夢と再来
「どうして!?あたしがいなくなれば、ヨキ様もザキ様も幸せになれるんじゃないの!?」
また、同じ夢を見ている。
何度も何度も、薄い記憶の中で言った言葉を思い出す。
ヨキ様もザキ様も、幸せにはならなかったという証。
何度も何度も、忘れようとする自分に刻みつけるように頭に響いてきた言葉だ。
それ以外は何も思い出せないのが、歯がゆくて悔しい。
『思い出したい?』
直接脳にその声が届いたのは、突然だった。
驚いて頭が真っ白になる。
いつも、あの言葉だけ響いて目が覚めるから。
「…誰、ですか?」
『やれやれ、やっぱり忘れちゃってるか。よほどショックだったんだね』
「え?」
『いや、違うか。むしろ記憶が残っている方が不思議なのかな、あれだけ無理に力を放出したのに』
なにか訳知りのような声が響き続ける。
声の低い女性か、もしくは声の高めの少年のような声。
その声は、止むことなく続いた。
『しかし、ようやくだ。ようやく僕の声が君に届いた』
「ようやくって、一体…」
『いい、ミリア?僕の声が届くということは、君の傷がやっと癒えてきたという証』
「ま、待って。何を言ってるの?なに?」
『君はこの世界に必要不可欠な存在。誰よりも、何よりも。今度は魂を削るような真似をしてはいけないよ』
分からない。
この声の言うことが何一つとして。
私に力と呼ばれるような何かがあった記憶は無いし、そもそもこの世界に必要不可欠な存在どころか私はあってはならない存在だった。
いきなり言われた言葉にこれが夢だからなんて考えよりも、困惑が広がる。
けれど、それ以上に気になること。
「貴方は、だれ…?」
気付けば声に出ていた。
すると、穏やかに笑う声が耳に届く。
そして聞こえた言葉に困惑はさらに大きくなる。
『…僕は、魔王。君の、対』
「な…、なにを」
『さあ、帰るんだ。君に心から仕えてくれる、彼らの元に』
今度は聞く前に、意識が白んだ。
「ミリア!目ぇ覚めたか!?」
「…ま、おう?」
「っ!?」
意識がストンと何かに収まる感覚のあと、視界いっぱいにぼんやりと入ったのはいつもの真っ白な景色に囲まれたザキ様の顔だ。
いつになく焦ったような声。
大きな声を出して、大きな手で私の肩を掴んで、私をまじまじと眺めている。
「おい、どうした?何があった」
「…え?」
「お前丸一日寝てたんだよ。…焦るわ、いろいろ」
感覚的に一日も寝ていた感じはない。
けれど、本当に焦ったような彼の声が真実なのだと理解する。
…真実、か。
あの声は一体何を知っているんだろう。
「おい、ミリア?ミリア!」
「あ…も、申し訳」
「謝んな。謝んなくて良いから」
力強くギュウギュウに彼が私を抱きしめてくるなんて、初めてかもしれない。
今まで彼はどこか罪悪感を抱えながら、遠慮がちに触れてきた印象があるから。
そして、その腕はどこか震えていることにも気付いた。
私がたった一日目覚めないだけで、ここまで取り乱すザキ様。
何だか不思議な感覚だ、あまり動揺するような人には見えなかったから。
私がそうさせたのかと思うと、胸がギュウッと痛くなる。
結局私は、こうして人の心をかき乱すだけだ。
だけど、少しでもザキ様の心を落ち着かせたくて、その頭に手をそっと置いた。
「…ミリア?」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。その、大丈夫ですから」
「…ん。迷惑でも何でもねえけどな、むしろもっと頼って欲しいし」
ぎくしゃくと頭を撫でてみる。
人の頭を撫でるなんて経験なかったから、どうやればいいのか分からない。
けれど、そうやると人の心が落ち着くというのを知っていたから。
ザキ様は大人しく私の下手くそな手に身を任せていた。
撫でる手とは反対の左手に自分の右手を絡めて。
どうやらザキ様は手を繋ぐのが好きらしい。
「ミリア!!」
そんなこんなをしている間に、今度は扉の方から声が響く。
焦ったような声に驚いてそっちに目を向ければ、息をあげながら私を見つめるヨキ様がいた。
「…っ、ミリア!」
私を一目見て、息をのむヨキ様。
けれどそれはほんの一瞬で、すぐに駆け寄ってくる。
「ミリア、ミリア」
「え、あ、」
「ヨキ様、ミリアが困ってる。落ちついて下さい」
「うるさいよ、ミリアの身に何があったかと思うと落ちついていられるわけがないだろう」
「…まあ、俺も人のこと言えないですけどね」
そんな会話をしてから、ザキ様から掻っ攫うように私の体を抱きしめてきたヨキ様は、ひたすら「大丈夫なの?」「具合悪いところは?」「苦しいところない?」と矢継ぎ早に聞いていた。
気付けばその間に私の空いた手をザキ様が再び繋ぎ直している。
ずいぶんと、心配をかけてしまったようだ。
『心から君に仕えてくれる彼ら』
ふと、夢の中のあの声が頭に流れる。
意味なんて分からないのに、胸が苦しい。
苦しくて、思わず顔が下を向いてしまう。
そして、髪が顔を覆うぐらい下を向いた時、あることに気がついて愕然とした。
「な、んで…」
「ミリア?どうしたんだい、ミリア」
「おい、ミリア?」
私を包み込む2つの温もりを無理矢理払えば、異変に気付いたらしい2人が同時に声をあげる。
震える手でガクガクと自分の髪に触れる。
そうすると、そこにも気付いた2人の顔色も変わる。
途端に慌てたようにまた私を抱きしめてきた。
遠慮もないくらい、強く。
「ミリア、大丈夫だから。何にも心配いらないよ。お願いだから、離れて行こうとしないで」
「おい、1人で閉じこもろうとすんな。これ以上距離おかないでくれ」
…優しい人。
こんなあからさまに動揺するあたり、間違いなく私の前世が何だったのか覚えているはずなのに。
なのに、また彼らは躊躇いなく私に触れてくる。
また、魔王に目覚めてしまったらしい私に。
ああ、だからかと心のどこかで納得してしまった。
ここまで頑なに彼らを拒んできた自分の心。
どうしたって私は、彼らを苦しめてしまう。
嫌だな、魔王になりたくないって幻想に捕らわれ過ぎて、あんな夢まで見て。
「…もう、やだ」
ぼつりと声が出る。
その言葉に、私を抱く2人の体が震えたのが分かる。
優しくて温かくて、大事な人。
ちゃんと、今度は綺麗に消えなくちゃ。
2人の手を汚さず、こんなに苦しませることもなく、ちゃんと後腐れのないように。
脳内中に巡るそんな思考。
「ミリア?ねえ、ミリア。どこを見ているの?こっち向いて、よそを見ないで」
「おい、ミリア。何考えてんだよ、んな遠い目すんな」
そんな声も聞こえない。
ぷつりと何かの糸か切れたように、私の意識は分散している。
「…ザキ、鎖増やそう」
「ヨキ様」
「お前も分かるだろう。危険な目をしている、本気で逃げられるかもしれない。私は、ミリアを失ってしまったら狂ってしまう。嫌だ、絶対に嫌」
「…そう、ですね。ミリアがいない世界なんざ何の価値もない」
「千年待ったんだ…何にも渡さない。絶対にどこにもやらない」
ヨキ様とザキ様の目の色が恐ろしいまでに暗く燃えていたことに、私は気付けなかった。