【創刊号】【【読み切り】ナイト・アイドル】
【【読み切り】ナイト・アイドル 作;黒口穂波】
まだ神も仏も神話として語り継がれる前のお話。人の欲や恨みの結晶体である《鬼》と呼ばれる者達によって、世界は覆い尽くされようとしていた。誰もが諦め、絶望しきった時。その《鬼》共を退治する者達が現れる。
清き乙女が口にする祝詞と舞いによって《鬼》は弱り、その弱った《鬼》を強靭な肉体を持つ強き男が手に持つ刀によって斬り伏せた。その清き乙女は《巫女》と呼ばれ、強き男は《侍》と呼ばれた。
そして時は流れ、神も仏も消え去るくらい遥か未来の現代。
――――――――――――《巫女》は《アイドル》、《侍》は《ナイト》と名を変えつつも、《鬼》を倒す使命を遂行していた。
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国立鬼斬学園は、《鬼》を倒すための《アイドル》と《ナイト》を育てる学園である。《鬼》とは人の欲や恨みと言った負の感情から生まれる怪物であり、好物は人の肉体と言う恐ろしい化け物である。この化け物は祝詞や舞い――――――――今で言う所の歌や踊りに弱い。とは言っても、歌や踊りでは弱体化するだけなので、刀とかの武器によって斬り殺さないと行けないのだけれども。
この学園では《アイドル科》の生徒と《ナイト科》の生徒がペアとなって、お互いにお互いの力を高めつつ、《鬼》を倒すために切磋琢磨するのだが……そんな学園側の思惑とは裏腹に3年間の学園生活の中でペアを組んだまま卒業出来る生徒と言うのは全体の1割にも満たない。
どうしてそんな事になっているのか。それは《アイドル科》の生徒のほとんどが女子であり、《ナイト科》の生徒のほとんどが男子なのが原因だろう。年頃の男女と言うのは、数学の方程式ほど簡単に割り切れる物ではなく、たいていは先生が決めたペアで過ごして、何らかの形で仲違いするのがほとんどであった。続いたペアが現れたと思っても、それは数少ない同性のペアだったりと、《アイドル科》と《ナイト科》の生徒は、必要な時だけペアを組んでいるみたいな印象が出来てしまっていた。
《ナイト科》の生徒である僕、朝日野夕も中々ペアを決められない生徒の1人だった。とは言っても、他の生徒よりも僕はちょっと特殊な体質を持ってしまっているので、さらに厄介な事情を抱えているのだが。
感情受信体質。僕は人の感情を受信してしまう。勿論、自分に向けられた感情だけなのだが。多数の、強い感情を向けられてしまうと、僕の身体は激しい痛みを伴い、動きが緩慢になってしまう。それはどうしても他の生徒よりも劣る要因の1つになってしまっているだろう。
「それは《ナイト科》として、致命的な弱点だな。《アイドル》と協力するにしてもそれなりに強い感情を交わさないといけないし、《アイドル》とペアになるとそれだけ強力な妬みを受ける事には違いない。だから、君はこれ以上の存在になるのは難しそうだね」
と、《ナイト科》の講師である石山先生はそう言う。僕の体質上、《アイドル科》の生徒とペアになる事は出来そうにないと言う事だそうだです。自分もそう思っているから、このような書類を貰う事について、先生に聞きに来たんですが。
「なんでそんな僕が、《アイドル科》の生徒とペアを組まないといけないんですか?」
そう聞くと、先生はこう言う。
「分かるだろ? ――――――――そう言っても、特別視は出来ないと言う事だよ」
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《ナイト科》の生徒である以上、《鬼》と戦うために《アイドル科》の生徒の歌や踊りによる援護は大切である。だから、時々《ナイト科》の生徒と《アイドル科》の生徒はペアを組んで、結束を深めて置けとの事だそうです。
「……え、えっと……《アイドル科》1年の亀有愛梨って言います。よ、よろしくなのです」
