【6月号】【2章 "こころ"溢れる豊かな生活についての事情】
【恋愛アンロック! 作;恋愛坂胡桃】
【2章 "こころ"溢れる豊かな生活についての事情】
「やってくれたねぇ、山田心桜君。それは重要な違反行為だよ」
――――――忘れ物に気付いて僕、宮藤悠馬は、口から血を流しているクラスメイトの山田心桜を目撃した。そしてその後、僕と心桜はガタイの良い黒いサングラスをかけた謎の黒服集団に学園長室に連れて行かれた。そしてそこには呆れた顔の、溜め息顔の学園長が居ました。
「学園創立以来の失態だよ、心桜君。君は優秀だと思っていたのに……。はぁ、私の監督責任が問われるじゃないか。どうしてくれるんだい?」
と、十三槍学園学園長、箒星打水学園長は山田を攻めるようにそう言った。毛先がくるりと纏まった透き通るような銀色の髪と鋭利な刃物のようなクールな瞳を持った、所謂出来る美人と言う印象が強かったはずの箒星学園長の姿は今はどこにもなく、ただただ落胆の溜め息を吐く女性の姿しか無かった。
「こう言う時のために、色々と抜け道や事前準備などが制定されているのにも関わらず、君がやった事で水の泡だよ。少しは周りの迷惑とかも考えてくれたまえ」
「……はい、すいません」
と、攻めるように言う箒星学園長の前でずっとうつむいたままの山田。何度も頭を下げる山田の姿を見つつ、僕は学園長の方を見る。
「え、えっと……学園長……」
「……ん? あぁ、そうだった。心桜君ばかりを気にしまくっていたせいか、君の事を抜けていた。すまないね。
えっと、宮藤悠馬君、だっけ? 君には事情を説明すべきだよね」
そりゃあそうである。山田が案外眼鏡をかけていない方が可愛らしいと言うのは結構重要な事だとは思ったが、今はそれよりも驚いている事がある。山田が口から血を流していた事だ。いや、近くに首から血を流している少女が居たし、どちらかと言うとあれは……。
「吸血鬼、と思ったんだよね。君は」
「へっ? え、えっと……その……はい……」
僕はそう答えた。あの行動は物語における人の血をすする夜の王、吸血鬼にしか見えなかった。でも、吸血鬼と言えば日光なり十字架なり、それからニンニクと言った色々な弱点がある事でも有名である。けれども山田は普通に朝から学校に来てるし、十字架なんか探せばいっぱいあると思うがそれで倒れたなんて聞いた事がないし、何か……
「でも……吸血鬼……でも無いかなぁ……って。日光とか大丈夫ですし、山田」
「まぁ、そうなるよね。心桜君は君と同じ昼間部の生徒だしね。それが実は吸血鬼でした、って言われても素直には受け入れられないよね」
アハハ、と笑う学園長。
「まぁ、一言でまとめるとだね。山田心桜君は、隔世遺伝なんだよ」
「かくせい……いでん?」
「生物を習った事があれば分かる単語だけど、ちょっと宮藤君には速すぎたね。分かりやすく言えば、祖先の形質が今になって現れるという……所謂先祖返りさ。
先祖返りとは、例えば祖母の母親の髪だけがブロンズ色で、その形質が今になって現れるような物さ。ここまでは理解できたね?」
コクコクと頷く僕。それを見て学園長は「あとは任せたよ」と言って、山田のほうを見る。山田はうっと小さく呻くと、ぼそぼそっとした声で話し始めた。
「……私の家、祖先に吸血鬼が居たらしいんです。"らしい"って言うのは、私のような、血を吸いたがる吸血鬼みたいな子が私以外、居なかったからと言うのが理由なんですが。ともかく、私の身体には吸血鬼の、血を吸いたがる吸血衝動が受け継がれているんです」
「とまぁ、そう言った子供達をうちの学園では因子保持者と呼んで優先的に入学させている。うちの夜間部には多くの因子保持者が居るよ。そう言った子達は心桜君みたいに、夜に強い形質が多いから夜間部が多くなってしまうんだがね」
