表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/21

過去の話2


「ヨキ様は水色でね、ザキ様はオレンジ!」


「待て待て、一体何の話だよ」


「あのね、私のイメージなの。ヨキ様がくれた色の本にね、書いてたの。水色はね、上品で綺麗で淡い色って。オレンジは元気なの」


「はは、そんなことを考えてくれたんだね。嬉しいなあ」


「…なんか俺のイメージって誰に聞いても元気しか言われねえな」


「お、オレンジ、あたたかい!」


「良いっての、無理にフォロー入れんで」


「拗ねたね、ザキ」


「ど、どうしよう!そんなつもりじゃないの。ザキ様大好き!」


「あーもう、泣くな!」




そんな話をした日が、確か楽しい思い出の最後だった気がする。

いつも通り、他愛ない話。


ヨキ様は優しく包容力があって、いつも私の話を笑顔で聞いてくれた。

ザキ様は思ったことを包み隠さず言ってくれた。ぐしゃぐしゃっていつも頭を撫でてくれたのはザキ様だ。


本当に友達のように彼らは接してくれたし、私はだから何一つ隠さず話せた。




「にしても、お前こんな森の中で何食って生きてんだよ。いつ寝んだ?ここら辺は獣も多い、危ねえだろが」


「ザキ、そんな中で彼女を放置状態の私達が言える言葉じゃないよ。けれど、本当にそれは疑問に思ってたことだ。もしよかったら教えてくれないかい?」


「え、寝ないよ?食べないよ?なんで?」



だからそんな人の摂理からはかなりぶっとんだことだってあっさりと喋っていた。

ちょうど、そんな話をしたのもあの日だ。

そして、それが決定打だったことも当時は知らず、笑顔で話していた気がする。




出会ってからどれくらいだったか、正確には分からない。

ただ月が満ちて欠けてまた満ちるまでに、だいたい2回くらい来てくれていた2人が、ちょうど10回目に来てくれた直後だったからやっぱり半年経たないくらいだったんだと思う。




それは、突然だった。

一度来てくれたら次来るまでに間が空くはずだったのに、驚くほど早く彼らが来訪したのは。

たぶん、3日もなかった。





「ヨキ様!ザキ様も!!どうしたの?なになに?」



疑うこともなく純粋にただ喜んでいた私と反対に、彼らの顔はひどく暗い。

いつもみたく「やあ」とも「生きてるかー?」との声もなく、ただただ口を固く結ぶ彼ら。


ただならぬその雰囲気に、私も心なしか緊張する。

2人と話すようになってから初めて感じる、居心地の悪さ。


しばらく沈黙が続いて、口を開いたのはヨキ様だった。





「すまない、本当に、申し訳ない。私のことは憎んでくれて構わない」




そう言って、すらりと取り出したのは鈍く光る刀だ。

「ヨキ様」と声をあげたザキ様を制して、ヨキ様は膝をついて私に頭を垂れる。




「すまない。けれど、事実は変えられない。君をこのままにしては、私は…」


「ヨキ様?な、なんで謝るの?あたし何か悪いことした?やめて」



戸惑う私、刀すら目に入らずヨキ様にかけ出そうとする。

それを止めたのは、ザキ様だった。




「おい、よく聞け。俺達はお前を殺しに来たんだ」


「…え?」


「お前は、魔王だ。人を襲い滅亡させる、人間の天敵」




淀みなく、事実を告げるザキ様。

最後まで潔く不器用に優しかった彼。

そうすることでヨキ様と私の両方を庇ったのだと気付けたのは、死んでからだったけど。





「…最近、ここしばらく存在しなかった魔物が出始めた。この森からははるか遠くでだが、その魔物どもは一様にある方角を目指している。この、森だ」


「ま、もの」


「魔王は赤髪、赤目。そして飲まず食わずで何十年も生きると古くからの言い伝えだ。その分反動で人の魂を捕食しはじめるとも。歴代の書物にそうはっきりと書いてある。この意味、分かるな?」