「《ナイト科》1年の朝比奈有です。とりあえず、2週間の間、ペアとしてよろしく」
と、僕は眼の前の扉にそう言う。そう、扉。僕のペアとなった亀有愛梨と言う名の人物を、僕はまだ見た事が無い。まぁ、《ナイト科》と《アイドル科》はクラスも別だし、そんなに会う機会も多くないのだが……《アイドル科》と言うのは目立つ。
美男美女揃いで、歌や踊りで人を惹きつける魅力の持ち主ばかりである。最も、そう言った人に訴えかけるアイドル性の強い者ほど、《鬼》に対して有効的な手段を持つ事が出来るのだけれども。
「とりあえず、一度顔合わせをしませんかね、愛梨さん。このまま2週間が過ぎてしまうと、一度も顔合わせをせずに過ごしたペアとして噂となって、困るのですが」
勿論、そう言った意味で感情を向けられるのが自分にとって嫌なだけなのだが。
「……」
納得してくれたのか。それとも諦めてくれたのか。扉を開けて現れたのは、どこか地味目の雰囲気がする美少女だった。
艶やかな黒髪、自信なさげな垂れ目。小柄で、日本人形のような少女であり、その少女はこちらをおずおずと、ビクつきながら見ている。着ている服も体型を出さないようにするためか、体型を誤魔化すような少し大きめのワンピースを着ている。
「……こ、これで、噂になったりしませんよ、ね? 顔合わせはしたんですから」
そう言って、扉の後ろに身体を隠す愛梨さん。そうですねと言う気持ちを胸に、僕は彼女とペアを組んでいた。
そして1週間。彼女と付き合って分かった事だが、彼女は基本的に遅い。ワンテンポ遅れているというか、意図して遅らせているのか、どちらもなのか。それは分からないけれども、遅い。
登校する際は出来る限り家に居て、遅刻ギリギリで教室へと入って行く。歌や踊りの練習も、どことなく動きがぎこちない。昼食だって食べるのが遅いし、ともかくどん臭いというイメージが僕の中で構築されていた。
「……ご、ごめんなさい。いつも、待たせてしまって」
「いや、気にしてない。僕だって遅い時は遅いし」
僕が遅くなる理由は、100%《アイドル科》の生徒である彼女とのペアを妬んで、強い妬みの感情から身体が痛くなるのだが。今日もそれで遅れたし。
「と言うか、もっと自信をもってやれば良いんじゃないの? そうすれば、今よりかはマシになるかも知れないし」
彼女が遅いのは、たぶん遠慮がちな弱弱しい性格のせいだ。人に遠慮したり、怯えたりしているからこそ、どこか動きが遅いのだ。だからこそ、自信をつければもう少し良くなるんじゃないか? そう思って僕は提案したのだが……。
「……ダ、ダメ」
と物凄い弱弱しい声でそう言われてしまった。顔には涙が溜まっており、今にも流れ落ちそうだ。
「……同じ科の人にね、言われたの。『あなたのような人を惹きつける魅力もない人間が、《アイドル科》に居るだけで迷惑なの。同じ風にみられるだけでも嫌なの』って。それを聞いた私は……そうだなって思ったの。親の勧めのまま、入ったは良いものも、向いていないのは分かっていたから。
結局ね。私は、《アイドル》に向いていないの」
その言葉は、《ナイト》に向いていないと言われた僕と同じように聞こえて、僕は何も言い返す事が出来なかった。
――――――――――――――――――
亀有愛梨さんとのペアの最終日。本日は別の《アイドル》と一緒にデュエットによるコンサートだそうだ。《鬼》には下級種、中級種、上級種、親玉種と4つの種があり、種が上へと上がれば上がるほど、力も強大になる。強大な力を持つ種を弱体化させるのには、1人だけの歌と踊りではさして効果はない。だからこそ、デュエットとかで何人かの《アイドル》の歌と踊りで弱体化させる。今回はその練習、のような物である。
「《アイドル科》1年、鷹山アイギスよ」
ステージの上にて、今回愛梨さんとペアを組む《アイドル》、鷹山アイギスさんが愛梨さんの方に手を出して来た。愛梨さんもおずおずと、手を取る。
