過去の話1
王子様であるヨキ様、騎士様であるザキ様と初めて出会ったのは、奥深い森の中だった。
異質すぎる髪や目の色のおかげで、散々あちこちの村を追い出された後のこと。
恐れてくれるだけならまだ良い、しかし中には私を魔王の捲属だと襲いかかってくる人までいた。
私に特別な力があったわけでも、特別優れた何かがあったわけでもない。
それでも、それほどに私の見た目は異質だったのだ。
人として生きることは、すぐに諦めた。
そして、こうして人里離れた森の奥の奥に来ても、森の動物達も私に近づこうとしない。
人間だけではなく、生きとし生ける全ての者に嫌われていたのだろう。
そして、森でこのまま飢えて朽ちて行くのだろうと思った私。
けれどそこで初めて、自分の胃がいつまでたっても空腹を訴えないことに気付く。
何も食べなければ人は死ぬと聞いていたのに、私はひと月飲まず食わずでも死なない。
ああ、本当に私は人間ではなかったのだ。
そう思うと酷い孤独感に絶望した。
出会いは、まさにそんな時だったんだ。
「やれやれ、本当にこんな鬱蒼とした森の中にいるとはね」
「おいおい、女がなんでんなボロボロなんだよ。ったく胸糞悪い」
脈絡なく突然耳に届いた声。
なぜこんなところに人が。
そんな思いより何より先に頭に浮かんだのは恐怖心。
あちこちで受けた痛みと叫び声が鮮明に蘇る。
だから、咄嗟に身を翻して更に奥へと駆けてゆく。
けれど、素足で体力もそんなになかった私よりも普段から鍛えていた彼らの方が断然に動きは速くて。
ガッと腕を強く握られた時には、「ひっ」と声をあげてそこら辺に転がっていた棒を投げていたっけ。
そんな私に、腕を握ったままのザキ様は思いっきり眉を寄せていた。
棒きれもいとも簡単に払いのけてしまう。
「落ちつけ、危害加える気ねえから!」
そう怒鳴りつけるように言うから、また肩がビクッと反応する。
それを諌めるよう後ろにいたヨキ様がザキ様の肩を抑えた。
「ザキも落ちつけ。見ろ、すっかり怖がってる」
そう言って、今度は私の方を見て膝をつく。
「すまないね。だが、心配しなくて大丈夫だ。私達は君と友達になるために来たんだよ」
にこりとほほ笑まれることなんて初めてのことだったから、どうすればいいか分からず戸惑う私。
こんな穏やかな声だってかけられたことなかったから。
「…とも、だち?な、なん、で?」
どもりながら訊ねた私に、笑みを深めて彼は口を開く。
「そうした方がお互い幸せだろう?君が私達に対して敵意がないなら、仲良く暮らした方が絶対に楽しい」
「でも」
「うん?」
「あたし、は…バケモノ、だし」
「はは、それは随分可愛らしい化け物だ。なあ、ザキ?」
「全くですよ。こんな小娘やる気になったら片手でも捻りあげられるぜ、つまんねえ」
反応は2人共別々。
けれど、今まで向けられていた感情とは明らかに違うそれに、ひどく衝撃を受けた。
目頭が熱くなって、体中もぼんやりして、そう、自分は泣いているんだと気付くまですらえらく時間がかかったのを今でも覚えている。
2人が何を思って、わざわざあんなに奥深くの森まで訪れたのか、当時の私には全く想像もつかなかった。
けれど孤独なまま死ぬのだと思っていた私にとってはそんなことどうでも良くて。
ただただ、こうして会いに来てくれて優しい声をかけてくれたその事実こそが大事だった。
「う、うええ…」
「…本当に酷いものだ。人間というものが嫌いになりそうだね、全く」
「本当、これのどこが“魔王”なんだか」
どんな事情があったのかも知らない。
けれど、そんなことを言いながら、彼らは何度かあの恐ろしく深く暗い森の中へと足を運んでくれた。
そして他愛のない話をする。
人間の世界の常識とか、よく分からないヨキ様の王族の愚痴とか、ザキ様の力自慢とか。
その事実だけが全て。
誰にも見向きもされず、刃を向け続けられた私にとって何よりも大事だと感じられた時間。
幸せだった。
真っ黒に塗りつぶされた人生が、真っ白に光るようなそんな感覚。
まあ、そんな幸せだって半年と続かなかったわけだけど。