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上月茜

戦から帰り、初陣祝いをする、浮城家の人々。

新たなクラスメイトも加わり、学園生活にも慣れてきた蒼太だったが、不思議な怪事が続いていた。そして、ある時、それが現実のものとなる。

 その顔だけで、気圧されそうだった。

 像である。睨み付けており、立っている。二対だ。門の両脇の部屋に入って、出入りする者を、見るともなく、見送っている。金剛力士像は、しみじみと、悲しんでいるように見えた。

 少し落ち着いたというか、何かが区切れたというか、蒼太は胸をなで下ろしながらも、解せなかった。寺の階段を下りて、さめざめと落ち込んだ人波を、沈むように歩いて行く。 門には、喪中の黒幕が張られ、そこに黒い着物や袴、学生服の集団が、出たり入ったりしている。

 この朧雲のような、紫の雨のような、散じた空気の中、蒼太は(うつつ)を抜かしたのだと思った。

 石階段を下りながら、何故か、松の木の天辺に、火のような、いやあれは火だが、玉のようになって浮かんでいるものが見える。しかも、三つ。

 目を擦ると、もうない。蒼太は、隣を歩く、黒い着物の女性に向かって、気を確かに持つように、答えなど期待せずに言った。

「母ちゃん、俺、悪いもんでも食ったみたいだ」

「何いってんの、あんたは」

 灰の空に映る桜並木は、透明で、幻想のようだった。

 町は静かである。彤影(とうえい)寺は、低い屋根の連なる、大通りに面している。黒い服の人達が、賑やかに町を闊歩するのに、それがまるで無いように、息は静かであった。

「織田の弱さには、辟易するよ。せっかくの尾張の領土を、今川に盗られるなんて」

 と、浮城享子は、ご立腹である。

「母ちゃん、仕方ないよ。今川は、三国の領主だ。もともと、適うわけがないんだよ」

 賑やかなのは、暫く行けば開けてくる、老舗の商店街だけである。どこも店頭幕を歩道に張り、漬物屋や佃煮屋、納豆屋、飴屋、鮮魚屋に肉屋、積まれた樽桶や、曇り空でも映える、提灯の点々とした道案内。みな、葬儀の帰りに、買い物を済ませる気である。

「やだよ、また年貢があがるみたい。勘弁して欲しいわ」

 享子が愚痴った。蒼太は、電気屋の前で立ち止まった。ショーウィンドウには、種々多様なワイド画面のテレビが並んでおり、どれもニュースを流していた。

〈―清洲城からの公式的な発表で、年貢の量を、昨年の10%増量することが、明らかになりました。これは、昨今の尾張統一や、今川軍との戦などが、原因と考えられ…〉

 ここまで来れば、寒々とした消沈も、僅かな熱気でほぐれてくる。歩道に行き交う雑踏や、自動車が鳴らすエンジン音、信号が赤から青に変わると、交通が勢いを増して流れてゆく。密着型の競技用スーツのような格好で、ヘルメットやスポーツサングラスをかけ、大籠を吊した三尺棒を担いで、風のように走ってゆく飛脚が、その汗や吐息を弾ませるだけで、何だか活気が沸いてくる。

 腹に染み込む臭いがする。煙や雑踏にのって、コロッケや串カツ、手羽先や総菜の臭いが、鼻を擽った。昼時である。ついでに、みんなが寄りたくなる気持ちも分かる。

「今日は、あんたの初陣祝いだからね。盛大にいきましょう。すき焼きなんてどう?」

「母ちゃん、俺、いいよ。祝いたい気分じゃ、ないんだ」

 享子はそれでも、関係ない。ニコニコしながら、お肉屋さんの、オレンジのテント屋根を潜った。一番上等なすき焼き用の牛肉を紙に包んでもらい、永楽銭を何枚か、払った。

「ほら、蒼太!」

 呆けている蒼太の背中を、元気一杯のびんたが叩いた。泉美が後ろに立っており、蒼太を突き飛ばすと、享子の隣に並び、母親は「あら、泉美ちゃん」なんて、嬉しそうに言う。泉美は、童のような笑顔で、「それ、すき焼き用のお肉ですか!」と聞いた。

「そうだ、泉美ちゃん。すき焼き好きでしょう?」と享子。

 水を得た魚の活きである。享子の丸々開いた目に、泉美は「ええ、そりゃ、もう」と答えた。

「それじゃあ、すき焼きパーティーにしましょう。ご両親も呼んで。どうせ、初陣祝い、するでしょう?それとも、先約があるかしら…」

「あ、(うち)は全然、構わないんで」と泉美―「じゃ、そうしましょう」

 カウンター越しの肉屋のおばさんは嬉しそうである。享子は、もう一包み、肉を買った。

 何か、もそもそする。空気が、もそもそしている。ほわんと、その場の空気が、澄んだ青色か、薄淡い黄色に変わりそうだった。泉美は、胸の前で手を結びながら、享子が買い物籠に入れる包み紙を、嬉しそうに眺めている。その後ろだ。

