憐れなヒラ騎士の過程
我が国の安全を守る騎士団の長は、昔から神童と呼ばれるほどに強く、その上身分や権力に関わらず公正な人で、とにかく人望厚い人だった。
もちろん国内屈指の武門の出で家柄が良いことも一因なのだが、それにしたって20代で騎士団長に抜擢される人などそうそうない。
つまるところ、そんな団長に憧れて騎士の道を志す野郎共は非常に多いわけで。
俺もその一人だったりする。
当然ながら団長のように天才じゃない俺は、入団試験にすら三度落ちるくらいの凡人なわけだが。
やっと念願の騎士団に入ってからも団長に対する尊敬の念は変わらない。
千年見付からなかった女神様の護衛をしながらも、暇を見付けては様子を見にきて下っぱの俺達に指導してくれたり、話を聞いてくれたり、どんな仕事にも手を抜かない人なのだ。
本当良くできた人だと思う。
「いやいやいや、怖い人だから!」
それなのに、友人のアリアはそんなことを言う。昔馴染みのアリアは、同じく昔馴染みのアリアの姉貴が皇太子殿下の側室になったことで、宮殿仕えの侍女になっていた。
まさか顔見知りが皇族入りするなんて人生何があるか分からない。しかし、その関係でこの宮殿内での知り合いが居るのは有難いことだ。
そんなことはさておき。
「怖いって何が。確かに悪いことすりゃ怒るが、団長は理不尽なことで怒る人じゃねえだろ」
「甘いのー!私、女神様はとてもとてもとーっても大好きで一生お仕えしたいくらい大好きなんだけど、騎士団長様が怖くて近付けないの!!」
「…近付くって、仕事しろよ」
「してるよ!でもせっかく女神様が私と話してくれようとしてるのに、騎士団長様が後ろから威圧するの。女神様と仲良くしないよう殺気立てるの!」
「はあ?」
全くもって何をいってるのか理解出来ない。
こいつがかの女神様の侍女に大抜擢されたことは知っている。初めはこんなどんくさくて正直過ぎる奴で大丈夫なのかと心配していたが、女神様はどうやら優しい気性らしくアリアのことも受け入れて下さったらしい。
そう、アリアは嘘があまり上手じゃない人間だ。そしてその口調から嘘を言っている訳じゃないのも分かる。
分かるが、理解出来ないのだ。
そんなん当然だ、だってそんなアリアみたいな女に怖い思いをさせるような人じゃないんだから。
しかし、アリアの言うことの意味を身をもって体験するのは、それからさして遠くない未来のことだった。
「カイ…って言ったか、お前」
それはアリアとのそんな会話をして一月ほど経った頃の話。
所属する隊の隊長直々に声をかけられたことが発端だ。
「女神様がお前との謁見をご希望らしい。お前何した?良いか、くれぐれも失礼のないようにしろよ」
険しい顔で告げられた事実にしばらく頭が真っ白に飛ぶ。何したって俺は何もしてない。
ただただ突然の出来事に覚悟も何もないまま、引きずられるよう連れていかれたヨキ殿下の後宮。
「団長がお前連れてくるようにって言ったが、本当に心当たりねえのか!?」
「ないっすよ!お、俺知らぬ間に何かしましたか?」
「俺が知るか!」
予想外の事態に隊長と二人気が動転しながらたどり着いたら目的地。
吐き気すら覚える緊張感の中、足を踏み入れ頭を下げる。
団長から許可をいただき、顔を上げれば、目に写ったのは初めて見る髪も目も真っ赤な少女と、明らかに怒った表情の団長。
…な、なんだこれ。胃が痛い。
圧倒的な威圧感を受けながら逃げだしたい気持ちをぐっと抑えていると、女神様の方から直々に声が上がった。
「あ、あの…ご、ごめんなさい!我儘を言って。その、アリアさんから色々話を聞いて、話してみたかったんです」
予想以上にか細い声。
少し怯えたように見つめながら、団長の服の裾を掴む女神様。
その言葉にハッとして、女神様の後ろに控えるアリアを睨む。
アリアは眉を歪ませ「ごめん!!」と口を動かした。
……原因はこいつか。
そう思っていると、今度は隊長から小突かれる。騎士の小突きは地味に痛い。
しかしそれで現状を思い出した俺は咄嗟に声を上げた。
「も、勿体無いお言葉でございます」
「あの、アリアさんと昔馴染みでお友達なんですよね?」
「はい」
「良かったら、私とも友達になってくれませんか?」
「はい!?」
「ご、ごめんなさい。突然こんなこと。その、私もちゃんと向き合わなきゃって思って。 だからその一歩を協力してほしいんです。アリアさんのお友達なら、もしかしたら大丈夫じゃないかって思ったので。突然でご迷惑なのは重々承知ですが」
女神様が何を考えてそう仰ったのかは分からない。
けど、アリアに聞いた通り、優しい気性で色々なことを考えている方なのは分かった。
何かを乗り越えようとしているということも。
尊敬する団長の奥方で、親しいアリアの主で、一生懸命に見える女神様。
「…ありがとうございます。私などでよろしければ」
気付けばそんな言葉が出ていた。
そして、それにホッとしたように笑う女神様。
とんでもないことになったが、何だか心が満たされるような感じだ。
しかし、それに反して女神様の横にいる団長の顔は険しかった。
そりゃ、こんなぺーぺーが女神様の友達なんて可笑しいのは当たり前だ。不安要素しかないだろう。
そう思って、少しでも安心していただこうと姿勢や目で誠実な思いを伝える俺。
それが届いたのか、団長は俺の元まで来て肩をポンと叩いた。
そして手を肩に置いたまま俺の耳元に口を寄せる。
え、肩いてぇ。
「必要以上に近付いたら殺す」
「え…」
一瞬地の這うような声が届いて、骨が割れるほど強く肩を握られる。
訳が分からないまま、しかし明らかに下がった温度にびびってギクシャク顔を上げれば、今にも俺を殺しそうな勢いで睨まれた。
「……御愁傷様」
団長が女神様の傍に戻ったあと、隊長が哀れみに満ちた目でそう囁く。
女神様が関わるととんでもなく鬼畜に成り果てる団長の本性を知って、生きた心地のしない日々を送るのはすぐ後の話。