「はぁはぁ……なんとか着いた」
「思ったより早く着いたなー」
全力で走ったおかげか、ギリギリどころかいつもと同じくらいの時間に学校の門をくぐれた。
しかし元々早く家を出ていればよかっただけの話だ。この隣でケロッとしている筋肉馬鹿のせいで僕はもう今日一日のエネルギーを使い切ってしまいそうだ。
くそ…………。もう雅俊と登校するのはごめんだ。
「それにしてもお前、結構早いなぁ! 俺、運動得意な方だけど。まさかついてこられるとは思ってなかったぜ!」
関心したかのように腕を組む雅俊。
ついてこられるとは思ってなかった? こ、こいつ…………、僕が遅かったら一人だけ置いて学校に行くつもりだったのか。
「僕は、はぁ、運動割と、とっ、得意だから。それを言うなら雅俊だって」
全然息切れてないじゃないか! なんであんなに走って息切れひとつしないんだよ!
今日はなんか息切れてばかりだな。こんなに息切れしたのなんて、中二の体育大会以来だよ。
僕はまた息を落ち着かせようと大きく息を吸い込む。
深呼吸。深呼吸。
「新井君?」
「ぶほぉ!」
息を吸い込んでいる途中に後ろから泉さんの声が聞こえる。もうお決まりと言ってもいい展開だが、残念ながら僕には全く耐性が付いていない。
「もー、なにやってるの! フフッ。おはよ」
盛大にむせた僕を見て、泉さんはクスクスと笑う。
くそ、可愛いな。
「あはは……、おはよう。泉さん」
なにはともあれ、まさか登校中に泉さんと会えるとは。少しは雅俊に感謝しなくてはならないみたいだな。
僕が雅俊に少しだけ感謝の念を抱いていると。泉さんが雅俊の存在に気づいたみたいだ。
「あれ? 新井君! もしかしてお友達できたの?」
泉さんが自分のことのように嬉しそうに言う。
喜んでくれるのはありがたいけど、学校の前でそんなこと大声で言わないで欲しい。
ほら! 泉さんと一緒に登校してきた女の子たち笑ってるじゃん!
「あぁ! 俺は角井雅俊! 蒼太の相棒だ!」
雅俊はゴツゴツとした腕を僕の肩に回してくる。
肩を組んできた雅俊の腕を振り払おうと手を出すが、みるみるうちに雅俊の腕には力が入っていく。
「ま、雅俊! い、痛い! 力強すぎ!」
やばいやばい! なにがやばいって肩から腕にかけてすごい嫌な音が響いてる!
「おっと。悪い悪い! つい力が入っちまった! あはははは!」
雅俊はそう言って腕を離し、豪快に笑った。
「なにがおもしろい!」
人の不幸を笑うな! リアルにやばかったぞ!
「まぁまぁ。新井君落ち着いて。私は泉美春。新井君の親友です。どうか新井君をよろしくお願いします!」
ペコリ、と頭を下げる泉さん。
「ちょ、ちょっと泉さん!」
「えへへ」
泉さんは悪びれてなさそうに笑う。うっ……、やはり泉さんはどんな表情をしても可愛いな…………はっ! いかん。最近彼女の笑顔に流されてなんでも許してしまっている気がする。いくら彼女がフレンドリーで優しくて可愛いからって、ガツンと言ってやらねば。
僕だって男だ。意地を見せてやる…………。
「泉さん!」
「どうしたの?」
ニコッ。
「今日の一限ってなんだっけー!」
僕は内心自分の不甲斐なさを嘆いた。
「確か数学だったと思うよ!」
「あー、うん。ありがと」
駄目だ。相手が泉さんだとなぜか本気が出せない。
そうだ。これは僕が紳士だからだ。だから僕は人から多少からかわれても紳士の対応を…………。
「それにしても蒼太! お前友達が欲しかったのか! あはははは!」
「うっるさぁい!」
なんなんだこいつ! 僕をピンポイントでイラつかせるようなことばかり!
「と、友達が欲しいって! お前何歳だよ!」
「うるさい! 笑うな! 指を指して笑うな!」
お前にはわからんだろう!
僕は中学に入ってから人との関わりを絶ってきた。信じてる人が、愛している人が自分の側から消える。それがどんなに辛かったことか。その辛さが怖くて僕は人と関わるのをやめた。
少しでも人と関わってしまったら。
僕はすぐ人を信じてしまうから。
だから僕は…………。
「はははは! ひひひ!」
「いつまで笑ってんだよ! せっかく少しシリアスなシーンにしたのに台無しじゃないか!」
「いや、ごめんごめん! そうだな。笑うことじゃないよな―――」
そう言って真顔になる雅俊。なんだよ。こいつ、案外いいやつ、
「―――ブフッ!」
真顔だった顔が崩れた。
お前は人をイラつかせるエキスパートかっ! 少しイケメンだからってなんでもしていいと思うなよ!