 少女である。黒髪で、ショートヘアー、背は低く、すーっと透き通るような少女である。

「あ、あの。初めまして。上月(こうづき)(あかね)です」

 ゴンッ!と、その場の空気が笑った。通り過ぎた飛脚の籠に、少女の一礼が、炸裂したのである。「いたっ!」と、額を撫でて、足踏み始めるがが、泉美は笑い、飛脚は気づかず、享子も、指を口に当てて含み笑いしている。

「おい、お前。大丈夫か?」と蒼太。

 一松人形のような、綺麗な黒髪を、何の気も無しに、蒼太が掻き分けた。額が少し赤い。少女はどぎまぎしながら、時たま、小動物のように、大きくなる黒目で、蒼太を見つめた。

「うん、大丈夫みたいだ…。泉美、誰なんだよ」と蒼太。

「さっき、お寺であったの。聞いたら、同じクラスだって言うから、一緒に帰ってたの」

 あ、お母さん、買い物籠は、私が持ちます、的な心遣いで、泉美は高級和牛の入った籠を、しめしめと受け取った。

「そう…。もしよかったら、茜ちゃん。今夜、家の初陣祝いに来ない?ぶしつけかしら?」と享子。

「蒼太の誕生日も近いし、盛大にやろうと思っているんだけど」

「お、親に聞いてみます…」と茜は言った。

 女ばかりである。この上月茜という少女以外は、享子も泉美も(かしま)しい。蒼太は気まずくなり次第、少女の隣で携帯電話を取り出した。印籠の形、漆仕上げである。大札ほどの画面がついており、画面を指でなぞると、色んなアイコンが流れてゆく。

「なあ、上月。同じクラスってことは、壱年ろ組か?」と、蒼太。

 苔生(こけむ)した岩を、井戸の蓋に、そっと置くように、少女は物静かだ。目を泳がせながら、「はい、そうです」と言った。

「初陣祝い、一緒に来いよ。もう自棄(やけ)だ。大勢いた方が、面白いし。同じクラスに、大東一羽って奴がいるんだけど、そいつも呼ぼうと思って…。父ちゃん、農民だから、田植えの季節の祝いも、一緒にやるんだ」

 蒼太は、メールのアイコンを突っつき、画面のキーボードを指で押さえてゆく。

「はっ!」と、少女が言った。

「おうっ、何だよ」蒼太が驚く。

 キラキラした眼差しが、物珍しそうに、蒼太の袖を、見つめている。蒼太は、視線を落とした。携帯を握る左手、その手首に、黒子(ほくろ)がある。しかも、三つ。三角形を作って、並んでいるのである。

 少女は、何故か、直ぐに視線を逸らした。「どうした?」と蒼太が聞くと、「べ、別に…」と、茜が返した。


 ぱっと、絢爛(けんらん)な生け花を、飾ったようだった。揚げ物、煮物、サラダにスープ、総菜、それにすき焼きの鍋が、二つ並べたテーブルに、敷き詰められており、ぽっかり空いた中央に、寿司の桶皿が置かれた。ぽんぽんと瓶の栓が抜かれ、わーわー騒ぎ出す、団欒の一時。縁側に面した、狭い和室の中だ。

 蒼太は飄々としている。緑色のボトルの日本酒を、グラスに傾け、まずは泉美に渡した。つぎに一羽に渡し、最後に、茜に渡した。

「元服して良かったことは、酒が飲めることだな」と一羽。

 一気に飲み干すと、片膝を立て、「ぷは~」と言い、銀髪を嬉しそうに掻いた。

 酔うとは、どのようなものだろうか。蒼太は、グラスを飲み干し、テーブルに置いた。ほかほかとする。視界が、霧がかったように薄まった。

「さあ、手羽先よ。母ちゃん、腕によりを掛けて、作ったからね」と享子。

 おかしい。視界がぼやけたからなのか、大皿を持ってくる母親の頭に、耳が見える。黄色く、先の尖った耳である。目を擦る。消えている。視界のぼやけも消えた。手羽先の皿が置かれると、蒼太は、グラスを出来るだけ遠くに押しやった。酒とは、こういうものなのだろうか?

