【第四話】赤い紙ヒコーキと芽生えはじめた友情
僕の目の前には川があった。
「この川は――」
間違いない。僕と泉さんが本当の意味で出会った場所だ。僕はここで初めて、本当の自分を泉さんに見せ、彼女もそれに答えてくれた。
僕は土手にある道路に立っていた。土手を下り川の方へ向かおうとするが、
ピーポーピーポー、と聞き覚えのある音が聞こえてきた。
「これは……、救急車のサイレンか?」
僕は慌てて音がした方向を見る。
すると僕がいる場所の20mほど先に二台の車があった。救急車とトラックだ。
交通事故だろうか。何人かの野次馬もいるようだ。僕も何事かと思い、野次馬の一員となりに事故現場に向かう。
まだ人が少ないから、僕は事故現場を見ることができた。
そこには子供が三人いた。
一人は担架で運ばれている。顔は上手く見えなかったので性別はわからない。
もう一人の子供は担架で運ばれている子供を追いかけようとしているが、救急隊に止められているように見える。その子は泣いていた。目元にたくさんの涙を溢れさせ、頬をたくさん濡らし、救急隊の人を振りほどこうと必死だ。野球帽をかぶっている。服も男の子っぽい服を着ているので恐らく男の子だろう。
何かを言っているみたいだが僕の耳まで届かない。
最後にもう一人。黒い髪を肩まで伸ばしている。きっと女の子であろう少女は、担架で運ばれていく子をじっと目で追いかけているように見える、が。
その目には今の惨状のことも、運ばれている子のことも、なにも見えていない。その瞳になにも写っていないと錯覚してしまうほど、光のともっていない悲しい瞳をしていた。
この光景。なにか懐かしい気がする。しかし、わからない…………。
僕にはこの懐かしさのことも、この悲劇の子供達のことも、なにもわからない。
僕は担架で運ばれていく子供をずっと見ていた。見ていることしかできなかった。子供は救急隊の人たちの手で救急車の中へと運ばれていく。担架が救急車の中へと運び込まれ、ドアが閉まるその瞬間、僕はあるものを見た。
「あれは………、ストラップ?」
担架で運ばれていく少年の手には、ぬいぐるみの可愛いネコストラップが握られていた。
ストラップには事故の悲劇さを強調するかのように赤い染みが付いている。
「くっ……」
僕は突然の嗚咽感に襲われた。
なぜだろう。なぜ僕にはこの光景が自分のことかのように悲しく映るのだろう。
涙で滲んでしまった視界をクリアにするため、涙を腕でゴシゴシ拭いてストラップをもう一度確認する。
しかし、救急車は既にすごいスピードを出して事故現場から去って行った。
僕の視界に二人の子供が映る。
泣きながら何度も地面を拳で殴っている帽子を被った少年とただ呆然と立っている綺麗な黒い髪の少女。
他の野次馬は見えていなかった。ただ、二人の子供が僕の視界に映る。
僕は、しばらく二人を見つめていたが。流石にこのままにしておくわけにもいかないと思い、二人の子供に話しかけようとした。
「…………は、は?」
しかし、僕は唖然としていた。
なぜ今まで気付かなかったのだろうか。
なぜ今まで気付かない振りをしていたのだろう。
こんなに、決定的で、運命的で、劇的な。
救急車に運ばれた子供のものであろう血が飛び散っている悲惨な事故現場には。
たくさんの『赤い紙ヒコーキ』が無残に散らばっていた。
「うわぁ!」
ベッドが軋むほど勢いよく起き上がった僕。
百メートル走を全力で走った後のような激しい息切れ。なんどもなんども呼吸をしていると息切れはなんとか収まってきた。
寝る前に着たシャツは水を頭からかぶったのかと思ってしまうほど汗ビッショリで、冷たかった。
「ゆ、め……」
はぁ! 僕は大きく溜息をついてベッドに倒れこむ。
また、この夢か。これで二度目だ。
実は、僕はこの夢を一度見ていた。
確か、泉さんと友達になった日の夜だ。しかし、あの時にみたこの夢にはあの『赤い紙ヒコーキ』は出てこなかったしネコのストラップもみつけられなかった。
「クソ! なんなんだよぉ!」
僕は意味のわからない無駄にリアルでリアルじゃないと願いたいあの夢をみると無性にイライラするのだ。
なぜ。あの時僕はなにもできなかったのか。
夢の中なんだからもう少し気張れよ僕! なんであの子達に声をかけてあげられなかったんだよ!
僕の根性無し! チキン!
