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-sideザキ




初めて会った時の感想は、正直な話“惨めな子供”だった。

ガリガリの体、傷だらけの肌、ボロボロの服。


赤髪、赤目の人間なんざ見たことない。

それを有しているだけで他には別に何も変わらないのに、確かにその子供は異質だと感じた。


だが、魔王だ魔物だと村人どもが言うような感覚はなかったというのが素直な感想だ。

俺らの存在を見てビクビク怯え、近寄れば弱々しく威嚇し、逃げる。

落ちつけと怒鳴れば肩を大きく揺らして、宥めにかかれば泣きだす始末。




胸糞悪い。

少女に対してではなく、嫌悪と恐怖の念を持って伝えてきた村の人間にそう思った。




どこの村にでもいるただの娘だ。

弱々しく、1人で生きる力もそんなになさそうな娘。

そんなコイツを大人も子供もよってたかってこんな傷だらけのガリガリにするまで追い込んだ。

そこまで追い込んでも人間に攻撃はせず、こうして静かに籠もっている子供のどこが魔王なんだ。



だが、そんな悲惨な境遇の中にあってもソイツは一切人間を憎むことはなかった。

恐れはしても、近づこうとはしなくても、決して怨むことなく純粋なまま。




「ザキ様はねー、オレンジなの!」


太陽のような笑顔でそう告げる。

無邪気にそう笑い、ヨキ様からもらった本を大事に抱え、何にでも反応良く返事するソイツ。

これほど酷い境遇で無いにしろ、それなりに苦労する境遇を生きてきたヨキ様や、親のレールから見事に外れた俺にとっては酷く眩しく映ったのを今でも覚えている。

そして、知らず知らずの内に救われてもいた。



そんな存在を血に染めたのは、俺だ。

とても魔王とは思えず書庫を漁りまわって見つけた古い書物。

そこに書いていた事実に、どうしても抗うことができなかった。



『魔は血の色を有す。血の色は、魔を束ねし毒の色。毒はやがて体を巡り、精神を巡る。それすなわち魔王の誕生なり』



それが一文だ。

魔王は初めから魔王なのではなく、徐々に精神を毒に蝕まれ魔王になる。

血の色を持ち、毒を糧とする生き物。

人間ではないから、飲食もしないのだと、はっきりと。



あまりに当てはまる例の少女との特徴。

国中、家族中から虐げられながらも、その立場を捨てることのできないヨキ様。

人間の醜い面を知りながら、それでも人間を守る仕事から離れられない俺。


要因は今思えば一つではなかった。

色々な要因が、タイミング悪く揃ったというのは、言い訳なのは分かっているが本当にそうだ。




あいつが今は魔王じゃなかったとして、ゆくゆく理性を崩壊させてしまうのは、正直見たくなかった。

あんなに真っ直ぐで明るいあいつが、俺らに牙を向ける瞬間など想像もできない。


本当にあいつが魔王ならば、討たねば国が危うい。

本当に書物の通りならば、あいつが自我を失う前に楽にしてやりたい。

自分勝手なエゴと、自分勝手な都合。

結局一番理不尽なのはあいつだと分かっていたから、言い訳するのは止めると誓った。


今更誠実ぶったってなんにもならないが、それでもあいつが望むなら事実だけでも知らせよう。

あいつが最後に何かを望むというならば、叶えられる限り叶えよう。



そうして、貫いた胸。

痛くないはずがない、戦いに身を置く立場上その痛みは俺にだって分かる。

なのに、そいつは一言も痛いと言わなかった。



「あり、が…」



裏切りを謀り自分を殺しに来た人間に、礼まで言う。




こうするしかなかった、こうしなければならなかった。

そんな言い訳する資格すらないと分かっていたはずなのに、勝手に我儘な脳がそう告げる。

自分の醜さに吐き気がした。





そうして魔王を討伐した俺達。

けれど、その行為自体が間違いだったと知ったのはそのすぐ後のこと。


事実だと思っていた事実は、事実ではなかった。




いなくなったはずの“魔王”が出現したのは、あいつを殺してわずかひと月後のこと。




俺達は愕然とした。

そして、その時にあいつにした酷く残忍な行為にも気付いてしまった。



魔王だと思った少女は魔王ではなく、俺達はその子供の名前すら知らなかった。

あんなに色々なことを知ろうとして、あんなに俺達のことを理解しようとしてくれたあの子のことを、俺達は何一つとして知らなかったのだ。


どこで生まれたのかも、どこで育ったのかも、いつからその髪や目が赤かったのかも、何もかも。






「お前が、箍を外したんだよ!お前が、唯一の希望を消し去った!!ふざけんな、ふざけんなよ!!」



魔王はそう言った。

自分が守るべき国に攻め入り、人間を虫けらのように散らしながら、大声で。

言葉の意味は分からずとも、自分の犯した行為が酷く重い過ちなのだとは分かる。



魔王が唯一の希望と言ったその存在は、屍になってもなお腐らず驚くほど綺麗なまま森の奥深くで眠っていた。

まるで本当にただ眠っているだけの様に。

手の冷たさがなければ、生存を信じてしまうくらい安らかに。










…いくつも時は過ぎた。

全てを知ることはなかったが、それでも色々なことを知った。

それらが束になって、想いが重なりに重なって、今の俺がいる。


千年。

決して短くない年月を、ただただ気が狂うほどに生きた。

いなくなってから真実に近づき、いなくなってからもらったものの大きさに気付き、いなくなってからあいつの本心を俺は知った。


何回、何十回と生を繰り返しながら、ひとつひとつ知ってひとつひとつ何かが積み上がっていく。



やがて数百年経っても消えなかった森奥の屍は、大地に溶け込むように姿を消し、ミリアという名を刻んで現れた。

血の通った手、怯えた瞳、華奢な体。


その姿を確認した途端、体中がすごい勢いで沸騰して行く。

見た瞬間に、自分にとっての唯一だと、その魂を削り取った張本人なのに確信してしまう。



可愛いミリア、愛しいミリア。

今度こそ大事に大事に護って、誰にも傷付けさせず、自分も傷つけず、共に生きていく。

どんな姿だろうと、どんな色だろうと、傍で永劫護っていく。

憎まれたって怯えさせたって何だって、寄り添いたい。


理性が壊れるほどの強い感情に戸惑ったのは最初だけだ、あとはただただ無我夢中にあいつを囲っていた。どうしたって、その存在を感じられる場所以外にいることを体が拒絶した。




何度も触った冷たかったその手。

生を吹き返したと言うのに、その手は変わらず冷たい。

それでも絡めれば、弱々しく脈の流れを感じることができる。




今世だろうが来世だろうが、関係ない。

未来永劫、なにがあろうともう離れない。

その強い思いだけが、今の俺を生かしていた。






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