「いや~、みなさん。めでたい。子供達の初陣を祝して、今日は集まってもらい、感謝します!」

 すくっと立ち上がると、かなり辿々(たどたど)しく、男が話し始めた。気持ちいいぐらい、髪が脳天の辺りへ後退している。顔は、団栗のように丸く、溌剌とした仏顔だ。背は低く、焼酎瓶を片手に、酔いながら演説ぶっている。

「蒼太の父の、浮城宗一郎です!いや~、宇佐見さん。めでたいですな」と、吐きそうな声で言う。

「ええ、本当に」グラスを掲げる紳士。

 礼儀正しそうである。顔は大きく、眉毛は太く、眼力がある。全体的に丸く、蒼太の父、宗一郎から、酌を覚束(おぼつか)なく受けている。その隣には、泉美が座っており、「パパ、お醤油、とってよ」と言っている。更に隣には、女性が座っており、髪にカールをかけ、顔は鋭く、端正だが、ペチャクチャ喋るので、気のいいおばさん丸出しである。「享子さ~ん!この、いなり寿司、最高!もう、今まで食べた中で、一番美味しいわ!」泉の母親である。

「どうぞ、どうぞ、上月さんも」と、やや溢しながら、次の酌へ移る宗一郎。

「ありがとうございます」

 渋い声だ。一言言うだけで、全て通る声である。しかも、巨大である。スラッとしており、ギリシャ彫刻のような顔立ちで、色黒、口髭は色香をもっており、グリッとした黒目は、誰かに似ている。

 巨人と小人である。大男の隣には、上月茜が座っており、ちびりちびりと酒を含んでいた。蒼太の母親である享子は、泉美の母親と、わいわい喋っており、少しばかり社交気のある泉美の父親は、強面を崩しながら、子供達に酌もし、茜のお父さんは、茶道の茶でも飲むように、グラスを傾け、常に寡黙である。

「一羽って、寮に住んでるんだな。俺、初めて知ったよ」と蒼太。

「ああ、名古屋の辺りから、こっちにな。やっぱり、みんなで食う飯は、上手いな」笑顔である。あどけない少年のような笑顔を、その銀髪の容姿で見せるから、面白い。

「はっ!」と茜。よくあることだ。酒を溢したのである。

「おい、大丈夫か?いま、拭くぞ」と蒼太。

 おしぼりを広げて、茜の塗れた手を拭いてやるが、その手首に、見慣れぬものがあった。

 三つの点である。揃えたように、縦に並んでいる。黒子だ。

「あっ!私、お手洗いで、拭いてきます」直ぐに立ち上がる茜。

「え~、それでは、今年も、年貢が納められるよう、豊作を願いまして、田植機のエンジン点火式をしたいと思いまーす!」

 場違いきわまりない、暴走である。宗一郎は、焼酎瓶片手に、縁側から裸足で飛び出して、庭に止めてある田植機に、落っこちそうになりながら、跨り始めた。

「父ちゃん!止めて、お客さんが来てるのよ!」と享子。

 蒼太と一羽は笑い出した。縁側に足を出し、月光を浴びながら、エンジンをかける宗一郎を、肴にしようというのである。

 ふわり、とした。また、錯覚である。すこし、半月に雲がかかったのだが、その暗雲が、瞬きをし、赤い舌を出したような気がした。首を振る蒼太。消えている。普通の雲だ。酒を飲もうとしたが、やはり、と思い、グラスを縁側の上に滑らせて、遠ざけた。


 * * *


 桜は満開、校庭には清々しい風が吹き、教室には初々しい緊張が走っていた。

 生徒は全員着席している。教壇には、黒いスーツの教師が立っており、後ろの黒板に名前を書き始めた。すらすらと、達筆である。

大春日(おおかすが)真之(さねゆき)…、と読む。これから一年間、担任となった。よろしく頼む」

 威圧感しかない。色黒で、顔は貴族のように(みやび)で鋭く、目は、少し俯くと、蛇のそれになった。しかし、清流に浸かる、岩苔のように濁った声は、何処か柔らかく、包み込むようである。黒髪をオールバックにし、顎髭が印象的だ。入り口に近い、掲示板の刀台には、螺鈿を配する、豪華な太刀が置かれている。先生のものだ。

「専門は、和算と剣術だ。剣術部の顧問もしている。入部届の提出は、四月の十五日に迫っているので、剣術の質問がある生徒は、遠慮無く聞いて欲しい」

 いたって紳士である。蒼太は、窓際の席で、ほっとした。いい先生である。猫のような目と、精悍な子犬のような顔立ちに、笑みがこぼれた。

「それでは、名簿を読み上げてゆく。手を上げて、返事をしてくれ」と、大春日先生。

「浮城蒼太」「はい」

「宇佐見泉美」「はい」

蛭子(えびす)雹介(ひようすけ)」「……」

「蛭子雹介」先生が、ぐるぐると、底で唸るような声を轟かせた。

 教室はざわめ立つ。「蛭子雹介」が答えない。蒼太も、首を振る―やはり、一番後ろの席が空席になっていた。

「あー、なんだ、てめぇは!」

 爆弾のように破裂して、響く。廊下の方から、いかにも不良といった、怒鳴り声が聞こえた。廊下側の席から、生徒達が離れる。取っ組み合いの声だ。壁が重々しく揺れ、磨りガラスの窓が鳴り、教壇側の扉が、カラカラとゆっくりと開いた。

