【5月号】【恋愛アンロック! 1章 山田心桜について知る些細な事】
【恋愛アンロック! 作;恋愛坂胡桃】
【1章 山田心桜について知る些細な事】
むかしむかし、河内の国に一組の大金持ちが住んでいました。その大金持ちが唯一願った物、それは自分達の愛を与える子供でした。
産まれた姫は美しい姫でしたが、病気で死んでしまった母親によって頭に鉢を被せられてしまった鉢かづき姫。その鉢は取る事が出来ず、新しく出来た継母によって家を追放させてしまいました。様々な虐めに遭いながらも、山陰の中将と言う人と家来を連れてそこを通りかかりました。鉢かづき姫は親切な中将に誘われて、風呂焚き係になりました。
その親切な中将さんには、4人の息子が居ました。上の3人は結婚していましたが、一番下の若君にはお嫁さんが居ませんでした。心の優しい若君は健気に働く鉢かづき姫に恋をし、父である中将に鉢かづき姫との結婚を許してくれるよう頼みました。中将は鉢を被った風呂焚き女との結婚を認める事をせず、上の3人の息子の姫と嫁比べをする事を提案しました。
鉢かづき姫は鉢を被った自分なんかが若君のお嫁さんになれるはずがないと泣き、嫁合わせの前日の夜、長谷寺の方に向かって拝み、観音様に頼みました。
「明日、嫁合わせがあります。観音様、あの方が私のせいで酷い事を言われるのは心が痛みます。どうか彼が悪く言われないように、この鉢を取っては下さいませんか?」
その言葉が観音様に伝わったのか。今まで取れなかった鉢が外れ、美しい姫の顔が現れ、中将に結婚を許して貰え、さらに鉢の中にあった金銀財宝でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
――――――昔話、鉢かづき姫参照。
☆
山田心桜と言う女生徒について、同じ高校に通う僕、宮藤悠馬が知る事はさして多くはない。
1つ、この十三槍学園の生徒であると言う事。
1つ、いつも牛乳瓶の底のようなぶ厚い眼鏡をかけている読書好きの文学少女であると言う事。
1つ、勉強は好きみたいだが、運動には興味が持てずにいつも欠席している事。
そして僕の隣の席に座っている事。
今でこそ正直に言ってしまえるが、当時の僕は彼女に対してあまり印象を持っていなかった。あくまでもクラスに一人は居るような、本が好きなちょっと地味目の少女と言う印象しか無かった。
―――――――そうあの日までは。
☆
その日、僕は幼馴染の佐久田久助と共に家への帰路を向かっていた。佐久田久助、彼は僕の幼稚園からの友達で、まるで蛇のように強かな瞳を持った奴だが友達想いの良い奴である。
「今日も終わるな、久助。どうだ、学校は楽しいか?」
「お前は俺のオカンか何かか? ……まぁ、ほどほどには楽しいか」
と久助は、そう僕の言葉に返事を返した。「ただ……」と一言付け加える久助。
「少し刺激が足りないのが問題だな。まぁ、今に始まった事ではないが」
と彼はそう言葉を付け加えるようにしていった。まぁ、今に始まった事ではないが。
久助は昔から刺激に憧れていた。無駄に高い木への木登りや灯り一つない洞窟への冒険には何度つき合わされた事か。挙句の果てには、崖から飛び降りて死にそうな目にあってようやく言った言葉が「あぁ……生きてるって感じがする」だもんな。
まぁ、その気持ちは多少なら分からなくもない。
平和な日常。変わらない毎日。そんな日々に、ほんのちょっとだけ刺激を求める事は決して悪い事ではないはずなのだから。
「まぁ、そんな事よりも今はお前の補習……」
っと、刺激に明け暮れるあまり学校への無断欠席や無断遅刻などが多い友人のために専用のノートを用意した僕が、彼に渡そうとノートを鞄の中を探すが。
「な、ない!」
そのノートは無かった。可笑しい、確かに鞄にノートを入れて、逃げようとする久助の所に走ったはずなのだが……。
「きっと、学校にあるんじゃないか? 今ならばまだ学校に何人か残っている人が居ると思うし、入れるんじゃないか?」
「そ、そうだよな。よし、久助。取って来るからお前は先に帰ってろ」
「はいはい。刺激的な勉強をちゃんとしておきますよ」
そんな軽口を叩く久助の姿を後にして僕は自分の通っている十三槍学園へと来た道を戻っていた。
十三槍学園。高校にしては珍しい定時制、しかも夜の部こそ本番と言っても良いこの学園は多くの異形の生徒が通っている、との久助が噂で言っていた。要するに人間ではない別の生き物が人間の振りをして通っているのだそうだ。
(まぁ、そんな事あるはずないけど)
入学式の時、僕達が通う昼間部の生徒と夜間部の生徒が一堂に揃った日があったが、その日に居た夜間部の生徒も久助が言うような異形の生物には見えなかった。まぁ、人間離れした美しさを持った生徒が数多く居て、男子生徒や女子生徒の何人かが心奪われていたのは事実だが……。
「っと、ここか……」
早い所ノートを回収して帰らないと夜間部の生徒と混ざってしまう。だからこそ急ごうと思い、僕は扉をノックせずに教室の扉を開けてしまっていた。
今でも思う。もしこの時、ノックをして開ければ、僕は刺激的な非日常の世界に足を踏み入れる事も無かったのかも知れない。けれども僕はその時、そんな事など全く知らなかったのである。
扉を開けたその先、教室に居たのは、魅惑的な女生徒だった。制服の下から見える白い肌と大きなおっぱい、周囲の人を誘惑するかのようなフェロモンを常に垂れ流しにしているような様。誰をも魅了するようなそんな、圧倒的な存在感を持つ美少女。その口からは赤い血を垂れ流していた。
その美少女は首から血を垂れ流している見た事がないような美しい少女を、抱え込んでいた。
そして赤い血を垂れ流している美少女の側には、見た事のあるような牛乳瓶のような眼鏡があった。その女の子は、聞き覚えのあるような声で僕に話しかけて来た。
「えっ……な、なんで宮藤君?」
「その眼鏡とその声。……もしや、や、やや、山田?」
山田の美しく光る、いつもは眼鏡に隠れて見えない紅の瞳がじっと僕を見つめていた。
それがこの僕、宮藤悠馬が本当の意味で山田心桜と出会った日の事だった。
【次回へ続く】