淡々と、けれど真っ直ぐ目を見てザキ様は言う。

その目に嘘はない。

そして、チラッとヨキ様に視線を移せば、彼も反論することなく私を見ていた。



だから、すとんと自分の中に心が収まったんだと思う。






「…そっか。やっぱり、私は人間じゃ、なかったか」



今更分かり切っていたことを呟いて、寂しく笑う。

事実が分かったのにこうして“人間らしく”なれたのは、間違いなく2人のおかげだ。


だから、あんなに笑って私と友達だと言っていた2人の裏切りとも呼べる行為に、怒りも憎しみも湧かなかった。驚くほど、微塵も。



ただ、悲しかっただけだ。

裏切られたことじゃなくて、自分が2人をこうして苦しめるだけの存在でしかない事実に。





「ヨキ様、ザキ様。2人はどうしてあたしに会いにきてくれたの?」


「だから、殺…」


「んーん、今じゃなくて、初めての時」




自分が生きることは考えてなかった。

ただ、ずっと疑問でしかなかったことを知りたくなっただけ。

そして、その問いに答えてくれたのはヨキ様の方。





「近隣の村から、この森に魔王が住み始めたと言われてね。この件を収めれば、王族として認めてくれるかもしれないと思った。不義の子であろうと、国の役に立てるのだと証明できると…」


「フギの、子?」


「ああ、そうだ。私は本来あってはならない存在だ。だが、それでも私は陛下を…。母上のことだって」




それ以上の言葉は何かをぐっと抑えこんで言葉にならないようだった。

どうやら私には分からないような複雑な理由があるとしか、当時の私には分からなかったけど。





「すまない…っ、私は私欲のために君を利用したんだ。そして酷く残忍な行為を今も行おうとしている、外道も外道だ」


「ヨキ様、謝ったらダメだ。アンタはそれでも国を守ることを選んだ、大勢の未来を守ると。なら迷ったらダメです。それはこいつにも国にも失礼にあたる」





辛そうな2人の声に、思わず耳をふさいでしまう私。

それは、言われたことが辛かったからじゃなく、酷く傷ついた様子の2人の声を聞きたくなかったから。


けれど、そうしたって事態は変わらないのだ。





魔王は人を破滅へと導く敵。

私にその気なんてないけど、でもこの先も何事もなく人を襲わず生きていけるのかと聞かれれば驚くほど“NO”と断言できない自分がいる。


人間の輪から外れた私が、いつ魔王の力に目覚めてしまうか分からないから。

古くから言われている魔王の特徴と合致した自分が、そうじゃないと証明できるものなんて何一つとして持ってなかった。




私を傷つけてきたのは人間だ。

けれど私に幸福をくれたのも人間。

私はどうあがいたって人間にはなれない。


そんな環境下で、私の天秤なんて初めから傾いていた。




ただただ、目の前にいる大事な存在がこれ以上苦しむのが嫌だっただけ。

私がその苦しみを解放できるなら、少しでも役に立つのなら。

そう思った。






「いいよ、ヨキ様ザキ様、私の人生まるごとあげる!」




気付けばそう言っていた。

自分でも驚くほど笑顔で。





「…すまない」



しばらく沈黙が続いた後、顔を思い切り歪ませたのはヨキ様。

初めてみた顔だった。


そして、実際に私に剣を突き立てたのはザキ様の方だ。




痛みは初め、感じなかった。

ただ力が抜けていく感覚と、猛烈な熱さ。





「あり、が…」




そこまで声を出せたのはラッキーだったんだと思う。

そして、そこまで声が出た所で痛みがものすごい勢いでやってくる。

そのまま意識が強引に持っていかれるほど。





記憶が途切れる直前。

私のぼやけた視界に入ったのは、2人の苦しそうな顔。



最後の私の中に残ったのは、そのことに対する悔いだけだ。

強烈に、鮮明に。


私を幸せにしてくれた大事な存在を苦しめるだけの私。

笑顔じゃなく辛い顔でのお別れ。




もう一度、笑った顔、見たかったな。




それが最後の記憶だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