意志の強そうな赤い瞳、月明かりに映えそうな銀色の髪。男性に気に入られるために神にデザインされたかのようなわがままナイスバディの、長身の美女。そんな彼女は手を離して、愛梨さんを睨み付ける。
「一応、授業の一環だから、デュエットするのはやぶさかではないけれども、あまり迷惑をかけないでほしいわね。あなたは後ろでテンポを取るためのメトロノーム代わりでもやっていれば良いのよ」
そう言って、愛梨さんにそうけん制した後、僕の方を見て一瞬目を光らせてにらんだ後、興味がないとでも言いたげに観客席側を見る。愛梨さんも準備をするためにマイクの調整とかをやっていく。ちなみに愛梨さんもアイギスさんもどちらもステージ衣装を着ている。僕としてはそんなに短い衣装を着て恥ずかしくないのかと2人に言いたいが、それを言ったら愛梨さんは恥ずかしさのあまり部屋にこもるだろうし、アイギスさんは強い怒りの感情を向けて僕は痛みを受けるだろう。だから、僕は何も言えなかった。
ステージから離れた僕は、先に観客席に座っていた男子生徒、《ナイト科》の生徒から離れて座った。恐らく彼はアイギスさんのペアなのだろう。わざわざ離れて座ったのにも関わらず、その男子生徒はわざわざ僕の近くまで来て、
「騎士の恥さらし」
とだけ言ってまた元の席に戻った。確かに僕は《ナイト》として、体質的な面で問題はある。だけれども、それをわざわざ告げに行く必要があるのか? そんな事を考えていると、愛梨さんとアイギスさんのショーが始まる。
アイギスさんの歌声は綺麗で心に響き、そしてそれに追従するような形で弱弱しい愛梨さんの声が聞こえて来る。踊りも同じでアイギスさんは大きく、愛梨さんは弱く踊っている。それを見て、さっき僕にわざわざ忠告してきた男子生徒がニヤリと微笑む。
(《ナイト》の恥さらしにお似合いの《アイドル》とでも言いたいのだろうか?)
僕は気にしないが、愛梨さんはこれでも頑張っていると思う。少なくとも逃げない分、立派で、微笑ましい光景だと言うのに……。
《グォォォォォォォォ!》
そんな事を考えながら歌を聞いていると、いきなり気味悪い、おぞましい声が聞こえて来た。僕達はその声のする方向を見て、絶句した。
泥のようなおぞましい身体。身体から吹きだしている紫色の煙。そして頭にある大きな禍々しい角。人の負の感情の集合体、《鬼》である。
(こんな近くに……! しかもあの大きさからして、下級種じゃない! 中級種だ!)
下級種は《アイドル》の協力も無くても倒せる比較的弱い《鬼》だが、中級種以上になると《アイドル》の協力が必要不可欠になって来る。少なくとも僕の実力ではそうだ。
(けど、その《アイドル》はっと……)
愛梨さんは震えつつ、座り込んでおり、アイギスさんも腰を抜かして倒れている。とてもじゃないが、歌える状況ではなさそうだ。
「しょうがない……。おい、そこの……」
男子生徒を呼ぼうとして、それが無意味である事に気付いた。既に男子生徒は逃げ出していたからだ。
「全く……。《ナイト》に向いていないのは、どっちだ、よ!」
僕はそう言って、腰から剣を取り出して、中級種を斬りつける。あまり効いてなさそうだが、注意を向けるくらいならばこれで十分だ。
《グルゥゥゥゥゥゥ》
「さぁ、アイギスさん! 愛梨さん! 2人とも逃げろ!」
僕がそう叫ぶが、2人ともまだ放心状態なのか、動かない。それを見た《鬼》は、2人に狙いを定め、スライムのようなその身体を、伸ばして発射する。
「「……!」」
「危ない!」
僕はそう言って、ステージの上に跳んでそのまま自分の身体を使って、ガードする。身体を伝わって来る激しい痛みと、身体の中から来る激しい苦しみ。
「ど、どうしたのよ! 《ナイト科》の生徒が、たった1発の攻撃で苦しそうにしているだなんて……」