 能面のような顔である。それだけ白く、無表情だ。寒々と吹雪の舞う窓のような、円らで、沈んだ目をしている。小さなアヒル口は、ぴくりとも感情を見せず、藪のように盛った黒髪から、切々とした眼光が漏れる。拳を舐めているが、血が滴っており、その後ろで、廊下に倒れている、大柄の生徒が見えた。

「はい…」と呟くように、穴が空いたような、虚ろな声を出した。


 鐘が鳴るのが、早く感じた。昼である。自分のクラスに、危ない不良少年が一人いる、ということが分かる午前だった。蒼太は鞄から、弁当を取り出した。席を立つと、一羽や泉美、茜を誘って、昼食にしようと思った。

 蒼太は、汚い、と思った。一羽の机を、スニーカーで蹴ると、俯せの一羽が顔を上げ、涎を垂らしながら、銀髪を掻き毟っているのである。

「あんた、四時間、全部眠っていたでしょう?」と、泉美。

 一羽は、鞄から焼きそばパンの包みと、紙パックのジュースを取り出して、大きく伸びをし、犬歯を見せながら大あくびした。

「お前、マジかよ!そこは、赤アルマジロを使うんだよ!」

「でも、そしたら、こゆりちゃんの、ヨッピーが、二位になっちゃうよ」と茜。

 かなり男前な、しかし、よく通る女性の声がする。三人が近寄ると、茜の前の席で、椅子を置き、股を広げ、背を向けて座り、携帯ゲーム機を握りしめている少女がいた。


「おう、私の名前は、流泉寺(りゆうせんじ)こゆり、よろしく」

「こゆり」には見えない。男気溢れている。ほっそりとして、背は高く、黒髪を肩まで伸ばし、モデル体型である。が、目鼻立ちはくっきりとし、鋭く、口調は強い。

「茜がさ、たまたまバリオカート持ってたから、授業中も、こっそりしてたんだよな」

 五人は廊下を歩いている。

 こゆりの声は、廊下に反響し、しかも、重々しくブローするみたいだった。元気である。壱年ろ組は一階にあり、廊下の端まで歩くと、上階に繋がる階段が見えた。その脇には、別の校舎へ繋がる、屋外の回廊があり、外から、勇ましいかけ声が聞こえた。

 剣術部である。古風な剣術道場が覗いており、開かれた入り口から、木刀を振る、白い袴姿の生徒達が見える。

「私、剣術部に入るんだ。やっぱり、戦国の世は、腕が立たないと、話にならないからな」

「私も!一緒に入ろうよ!」泉美が乗っかった。こゆりが、見えない木刀を振って、意外にも明るく、素敵に笑った。

 強烈な個性が割り込み、蒼太の後ろで、茜が霞みそうだった。蒼太は「茜は、何処の部活に入るんだ?」と聞いた。

「わ、私は、将棋部に…」「本当か?俺も将棋、好きなんだ!」と蒼太。

「本当か?茜。剣術にしろよ。武功があれば、正式な武士にだって、昇格できるんだから」 こゆりは、はっきり物を言う。

「ごっつぁんです、ごっつぁんです」

 急に蒸し暑くなった。褌姿の巨漢達が、階段を下ってゆく。五人は、関取達のせいで狭くなった階段を、一列変態を組んで、ゆっくり突き進んだ。

「私さ、男だったら、相撲部に入ったのにな。見てよ、この筋肉」と、こゆり。

 少女は細身だが、同時に、筋肉質である。セーラー服の袖を捲り、逞しいこぶを見せた。

「私さ、勉強できないから、武士なんてなれっこないし。商人て柄でもないし。やっぱり、農業大学いって、農民だよ。だから、剣術で、出世するんだ」

 蒼太は、それが、この少女にはぴったり合う気がした。

「私は、将来、デザイナーになりたいんだ。だから、美術部も、併用するんだ」と泉美。

「俺は、弓道部にするぜ。剣術は、どうも性に合わないしな」

「マジかよ、一羽。お前、弓道部って、元服式の時に、扱かれた、あの教師が顧問だぜ、きっと」蒼太は、踊り場を曲がりながら驚いた。

「お前も一緒にやれよ。この前の戦、はっきり言って、お前、剣術の才能無いと思うぞ」一羽はにやにやしながら言った。

 春の埃は、心を和ませる。階段を幾つものぼる中、清らかな日差しと重なって、五人は自然と笑顔になり、話が弾んだ。他の生徒も、何人かのぼっている。扉を開けると、青空が見えた。階段の最後は、屋上へと繋がっていたのだ。

 蒼太達は驚いた。

 屋上では、何人もの生徒達が、昼食を囲ったり、バレーボールをしたり、自由である。自由だ。屋上端のフェンスの上に、誰かが乗っている。風に吹かれ、足を投げ出し、こちらに背を向けている。

