王子様
ヨキ様は、大人で寛容で綺麗な人だった。
私が何を言ったって、それを否定することなく優しく笑んで話を聞いてくれた。
滅多に自分の弱さも見せず、人が弱っている時には聡く気付いてさりげなく励ましてくれる。
そんな人。
今世でも綺麗に笑う人だと思ったのが初めの印象。
けれど、それ以上に驚いたのは彼の性格の変貌ぶりだ。
大人だと思っていた人は、今回はひどく甘え性になっていた。
いまだに、それが慣れない。
「ミリア何考えているんだい?こっち向いて、私のことだけ考えて」
「あ、あの」
「んー、ミリアの傍落ちつく。ずっとこうしていたい」
大きな国の第二王子であるヨキ様は、そうそう頻繁に私の前に来ることは無い。
と言っても、ひと月に2回しか会っていなかった前世と比べると格段に合う回数は増えたのだけど。
だいたい3日に1回くらいの頻度だ。
そしてヨキ様が私の部屋にいる時は、ザキ様はいないときも多い。
私を後ろからだっこするように抱きしめるのが、ヨキ様は好きらしい。
こんなに至近距離で人といる記憶がほとんどなかったから、すごく緊張してしまう。
きっと体がガチガチになってること、この人はお見通しだ。
「ミリア、さっきから気になっていたけど、また少し痩せた?いけないよ、しっかり食べないと」
「た、食べてます」
「本当?心配だな、次は美味しいお菓子山ほど持ってくるからね」
ヨキ様の頭の撫で方はザキ様ともまた違う。
繊細に、優しく撫でてくる。
綺麗な笑みのまま、そうやって時間を過ごすのがヨキ様との時間だ。
とことん私を甘やかして、逆にとことん私に甘えてきているようにも感じる。
そして、いつものように彼は私の左足に繋がる鎖を持ち上げて頬笑んだ。
「ああ、君がここにいると思うと生きる気力が湧いてくる。もうどこにもやらないからね」
「…」
「怯えても良い、憎んでも良いよ。でもずっと一緒だからね。そのためだけに私はいるのだから」
ヨキ様はそういつも言うのだ。
欠かさず何度も言う。
私が何を言ったってヨキ様は怒らない。
いつも綺麗に笑って頭を撫でて話を聞こうとしてくれる。
大抵のことは一切否定なんてしない。
けれど、私が彼らから離れようとする言動を取ることだけは絶対に許さないのだ。
笑顔のまま、私の逃げ道をいつも頑丈に塞いでしまう。
そして、そこに関してだけひたすら頑固なヨキ様にその手の言葉を口にするのは私も止めた。
「大好き。ミリア、本当好き」
「…あ、」
「愛してるよ、ものすごく」
ザキ様の数倍ストレートな言葉を使うヨキ様に、いつも私は言葉を失ってしまう。
どう答えたら良いのか分からなくて。
ヨキ様もザキ様も、大好きだ。
大好きだけど、けれど一緒にいようとは思えない。
思っちゃいけない。
…もしかしたら鎖に繋がれているのは、私じゃなくて彼らの方なのかもしれない。
鎖を雁字搦めに巻き付けてしまっているのは、彼らじゃなくて私の方なのかも。
何かに恐れるようにひたすら私の鎖を確認するヨキ様を見ているとそう思ってしまう。
それを実感するたび、私の心はひどく乱されて苦しくなるのだ。
「悲しそうな顔してるね、ミリア。でもダメだよ、離してあげない。絶対傍にいる、今度はずっと」
もしかしたら、この人は私やザキ様以上に前世に捕らわれてしまっているのかもしれない。
人の言葉をちゃんと受け入れるだけの優しさがあった人だから。
私の前世を想って、自分の前世を想って、家族を想って、最後まで苦しんだのかもしれない。
その想いがここまで彼を頑なにしてしまったのかも。
「…ダメ、です。貴方達は私と一緒では、ダメ」
やっぱり私の存在は変わらず彼らを苦しめている。
そう思うと、余計悲しくてそう口に出してしまう。
無駄だと分かっていても、どうにか届いてほしいと思ってしまう。
前世からのしがらみなんて解いていいんだと、伝えたい。
なのに、言葉が上手くでてきてくれない。
「離れる方がもっともっとダメだよ、ミリア。絶対ダメ。私は、君がいない世界なんて考えられない。愛してる、本当に愛してるんだ。誰よりも、何よりも」
強く私を抱きしめて、やっぱり怯えるように言葉を繋げるヨキ様。
その姿があまりに頼りなくて、思わず手が背中に伸びかける。
けれど、寸でのところでハッと気がついて手を下ろしてしまう。
「ミリア、大好き。だから私達から離れようとしないで、何からも絶対に守るから」
声色はとても落ちついていて、ゆっくりとした口調なのに、ひどく胸をかき乱される。
焦るような怯えるような、そんなヨキ様の声をこれ以上聞いていられなくて、私は耳を塞いだ。