「アハハ……。自分、こう言う強い負の感情を受けると、駄目なんです。そう言う体質なんですよ」
強い感情を受けると痛みを起こすこの僕の体質。じゃあ、強い負の塊である鬼の攻撃も、僕にとっては強い感情を向けられたのと同じなのだ。
「《鬼》の攻撃には、強い負の感情が凝縮されてますからね。直接的なダメージより、体質のダメージの方が大きいんですよ」
「そ、それって……」
「そうだよ、愛梨さん。僕は《ナイト》に向いていない」
強い負の塊である《鬼》と立ち向かうのに、攻撃を受けたら常人以上に食らう僕なんて、欠陥品の何者でもない。《ナイト》に向いていないのだ、僕は。
「愛梨さん。君は言ってたよね。『あなたのような人を惹きつける魅力もない人間が、《アイドル科》に居るだけで迷惑なの。同じ風にみられるだけでも嫌なの』、それがトラウマだって。
トラウマならまだ良いじゃないか。こっちは体質的に無理だから、克服のしようがない」
「け、けど私は……駄目なんです! 今でもその人の言葉が、アイギスさんの言葉が耳を離れなくて!」
僕にそう強い感情をぶつける愛梨さん。と言うか、この子のトラウマってアイギスさん、あなたのせいですか。
「《アイドル》なんて向いてない! それは分かってるの! でも、止めたくないの! 昔から憧れていたの! だから……!」
「じゃあ、諦めなければ良いじゃないか」
と、僕はそう愛梨さんの肩を掴む。「えっ……?」っときょとんとした顔でこちらを見る愛梨さん。
「例え向いていなくても、才能が無くても、欠点があったって、やり続けていれば、逃げずにさえいれば夢は叶う。僕はそう信じてるんだ。だって、僕だって《ナイト》をやりたいしね!」
僕はそう言って、《鬼》と向かい合う。
――――――――――――――――――――
『例え向いていなくても、才能が無くても、欠点があったって、やり続けていれば、逃げずにさえいれば夢は叶う。僕はそう信じてるんだ』
そう、彼は、《ナイト》に向かない体質を持ち合わせている彼はそう言ってた。《アイドル》に向いていない私と彼の境遇は似ているかもしれない。けれども、彼は―――――――今も《鬼》と戦っている。
「わ、私も……」
そう、彼のように私も何かしたい。そう思って、私は腰が抜けて座り込んでいるアイギスさんを見る。私の事を要らない子扱いしたハーフの女性、アイギスさん。彼女のせいで、今のような私になってしまった。けど、それを恨んではいけない。こうなったのは、彼女のせいでは無く、私の弱さが原因なのだから。
「……アイギスさん。歌いましょう」
「何を言っているのよ、あなたは! こんな状況、彼が逃げる時間をくれたんだから、逃げるべきでしょうが! 彼はそう望んでいると……」
「それでもです。だって、目の前には《鬼》と、《鬼》と戦う《ナイト》が居て―――――――――ここに居るのは」
《アイドル》なんですから。
――――――――――――
……流石にきつくなってきた。やっぱり、僕の力だけじゃあ、中級種の《鬼》に勝てるはずが……。
《グォォォォォォォォォ!》
大きく雄たけびをあげながら、腕を振り下ろそうとする《鬼》の攻撃に僕は命の危機を察した。本当は僕だって夢があった。あの記憶の中のカッコいい《ナイト》のようにって。でも、駄目だったのだ。やっぱり……こんな僕では……。
「諦めないで~♪」
とそんな事を思っていると、背後からそんな大きな歌声が聞こえて来る。それと共に、《鬼》の動きが緩慢になった。その歌声の主が分かった僕は、
「……何だよ、良い声出すじゃん」
と言いつつ、弱体化していく《鬼》を切り裂く。
歌が激しさを増し、《鬼》は今以上に弱体化して行き、そしてやられた。
「愛梨、やったな!」
「は、はい! 朝比奈さんのおかげです! ありがとうございます!」
その彼女から向けられる《好意》と言う感情に答えるように、僕はサムズアップをして答えた。
【おわり】




