過去と現在
死後の世界なんて考えたこともなかった。
けれど、命が尽きたってすぐに精神が死ぬわけじゃないと知った。
死んだ後でも私は存在していた。
間違いなく、私はそこにいた。
残念なのは、その時の記憶が酷く曖昧なこと。
それは夢ではないかというくらい、ぼんやりと。
けれど確信をもってそう言えるのは、私の中に渦巻く強い強い想いが今もなお存在しているから。
「どうして!?あたしがいなくなれば、ヨキ様もザキ様も幸せになれるんじゃないの!?」
そう叫んだ記憶がある。
誰にかは分からない。
けれど、それは事実だ。
それだけは分かる。
説明のつかないことだけど、私の中にはしっかりと刻まれたように残っている事実がある。
あの後の2人の人生は、決して幸せなものではなかったと。
何があったのか思い出せないのに、彼らの人生が歪んで最後まで苦しんだことは知っている。
そしてそれには私が関わっていることも。
肝心な部分が思い出せない。
それが今も歯がゆい。
けれど、はっきりと覚えているあの時の心が今も私に命令するんだ。
私の存在は、彼らを苦しめる。
もう同じ場所で、関わり合って生きていくべきではない、と。
住む世界を違えてはいけない。
私はもう、彼らの領域に踏み込むことなど許されない、とも。
強い強い想いとなって、その塊を抱えたまま今世に転生した私。
何の宿命か知らないけれど、生まれた先で2人は全く容姿も名前も肩書も同じまま生きていた。
それこそタイムトリップでもしたんじゃないかと思うほど変りなく。
けれど、今度は真っ黒い色を持って生まれた自分の容姿がその考えを否定する。
今度はどうやら人として生まれたらしい。
そう思ってほっとしたのはつかの間のこと。
記憶を抱えたまま転生したという事実に不安を覚えた時間の方が圧倒的に多かった。
魂が同じなのだとすれば、私が魔王じゃないと言える材料だってなかったから。
髪が黒かろうが、目が黒かろうが、前世の私は魔王だった。
その事実が彼らを苦しめたという過去は消せやしないものだ。
だから、心に誓った。
絶対に彼らに関わることなく、生きて行こうと。
もし私に何らかの前兆が現われたならば、その時こそは1人で静かにこの世を去ろう。
あわよくば、今世は人として静かに生を全うしたい。
一緒にいてはいけない、その空気を感じられる場所にいてはいけない。
ただその一心で、遠くの国へと旅立つことを決めた私。
必死に国境越えのお金を貯めて、最低限の準備が整ったその日のうちに私は旅だった。
これで、もう彼らに会うことはないはず。
ずっとずっと遠くからでも、王族とその最側近の彼らの情報はきっと知ろうと思えば知れる。
遠くからただただひたすら幸せを願っていこう。
そう、思っていた。
のに。
「ミリア、どこへ行くの?君の居場所はそっちにはないよ」
検問でそんな声がかかったのは本当に突然のことだった。
やけに手続きが手間取っているなと思った矢先のこと。
振り返った時のあの衝撃は今も忘れられない。
そこにいたのは、振り切ろうとしていたまさにその人で。
なぜただの街娘でしかなかった私の名前を知っていたのかなんて知らない。
けれど、そこにいた王子様は出会った頃と同じ綺麗な顔で私を見つめていた。
「…囲い込もうとした矢先にこれかよ。危ねえな、ったく」
そのすぐ後ろにいたのはザキ様。
あの時と変わらず、ガリガリと頭を右手でかいて面倒そうに言う。
何が起きているのか訳が分からず、呆然とした私。
こんな事態有り得ない。
一国の王子様と国一番の腕を誇る騎士団長様が、一般以下に貧しい街娘に膝をつくなんて。
なのに、周りを囲む兵士達も検問の職員も誰もそれを止めようとしないのだ。
辺りに群がる一般の民衆たちがザワザワとざわめくだけ。
それはひどく異様な光景。
「本当はもっとじっくり攻める予定だったけど、君が逃げてしまう可能性があるならそんな悠長なこと言ってられないね。どこにもやらないよ、絶対」
「自業自得とは言え拒絶されそうだなあ、こりゃ。だからって逃がす気ねえけど」
そんなことを言って、それぞれ私の手を自分の手に絡める2人。
右手にはヨキ様、左手にザキ様。
直後にそれぞれに熱くて柔らかい感触を感じて、そこでハッと我に返った。
「あ、あの」
「なに、ミリア?」
「ミリア?」
「大変申し上げにくいのですが、おそらくは人違いです。私にはこのようなことをしていただく覚えがございません」
そう告げて離れようと手に力を入れる。
何とか振り切って国境を跨ごう。
国さえ変われば、いくら王族と言えども早々簡単に私を追うことなどできない。
何でこの2人が私の名前を呼んで追っているのか分からないけど、関わり合いになってまたあの過去の記憶を繰り返すのは嫌だ。
そう思ったのに、びっくりするほど両手に絡められた手の力は強かった。
「ダーメ、そうやって逃げようとしたって許さないよ?どこにも行かせない。今の私は君と共に生きるためだけにいるんだから、諦めなさい」
「つーか、ミリアその敬語やめろよ。いらない。距離感じる」
聞く耳持たずの2人。
どうすればいいのか途方にくれる私。
こう着状態をさっさと解いたのはヨキ様とザキ様の方だった。
「とにかく、こんな所にいてはダメだね。帰ろうか。こんな可愛いミリアをこれ以上晒したくない」
「そうですね。それに逃げ道さっさと塞いだ方が良さそうだ、ミリア今にも逃げそうな目してる」
抱きあげられる感覚に焦って、反射的にジタバタと暴れた。
けれど、私を抱き上げていたザキ様はその程度じゃびくともしなくて。
「こら暴れんなミリア。怪我すんだろが」
「…仕方ないね、あまり使いたくはなかったけれど。ミリア、大丈夫だからね、君は何も心配しなくていいんだ」
何かを嗅がされたのまでは覚えている。
そして、気付けば真っ白で広い部屋にいた。
人が変わったように、私をこの場所に閉じ込めることに執着する2人は、こうしてまた私と一緒に過ごすようになった。
「ミリア、どこに意識を向けているの?ダメだよ、私達のことだけ考えてくれなくては」
「まーた逃げることでも考えてたか?無駄だから諦めろって、逃げ道は全部塞いだんだ。どこにもやらねえよ」
一体どうしてこうなったのだろう。
私はただただ今日もそう思いながら、大きく変わった2人に戸惑う日々を続けていた。