「おい!お前、危ないぞ!」一羽が叫んだ。

 五人が近づくと、青空の中に、雲に溶け込む、寂しげな顔が覗いた。感情はない。蛭子雹介である。全員が凍りついた。学ランが、六メートル程の高さから飛び降り、屋上に足をつけると、ビニールの中の、最後のおにぎりを口に含んだ。

 一羽だけが腕を組んで、メンチを切っている。その時だ。フェンスを鳴らし、強い風が吹き、雹介の服を揺らした。きっと、その懐からだろう。紙が一枚、空を舞った。それが、意志を持っているみたいに、ヒラヒラとうねり、蒼太の頭上へ―。足下に落ちる。写真だ。

「おい、これ…」蒼太は、写真を持ち上げ、前に差しだした。

 ドキッとした。それだけ、可愛い女の子だ。氷のように鋭く、整った顔つきである。その写真を、気がつくと、あっと言う間に眼前に迫っている雹介が、奪い取った。

 それを、懐にしまう。その肩が、蒼太の肩にぶつかると、雹介は、屋上の扉に消えた。

「あの野郎…」一羽は腕を振り上げているが、蒼太は、それを乱暴に引き止め、揺れる屋上の扉を見つめた。


 * * *


 ドドン!

 何層も重なって、突き上がって行くような、和太鼓の音である。三つ巴の絵に、ばちが打ち込まれ、先生の声が轟いた。

「それでは今より、新入生の練習試合を始める。剣術に心得のある者は、前へ!」

 大春日先生だ。床の間の前で座り、その左右には、道を作るように、白袴の生徒達が、正座で並んでいる。

 がやがやと、廊下を走ってゆく生徒達の声が、遠くに聞こえる。汗を流しながら、ふと立ち止まると、剣術道場の様子が見えた。蒼太も袴姿である。手には和弓を持ち、矢筒を背負い、自然と、その足先が、道場の入り口にかかった。

「おい、一羽。見てみろよ。剣道部が、今から試合をするみたいだぞ」

「おい、大蔵に見つかると、また扱かれるぞ」と一羽。

「いやいや、お前達。見てゆけ。武術は、全ての道に通ず、だ」

 わっ!二人ともおののいた。袴姿の男だ。初老で、前髪はくるりと丸まり、上品な男爵風の風貌である。大蔵は、弓道部の顧問だ。

「一服しよう。この年になると、走るのも疲れる」そう言いながら、戸口の床で、まるで団子屋で茶でも頼むように、座った。

「私が!」と、猛々しい声。

 甲冑が立ったのかと思った。それほどの気迫。流泉寺こゆりが、勇ましく名乗り、中央の床に躍り出た。―「俺だ」ねっとり凍りつくような声。蛭子雹介である。雹介も、剣道部に入ったのだ。

「お前達、知り合いか?」と大蔵。二人は、先生を見もせずに、うんうん頷いた。

「こゆりが、あの雹介と戦うぞ。俺、茜に知らせてくる。あいつの部室って、どこだっけ?」と蒼太。

「確か、将棋部だろう?直ぐそこだ。中庭沿いの、左端だぜ」一羽は、対面するこゆりと雹介を凝視しながら、淡々と答えた。

「はやく戻れ」と大蔵、「はい」と蒼太。

 中庭の湿気を、蒼太の袴が切って行き、背中の矢筒がカタカタと鳴いた。蒼太の手が、校舎の窓にかかる。勢いよく開けた。中は、畳の高壇が犇めく、人気の薄い、将棋部の部室だった。

「茜ー!どこだ!こゆりと雹介がな…」蒼太は、誰もいない将棋部に向かって叫んだ。

 春先に苔が生しそうである。それだけ、日陰が染みており、誰もいない。将棋の戦略を記したと思われる紙縒(こより)が、隅の方で山積みにされている。

「わ!」

 暫くの()を、刃で斬り込むようだった。突然、戸が開き、そこに茜が立っていた。蒼太は、目を広げた。茜の頭に、黄色い耳が生えている。遠目から、蒼太は完全に凍りついた。

「はっ…」と茜。扉が閉まる。扉が開いた。やはり、茜が立っている。だが、耳は消えている。

「あれ、俺、おかしいのかな…。茜、お前、今、耳が…」

「おい!蒼太!早く来い!見てみろ!」

 暗い部室、蒼太と茜の凍りつく間に、一羽の怒号のような声が轟いた。

「そうだ、茜!こゆりと雹介が、剣術の試合してるんだ!見に来いよ」

 蒼太は、そう言って、慌てて道場の入り口に戻った。一羽と大蔵が立っており、身を乗り出して、中を覗いている。そこに蒼太も追い付き、茜も、ゆっくりとだが、三人の後ろに並んだ。