「全く……困ったものだよ」と言う学園長。今、さらっと重要な事を言われた気が……。
「さて、宮藤君。ここからが本題だ。本来、秘密を知った生徒は気絶させて記憶違いを装わせるのが通例だけど、それも間に合わなかったからね。
と言う事で、宮藤君。君には今から彼女と、部活動をしてもらうよ」
と何とも嬉しそうな顔で、学園長はそう言うのであった。
☆
「ご、ごめんね……宮藤君。私のせいでこんな目に巻き込んじゃって……」
「いや、山田のせいじゃないって。本当」
その後、僕と山田は学園長室から返されて、夕焼け空の下の廊下を歩いていた。あの後、学園長からは部活動をするよう強制勧告を受けた。
『一般人には知られてはいけないと言う校則が昔、作られたらしいけど、それを破ったのが先代の学園長だよ。先代の学園長は、この校則を"関係者なら大丈夫"と言って、一般生徒にばれた時は部活を作って一緒にさせる事を提案したんだ。これによって、前までならば君の記憶を消すために色々と尋問……いや、ちょっとしたお話をするんだけれども、これのおかげで良くなったんだ。いやー、本当に良かったね、宮藤君。じゃあ、君と心桜君は今日から同じ部活――――――そうだね、交流部として活動してくれたまえ。
うん、解決♪ 解決♪ 後、これを受け入れなかった場合、どうなるか分かってるよね?』
そんな事を言いがら、机の中から取り出した鞭をバシンバシンと叩く学園長に、どう反論出来るだろうか? いや、出来ない。
と言う訳で、僕と山田は明日から強制的に、何をするかも決められていない交流部なる部活動をしなければならないのである。
「う、ううん。私が……ちょっと油断して、あそこで女の子を襲っちゃったのが原因だもの。あれさえしなければ、宮藤君にご迷惑を……」
「だから良いって、もう。もう済んだ事だろう」
「う、うん……。でも、ごめんね、宮藤君」
本当にごめんね、と言い、頭を下げる山田。その山田に、僕は視線を合わせなかった。
だって、今までは地味目な眼鏡をかけているちょっと地味な娘と言う印象しかなかったのに、眼鏡をとった今では透き通るような瞳もすっと通った鼻も、後ちょっと大きめで目に毒な胸も、その全てが魅力的なのだから。
(く、くそっ! なんで今までこんな可愛い子が横に居たとか気づかなかったんだよ! 僕のバカ、バカ!)
「ど、どうしたの、宮藤君? 大丈夫?」
僕が自分の事を叱るような気持ちで頭を殴っていると、山田が大丈夫と言いながら僕の方に来る。う、うわぁ、そんな柔らかくて良い匂いがして、なおかつ魅力的な胸を無防備に押し付けないで欲しい! 限界だから! 色々と!
「だ、大丈夫だよ……。う、うん」
「そ、そう。よ、良かったぁ」
ホッと一息を吐く彼女を見てなんだか罪悪感を覚える僕。こんなにも心配してくれている、優しい子にこれ以上迷惑はかけられないと。
「ま、まぁ、明日から部活動だけど……とりあえず、頑張ろうぜ、山田! じゃあ、な!」
「あっ、宮藤君!」
僕はそう言って、彼女から逃げるようにして廊下を走る。これ以上、ここに居られないと思ったからである。あれ以上居ると、なんだかとっても落ち着かない気持ちになる。僕はそうやって走ってたが、ふと思い出した事があって後ろを振り向く。そして山田に聞こえるように大きな声で言うのであった。
「やーまーだ! お前、そっちの眼鏡してないほうが良いぞー!」
「////////////」
その言葉に、彼女は夕焼け空の下でも、そしてここからでも分かるくらい頬を真っ赤に染める。その仕草に、さらにキュンとなりつつ、学園長が僕に言った言葉を想い出していた。
『山田君、君には彼女と恋をして貰いたい。それが君の役割なのだから』
「……役割ってどう言う意味なんだろう」
答えが分からない問いを、僕は思い続けるのであった。
【次回へ続く】