僕は行き場のない怒りを晴らすために汗ビッショリな服を脱いで地面に叩きつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――――」
再び荒くなった呼吸と僕の心をなんとか落ち着かせる。
「――――シャワー浴びるか」
あれからシャワーを浴びているうちに外は明るくなっていき、学校に行くまでに二度寝ができないとふんだ僕は、学校に行く準備をしていた。
それにしても。あの夢は一体なんだ。夢にしては余りにリアル過ぎたし、あの懐かしい感じ…………。
「でも、僕はあんな出来事知らない。僕が関係しているのならば忘れるはずがない」
これでも記憶力はいい方だ。この間の歴史の小テストも満点を獲得した。
じゃあ、本当にただの夢?
僕にはそんなに簡単なことのように思えない。
しかし考えてたって仕方ない。さっさと学校の準備を済ませて、
「うぉぉい! 相棒―!」
「な、なんだぁ!」
突然大きな声がしたかと思うと僕の部屋の扉が叩かれる。
近所迷惑だ! ここはアパートなんだからそんなことしたら他の部屋の人たちから嫌な視線を向けられるだろうが! あぁ壊れる! ドアが!
「今開ける! 開けるからもうドアを叩かないで!」
僕は叩かれ続けてるドアを心配しつつ、ドアを開けて声の主と対面する。
そこには髪を金色に染めており、オールバックにしている筋肉質で長身な男が立っていた。
彼は角井雅俊。昨日、僕と日向さんの関係を問い詰めてきた挙句いきなり土下座してきた、少しおかしい同級生。
「よう! おはよう!」
角井はなんの悪気もないような笑顔で僕に挨拶する。
「はいはい、おはよう……、じゃなくて! なんでここにいる!」
「え、いやだって。相棒と一緒に学校行きたくて……」
「そうじゃねぇよ! なんで僕の住んでいるアパートの場所と部屋を知ってるのかって聞いている!」
「ああ。それなら簡単だ。昨日下校している相棒の後を付けた」
あぁ、それは確かに簡単だな…………。
「って簡単とかそういう話じゃなく! …………キリがなさそうだからいいや。で、僕と一緒に学校行きたいって話だっけ?」
「ああ!」
くそ。なんだこの笑顔。心の底からイライラしてくるぞ。
しかしまぁ僕が反抗したところで、この筋肉男に何されるかわかったもんじゃないからなにも言わない。
「そうか。でも本当の目的は、僕が昨日断った日向さんとの仲を取り持ってほしいって件のことでしょ」
「よ、よくわかったな! お前―――まさか天才かっ」
初めて天才呼ばわりされたけど、こんなアホみたいな奴に天才扱いされると本気でイライラしてくるのでやめてほしい。
「その件なら断ったはずだけど」
「そこをなんとかっ! 日向さんがあんなに話してるのを見るの、初めてなんだ! もうお前しかいないだよ!」
……やっぱり日向さん。普段誰とも話してないんだ。正直角井のことはどうでもいいけど。日向さんのことについては少し気になるな。
もし、泉さんが僕にしてくれたみたいに僕が日向さんにできるのなら。僕が救われたみたいに、日向さんを救うことができるのなら。
僕は……。
「僕は………………あっ! 学校!」
「なっ、やべぇ! もうそんな時間かよ!」
角井も時間に気づいたようで慌てた素振りを見せる。
「お前がモタモタしてるから!」
「角井が朝から家に押しかけてくるからだろ! あぁもう! 急ごう!」
僕は学ランを羽織り、慌ててカバンを持って扉を開ける。
「そうだな! あと相棒! 俺の事はブラザー、もしくは雅俊って呼んでくれ!」
「じゃあ雅俊! 僕のことは蒼太って呼んでいいよ!」
走りながら雅俊が驚いた顔で僕を見る。
「なにっ! 名前で呼んでいいのか!」
「はぁ、はぁ! 相棒って呼ばれるのが恥ずかしいからだよ!」
「そんな照れなくても…………」
「さっきからなんなんだお前は!」
そんなこんなで忙しい朝だった。
第四話完成です!
すいません…………。文字数の関係で女の子を登場させる場面まで行きませんでした。
すぐ五話を上げて可愛いヒロイン達を登場させます!
さて、今回は物語が新しい展開を迎えました。はたしてこの夢の正体とはいかに!
そんなこんなでここまで読んでくださっている読者の皆様。心よりお礼を申し上げます!
そして、これからも見守ってくれると嬉しいです!
感想や評価待ってます!
誤字脱字の報告も……(笑)