 どうしたら、そうなるのだろう。まるで、ぼこぼこに、拳で打ち付けみたいに、こゆりが蹲り、倒れていた。雹介が、少女に、木刀の切っ先を突きつけている。こゆりは、床に転がっている木刀を握ろうとするが、その手を、雹介が蹴り飛ばした。

 躊躇がない。木刀を振り上げ、感情のない目が、怯えるこゆりを見下ろすと、雹介は、あっけなく振り下ろした。カンッ!こゆりの眼前に、もう一本、木刀が現れる。泉美だ。

「あんた、何考えてんのよ!もう、試合は終わったでしょう!」助太刀である。

 雹介は強い。相手が少女とはいえ、少年はあっさり泉美の手から、木刀で、木刀を弾き飛ばした。矢を砕く腕前の泉美だ。それが、赤子のようである。

 冷酷な機械のよう。その切っ先は、泉美ではなく、再び、無防備なこゆりへと向かった。今度は、胸の前で、真っ直ぐに構える。突きだ。

 カンッ!刹那だった。雹介の木刀が、縦に回転して、道場の空に舞った。その無感情な顔の顎下に、寸分の狂いもなく、木刀の上刃が乗った。

「やり過ぎだ、蛭子。部活動、無期限、謹慎とする」

 鷹のように鋭い眼光が、少年を切りつけるように光った。大春日先生だ。雹介は、空になった手を宙で握ったまま、何も答えない。こゆりは、ぐったりと肩を落とし、入り口でそれを見ている蒼太、一羽、大蔵、茜の四人は、目を広げて、驚いた。


 今日は変なことばかりだ。何か、ぼやぼやする。蒼太は、トイレの洗面器に顔を入れ、蛇口の水に、顔を(したたら)らせた。蛇口を閉める。青いタイルが小綺麗に貼られた、弓道部横の、トイレの中。蒼太は、鏡の中に覗く、切れ長の目に、「あー、変な日だった」と、心の声を呟いた。

 影は青く忍び、蛍光灯に舞う蛾の群れ以外、精気をなくしたみたいだった。蒼太は、弓道衣入れの袋から、タオルを取り出し、顔を拭いた。既に学ランに着替えており、間もなく下校だった。タオルを袋にしまい、トイレから出ようとした時。

 靴が地面に張りついた。奇妙な物が見える。それは、低い場所から此方を見つめ、黙っている。蒼太は、トイレのタイルから、それを引き抜いた。異常な物。黒い刃である。先の鋭い菱形で、柄が突いており、輪状の持ち手がついている。

「わ!」刃がタイルの上に落ちた。トイレのドアが、外の闇を咀嚼するように、左右に揺れている。床には、通学鞄だけが残された。

―蒼太の顔は優れない。

(なんだろう、あのクナイは)

 しかし、夜の闇も、高校生達のお喋りには、その身を潜める。

 五人は、電灯の切れかかる通りを、賑やかに歩いていた。背もキャラクターも、一際抜きんでているこゆりが、心底怒った声で、切れ切れと話している。

「蛭子雹介め!ふざけやがって!私に、なんの恨みがあるっていうんだよ!」

 みんな、そのことで、一致団結していた。雹介は酷い、それに強い。そんなことを、口々にしている。一羽が「ああいう奴には、関わらない方がいい」と、以外にも冷静な態度をとった。

「おい、浮城。大東の奴が、こんなこと言ってるぞ。何とか、言ってやれよ!」とこゆり。

「え、俺?!いや~、あいつは、悪い奴だけど…」蒼太は困って、頭を掻いた。

「ぬ?」

 こゆりは無骨である。しかし、憎めない。蒼太の手を掴むと、いつも驚いた時に見せる、鼻を膨らませる顔で、覗き込んだ。

「浮城、すごいな!この黒子」とこゆり。

 蒼太の手首には、確かに、黒子が三つ、三角形を作って、生えている。

「茜の奴にも、変わった黒子があるんだよ。こう、縦に三つならんでいる…」

「ああ、昔からあるんだよ…。って、俺!」蒼太は驚いた。こゆりに左手を掴まれている。右手には、弓道衣の袋。じゃあ、鞄は?

「鞄を忘れた!多分、トイレだ…。俺、取りに行ってくる!」

「俺もいこうか?」と一羽―「大丈夫、また明日な!」蒼太はみんなに手を振って、闇に消えた。

 闇は暫く続く。黒い霧の中を走っているように、蒼太は深く飲み込まれた。走る、走る。もう校門は、目前に違いない。

 スポットライトが見える。やけに暗い。まるで、地面から光の穴が空いているようだ。蒼太は息を切らした。頭上には、電灯が見えている。

「…おかしい。もう、校門のはずなのに」蒼太は、辺りを見回した。

 夜の心地よい静寂を、ひっそり絞め殺したようだ。恐ろしいぐらい静かだ。蒼太は息を呑んだ。道に迷ったか?確かに車道の上、住宅街の中にいる。

 カチカチ―不思議な物音が聞こえてくる。電信柱を見上げた。変圧器の辺り。金色の光が漏れた。皿のように丸く、二つ並んでいる。それが、落っこちると、闇の中のヘドロを、引きちぎるように、何やら黒い塊が、光の輪に着地した。猿である。黒い猿だ。しかし、目がレンズのように大きい。しかも、骨に皮を張り付けたように、がりがりで、脱色したように白い髪は、人間の女のように長い。口は犬のよう。それが、両手に、巨大な金槌を握っている。