くそ、こうなったら…………。
「お前がそんな態度をとるんだったらこっちにも考えがある」
僕は笑い続けている雅俊を見て、
「日向さんの件は一人でなんとかするんだな」
「すいません! もう笑いません!」
雅俊はすぐさま僕に土下座した。ふん。今までの仕返しだ。僕は土下座をしている雅俊になにをしてやろうかと考えていると…………。
「こらぁ! なにを騒いでいる!」
学校で一番恐れられている生徒指導の稲垣先生が現れた。彼はキックボクシングと合気道を趣味としており、その圧倒的な戦闘力を行使し学校内でグレかかってきた生徒に鉄拳制裁を下す、全自動破壊兵器だ。
なぜ法律がこの先生を放っておくのか少し疑問である。
しかしなんだ? ここら辺で喧嘩でも起きたのか? けどうちの学校って治安がいいって評判だし…………。とにかく厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。すぐ退散しよう。
答えがでるやいなや、僕はそそくさと退散しようとした。
「お前かぁ! 待て!」
「え?」
しかし、先生の声が徐々に近づいているのに気づいて僕は慌てて後ろを向く。
すると先生は物凄い形相で大きな手の平を僕の顔面に向けていた。
「ま、まさか僕が喧嘩をしていると思われるなんて」
あれから僕と雅俊は稲垣先生に喧嘩をしていると勘違いされ、生徒指導室に連れて行かれた。
そこで授業四時間分の地獄の説教を受けた僕は放心状態で教室に向かっていた。
しかしいくら騒いでいたとはいえ、なぜ普段学校で問題を起こしていない僕がすぐ様指導の対象になるのか最初疑問に思っていた。いくらなんでも、事情も聞かずにすぐさま僕にアイアンクローを食らわせるのはおかしい。
だが、その疑問については雅俊が答えてくれた。
「多分あれだな。俺って稲垣に目ェ付けられてるから、俺を土下座させている蒼太を見たら。これは喧嘩しかありえない! とか思ったんじゃねぇの?」
雅俊はよほど説教が嫌だったようで、不機嫌な顔をしてそう言った。
「なるほどな。ってお前!」
ま、またこいつのせいかよ……。いい加減に!
「すまん!」
「いい加減に! …………へ?」
雅俊は僕に向けて頭を下げた。土下座ではない。
あまりに見当違いな発言が雅俊からきたので、僕はアホみたいな声を上げてしまった。
「いや、なんつーか。俺のせいで、本当は説教受けることでもなかったことを…………」
雅俊は顔を上げるとバツの悪そうな顔をしてそう言った。
雅俊は。説教のせいで不機嫌だったのではなかった。僕に申し訳ないと思ってあんな顔をしていたのだ。僕は雅俊の気持ちに気づかずに怒鳴ってしまうところだったのか。
どうして僕は……。こうも駄目になったのだろう。
さっき雅俊が笑っていたのだって。
雅俊が本気で人を馬鹿にして笑うような人間には思えない。
僕はそれで一方的に雅俊を否定して…………。
それは駄目だろ。僕。
「こっちこそごめん。その、さっきから色々と言いすぎた……」
「蒼太……!」
僕は雅俊に謝った。
この時はただ申し訳ないという気持ちで謝っていたが、今思えば僕は雅俊に嫌われたくなかったから謝ったのだと思う。
そう思うほど、僕にとって雅俊は大きくなっていたのだ。
雅俊は驚いた顔で僕を見ていたが、やがて笑顔になっていき。
「あ、……相棒!」
「相棒言うな!」
気づけば僕も笑っていた。数年ぶりにできた少し乱暴な男友達は、確かに僕の思い出に保存されたのだった。
現在昼休み。
あれから雅俊と僕の教室に戻り、泉さんも一緒に机を固め昼食を食べていた。
「蒼太! その卵焼き美味そうだな! くれ!」
「断る。これは今日の楽しみの一つだ」
弁当にある卵焼きを雅俊に取られる前に平らげる。
雅俊が不満そうにブーイングを飛ばしているが無視だ。
「なんか二人共仲良くなってない?」
「気のせいだよ」
僕はなるべく冷静に、短く答える。
しかし、その答えだけで泉さんは悟ったらしく、優しい笑顔を僕に向けていた。
な、なんか恥ずかしいな…………。
「そ、そんなことより! 雅俊。日向さんの件だけど、泉さんにも協力してもらわないか?」
僕は泉さんの笑顔に緊張してしまい、無理矢理話題を作る。
「おぉ! 蒼太! お前は俺のためにそこまで……」
「雅俊のためじゃなくて日向さんのため」
嬉しそうな雅俊を冷静にシャットアウトする。
元々この件、僕は受けるつもりだった。日向さんを一人ぼっちにするのは、なんか嫌だった。
まるで他人事に思えなかった。
「協力?」
突然自分の名前がでてきてきょとんとした泉さんに僕は説明をする。
「というわけで、泉さんに協力してほしい。彼女を一人にしておけない」
一通り説明すると、泉さんはニコッとした。
だけどその笑顔はいつもとなにか違う気がした。
「蒼太、変わったね。…………いや、戻った、だよね」
「え?」
泉さんの言っていることがよくわからなかった。
戻った? 戻ったってなにが? それに今、蒼太って…………。
「…………あいわかった! その件。私も協力させてもらいます!」
泉さんはさっきの言葉を取り消すかのように元気に握りこぶしを作って頭上に上げた。
それに便乗するかのように雅俊は両腕を上げて叫ぶ。
「よっしゃあ! 日向さんとイチャイチャ作戦開始ぃ!」
「そんな作戦じゃない!」
僕はすぐさま突っ込む。
今の件は、とりあえず後回しだ。今は日向さんのことに集中しよう。
僕は二人のテンションに追いつけなくても、置いていかれないように気合のいれた一言を放った。
「…………………………が! ……がんばろぅ…………」
早くも置いていかれそうだ。
どうも。パピコンです。
このサイトに合わせているのですが、自分は一話完結が苦手なようです(笑
4000文字にまとめようとしてはいるのですが、物足りなく、結局一から書き直したり…………。公募用に今まで書いてきたので、早くこちらのやり方に慣れないといけませんね!
そんなわけで第五話。楽しんでください!