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騎士様




「ザキ様はなんで騎士様なの?」


「なんでってお前、そりゃ家がそういう家だったからな」


「家?」


「ま、この通り荒れた性格してっから左遷街道まっしぐらだけどな。別に気にしてねえよ、肩書ばっかで大した腕ない奴と仲良くする気もねえし」


「サセン?」




ザキ様は思えば、いつだって聞けば言いにくいだろうこともあっさりと答えてくれた。

最後の最後でだって私を騙したまま一突きしてしまえば良かっただろうに、自分にとって不利でもちゃんと正直に事実を教えてくれた。


不器用だけど、真っ直ぐで温かくて優しい。

だから傍にいると、それだけで守られてるようなそんな頼りがいのある人。



それは、どうやら生まれ変わっても変わらないらしい。






「ん…」



前世の2人との数少ない思い出を頻繁に夢見るようになって久しい。

この白一面の部屋に来て、もう半年が経っていた。

前世で2人と関わった時間とほとんど同じだけの時間だ。





「はよ、起きたか」


「っ」


「だーから怯えんなって。大丈夫だから」




再会してから、一番多くの時を過ごすのはザキ様だった。

騎士団を統率する立場でありながら、第2王子であるヨキ様の側近でもあるザキ様。

本来ならとても忙しいはずの彼は、なぜか私の専属護衛をしているらしい。

この部屋に来てから、ほとんど毎日と言ってもいいほど彼はこの部屋に常駐している。


私なんかを守るより、もっと守るべき人がいるだろうに。

なんだかそれが申し訳なく、そしてそれ以上に私を焦らせる。

転生してから、ずっとずっと強く体に刻まれている誓いから今の私は正反対にいるから。


そんな私を知ってか知らずか、彼は毎朝寝起き一番の私の額に口づける。

ごつごつとした手で少し乱暴に前髪を上げて、ヨキ様よりも少し強く。





「あ、の…」


「ほら、顔洗って着替えてこい。飯食うだろ」


「あ…」


「…ゆっくりで良いから。寝ぐせ、たってんぞ」




どう言葉を出せばいいのか未だに分からなくてひたすらどもる私に、ザキ様は目を細めてほほ笑む。

こんな穏やかに笑う彼を見るのは、今世になってからだ。


前世と同じ所と違う所。

毎日を過ごすうちに、ひとつずつ気付いていく。


顔を洗ってから、上から腕さえ通せば着られるワンピースを着てドアを開けば、もう見慣れた白の部屋の真ん中にザキ様の姿。




「着替えたな。ん、可愛い」




私の姿を確認するなり、そう頭を撫でるその顔だって見慣れない。

なにより、そういった褒め言葉を滅多に言う人でもなかったから、どうにも慣れない。

結局私は俯くしかなくなってしまう。





「おら、飯食うぞ」




ガシリと私の腰に手を回して、部屋の片隅にあるテーブルに私を導くザキ様。

甲斐甲斐しく世話をして、頬杖つき笑うのを感じるとすごく居心地が悪い。





「あ、の…じっと見られると、その」


「ああ、悪い。そうだよな、ついつい」





…苦しい。

前世ですごくすごく大好きな人だったから、こうして守られているのに拒絶しなければいけない自分が。


自分勝手なのは百も承知の話だ。

けれど、それであの苦い記憶を思い出すたびに、どうしても心がギリギリと悲鳴をあげてしまう。

この環境に流されそうになる自分を叱咤するように。




ちゃんとしなきゃ。

彼らから離れなければ。

いつまでも彼らを縛りつけるのはダメだ。


グッと目を閉じてフォークを握る手に力をいれた。







「また何か考えてんのか、ミリア」


「い、いえ」


「…敬語」


「ご、ごめんなさい」


「あー、悪い。焦った俺が悪かった。だからそんな怯えんなって」






私の一挙一動をじっくり見て反応するザキ様が、内心いつだって心配そうにしていることを私は知っている。

すごくすごく大事にしてもらっていることもすごくすごく感じる。

今だって、何も悪いことをしたわけじゃないのに申し訳なさそうに眉を歪ませて私の様子をうかがっている。


…違う、困らせたい訳じゃない。

私はザキ様にもヨキ様にも幸せになってほしいだけなのに。




何度も何度も体にめぐるそんなやるせない気持ち。

私が彼らに身を任せて、彼らの思うがままに従えば、もしかしたら一時だけでも幸せにできるのかもしれない。

そう思ったことは一度や二度じゃない。

けれど、その度に体も心も大音響でそれを否定する。


私の気が狂ってしまいそうだ。





「ミリア」


「っ」


「俺のことは憎んでもいいから、貯め込むな。何でもいいから吐きだせよ。俺はお前の本心が知りたい、お前のこと全部知りたい」





気付けば、私の横に跪いて私の手を包む込むように触るザキ様。

真っ直ぐな目で、けれど優しく温かく私を見つめているのが分かる。




…さすがに私だって気付いていた。

きっと、ザキ様もヨキ様も前世の記憶を持っている。

私とのあの後味の悪い別れを、彼らも。


だからこそ守ろうとしてくれているのは分かってる。

でも、だからこそ、ダメだと思うんだ。



私はザキ様もヨキ様も憎んでなんていない。

憎もうと思ったことすらない。

今でも純粋に2人に対する気持ちは、感謝と思慕の念だけだ。


それなのに、こんな負の繋がり方はやっぱり歪でおかしい。

ちゃんと断ち切って、本来彼らが得るべき幸せを掴んでほしいのだ。

そうしたらきっと、私も安心できる。



色んなわけのわからない感情に振り回されながらも最終的にたどり着く答えはやっぱりいつも同じで。

自分の中の矛盾する気持ちすら断ち切れない状態で、人との縁を断ち切ることなど無理だと分かっているのに無理やり断ち切ろうとしているのが今の私だ。

だから、苦しい。






「あの…」


「なんだ?」


「外に、出たいです」


「それはダメ。お前逃げようとすっから」


「…」


「悪い、ひどい理不尽なこと強いてんのは分かってる。だが、どうしたってお前がいない生活は無理だ。生きる意味がなくなる。ごめん、ごめんな」




私の手を包むゴツゴツした彼の手。

グッと力が入っているのが分かる。

前世から正義感の強いザキ様のことだ、きっと今も葛藤があるんだろう。

だからこんなに謝る回数が多い。

その度、私の胸もちくちく痛む。




「違う…謝ってほしいわけじゃ、ない」


「…ん」


「違うの、悪いのは…」


「ミリア。悪いのはお前では絶対ねえからな。お前は、何一つ悪くねえ」




この人は、ひたすら優しい。

人の罪まで背負って、それでも皆を包める温かい人。

一緒にいるだけで、何とかなるように感じてしまうくらい頼りがいのある。





「ごめん、ごめんなさい」




こんな時に涙なんて流せば、絶対にこの人が傷つくと分かっているのに。

なのに卑怯にも泣いてしまう自分が、私は嫌いだ。

こんな素敵な人の顔を曇らせてばかりの自分なんて。



ただただ、私の涙を拭って抱きしめてくれる騎士様。

それなのに彼の望み顔ひとつできない自分の存在に、吐き気がした。











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