「う、うわー!」

 体中の細胞が叫んでいる。現実と夢の琴線が、限りなく擦り切れて、弾け飛びそうだ。動転し、腰が抜けた。立てない。目の前には、黒い、骨ばかりの猿。それが金色の目を、懐中電灯のように光らせて、金槌を振っている。

「やはり、お前か…」

 暗闇をカーテンにして、それが引くようだった。車道から、一人の人間が現れる。黒い。ぼろ切れのローブに包まれて、姿を隠している。

「失せろ。金槌坊(かなづちぼう)…」

 声が、水の中で喋っている様で、しかし、洞窟で反響するように、はっきり聞こえる。男か女か、分からない。その声が聞こえると、皮ばかりの猿は、闇に姿をくらました。

 黒いローブは、蒼太の所までやってくると、その首を掴み、ブロック塀に、少年を叩きつけた。

「…妖気を感じられるようになったな。こんなにも、簡単に、お前を攫えるとは。運がいい」ローブの、顔のない穴から、そんな声が聞こえる。

 蒼太は、もうここで、気絶してもよかった。ローブの裾から、手が伸びる。それが、肌色から、紫に変わり、鱗が生え、指が粘土のようにくっつくと、頭となり、口が開け、Y字の舌が覗いた。蛇である。唾液を引いた牙が、蒼太の眼前で、夜光を煌めかせた。

 突風が、牙の形になって、その場をえぐり取るようだった。その蛇が、残像となって、何かに突き飛ばされた。ローブもだ。蒼太の髪が巻き上がる。凄い風が、塀に背中を押しつけ、ようやく尻が地に落ちた。目の前には、何かが立っている。

 究竟(くきよう)に美しい月光を、糸に()って、それを体から生やしているようだった。白い狼である。しかし、普通の三倍は大きい。それが、ローブの何者かを、弾き飛ばしたのである。

 蒼太は、更に怖がった。蛇の毒牙に噛まれた方が、狼に食い殺されるより、何分ましな気がする。だが、不思議なことに、「大丈夫か?」と声がする。

 それに合わせる如く、狼が振り返った。その瞳は、明らかに、蒼太を見つめている。

「邪魔をするな、犬如きが!その黒子が、動かぬ証拠。浮城蒼太は、私が攫う!」

 また、あの響く声だ。

 闇が形を持ったようだ。蒼太は、左手を見た。黒子が三つ、三角形に並ぶ。その手首に、黒い触手が巻きついた。蛇である。闇の中から、長々伸びて、それが引くと、蒼太の体は、体重がないかのように、高々と持ち上がり、闇に引きずり込まれた。

 銀色の光が見える。狼だ。闇の中から、それが見下ろせた。犬科独特の吐息を響かせ、凄い速さで走っている。蛇は、蒼太の体を、更に奧へ引っ張る。しかし、その方向が、急に落下した。車道に激突する。しかし、体は叩きつけられない。蛇は、未だ蒼太を引っ張っている。暫くして、移動が止まった。蛇の体が口に巻きつき、直ぐ後ろから、囁くように声がした―「喋るな。今、土の中だ」そんな事を言っている。

 地面の方が引いてゆくようだった。アスファルトの波から、黒いローブと、蛇の手に口を縛られた蒼太が、迫り上がってきた。地上にでたのである。蛇は、蒼太の肩回りと、口を、両方縛り上げており、サンドバックでも吊すように、軽々と持ち上げた。

 雲が打ち消されたようだ。半月が、青い光を、再び住宅街へ注ぎ始めた。蒼太は、真下に覗く、ローブ姿の人物を凝視することしかできない。

「邪魔者は消えた。さあ、貴様を、然るべき相手に、引き渡そう」声が、そう言っている。

 その時だ。最初から、そこにいたかのように、それは、闇を静かに呼吸していた。

 塀の上に、誰かがしゃがみ込んでいる。ゴム製の硬そうなスーツを着込んでいる。胸や腹は、ベルトで締められ、籠手には、滑らかな鉄板が入っている。ブーツの先は、足袋のような形で、太股には、短刀のようなクナイを幾本も挿す、スーツと一体化した、特殊な鞘がついている。顔は、目以外、頭巾で覆われ、ヘルメットのように見える額当てが、銀色に輝いている。背中には、太刀をしょっていた。

「くそ!先回りしていたか!」ローブが叫んだ。

 闇ごと、斬るようだった。塀の上の者が、消えている。それと同時に、蒼太も、蛇の束縛から解放された。倒れ込む蒼太。顔を上げると、ローブが、闇の中、真っ二つに裂けている。

 全てがスローモーションに見えた。黒ずくめの男が、太刀を抜いている。ローブの中から、濁流が溢れ出すように、黒い大蛇が落ちた。トラックを飲み干しそうなほど、大きい。眼光が、溶かした銀を流し込んだように、煌々と輝き、この世のものとは思えない蛇体が、全てを粉砕するように、擦り合わさり、しゃーしゃー言いながら、鎌首をもたげた。

 ぼっと、火の柱が、天を縦断しながら、闇を食った。男が、太刀を振り上げると、そこに、火の柱が移り、男は炎に包まれたその太刀で、一薙ぎした。赤い波が流線を描いて、翼のように、闇を飛び上がる。蛇は、白い腹を仰け反らせると、これは溜まらず、と、空中に浮かび、火の波が消えると同時に、つむじ風のように、闇の彼方へ消えて行った。 

 全てが終息した。火の粉が、飛び跳ねる虫のように、車道に飛散し、消え失せた。

 黒ずくめの男が、太刀を、背中の鞘に収めた。蒼太は、相変わらず、腰が抜けて、立てない。

 その瞳が、頭巾の間から、並々ならぬ眼光を放った。空気を圧するような、険である。黒ずくめは、風が起こったように、素早く走り、蒼太の前で座り込んだ。蒼太は、顔を引き摺らせ、目を広げている。

「失礼する」

 しゅんと、その声が沈んで、落ち着いた。男は、膝を折り、恭しく一礼すると、蒼太の左手を持ち上げた。その手首が、鏡で反射したような、淡い光を放っている。不思議だ。黒子が、黒ではなく、銀色の光を溢して、輝いている。

「うお!」と、蒼太。

 眉毛も、目も、鼻筋も、全てがキリッと横に広がる顔が覗いた。男が頭巾のマスクを外している。スッと立ち上がると、眉間に皺を寄せた。

「くそ、茜の奴。(かしら)を守るのが、仕事のくせに。ぬかったか」と男。

「暫し、お待ちを。今、以津真天(いつまでん)を呼びますので」

 紙鑢(かみやすり)で荒々しく削ったような、しかし、親しさの籠もる声だ。男は、指笛を吹いた。何も起こらない。そのまま、立ちつくしている。

「あ、あの、今、茜って。上月のことじゃ…」蒼太がまさかと、聞きかけた。

「上月虎彦。茜の兄です。以後、お見知りおきを。おや、来たみたいです…」

 男は、常時、真剣な目つきである。そのような顔なのだろう。しかし、声の節々から、独特の剽軽さが溢れだしている。それが、何かが来た、と言った。

 闇から、針がつきだして、方々へ広まったように見えた。突風が舞い、男の隣に、鷲の翼が広がった。小型飛行機ほど大きい、鷲である。しかし、嘴がフックのように極端に曲がり、目尻や眉間、眉毛に至るまで、羽毛に包まれているが、人間のそれにそっくりである。足の爪は、あまりにも大きく、刀のようで、更に、体は蛇のように長く、羽毛に包まれ、尾の方は、鷹のような縞模様が刻まれている。

 蒼太は、それを見ると同時に、気絶した。

 

 あれ?おかしい。いつも通りだ。玄関に立っている。学ランに、通学鞄と太刀をぶら下げ、呆然と廊下を眺めている蒼太。引き戸からは、朝日が降り注いでいる。

「ほら、蒼太。お弁当。ごめんね、遅くなっちゃって」

 卵焼きの臭いがする。その包み箱を、蒼太に渡す享子。蒼太は、弁当を鞄に入れ、「行ってきます」と言い、玄関を出た。

 暫く、ねじが飛んだように、こじんまりした門戸の前で、呆ける蒼太。果て、なんだったんだろう?そのまま歩く。車道に出る。通学である。

 気づいたら、学校にいる。壱年ろ組の、自分の席だ。後ろの方では、一羽の席で、泉美やこゆりが集まり、お喋りしている。いつもの光景だ。

「蒼太さん。あ、あの。おはようございます」

 と、少女が恭しく、何故か一礼した。

「おう、茜。おはよう…。あのさ、俺。昨日、変な夢を、見たんだ」

「あ、そのことなんですけど…」茜は、少し興奮して、自分の声で、息が詰まりそうになった。

 蒼太は絶句した。窓の外である。と、いうか、窓である。毛むくじゃらで、野太い蛇か、ミミズのような、体長六メートルほどの生物が、柔らかいゴムのように口を広げて、ガラスをチューチュー吸って、張りついている。顔はない。

「…あ、あれ、夢じゃないんです」茜が出し抜けに、そう言った。

 

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