皇太子の悩みと決意
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主要3人以外の視点で番外編を3、4つほど投稿させていただく予定です。
もしよろしければお付き合いただければ嬉しいです。
私には大層優秀な弟がいる。
笑顔を絶やさず柔和な雰囲気を出しつつも、いざという時には威厳を見せ臣下達を束ねる男。
出るところは出て引くときは引き、然り気無く自分に有利な条件を引き出すその度胸と賢さは国内外を問わず有名な話だ。
正直な話、弟に皇位に対する野心がなくて救われた。奴に野心があったならば、間違いなくこの首跳ねられていただろう。
妾腹どころか、あまり表立って公表できぬ出自の弟。しかしそのようなハンデも吹き飛ばすほどの優秀さに民や臣下のみならず皇族までもが信頼を寄せている。
いずれ帝位を…などと言う声まで上がるほどだ。そしてその提案に納得してしまう程度には私とて現状を理解している。
皇太子としてはいささか情けない話ではあるが。
しかし、当の本人はそのような声を笑って一蹴するのだ。
「そのような話は私には勿体無いことです。私が力を奮えるのは、陛下や兄上あってのこと。私は陛下や兄上を支えることこそ誉れなのです」
皇族として謙虚で綺麗な解答、見事な笑顔。
誰もがそのような弟を称え、慕う。
……本心など別のところにあるなどとは露ほども考えず。
「兄上」
「…ヨキか、なんだ」
「ええ、少し兄上に折り入ってご相談があるのですが」
「………なんだ」
「かの女神様と婚約をしたいのです」
「なんだと…!?」
突然現れ笑顔で無理難題を押し付けるこの男の本性を知る者は少ない。
狡猾で、ある一点にのみ恐ろしく貪欲なこの男は、“見せるべき相手”とそれ以外を巧みに使い分け、周りを固め誰にも有無を言わせないのだ。
今回とて奴が私にするのは相談と言う名の報告だ。口にすると言うことは、すなわち決定事項というわけで。
「 まて、女神殿はご了承なされているのか?」
「ええ、勿論」
「…神子殿は」
「女神様と我々の意思に委ねると仰いましたよ」
「…我々?」
「私とザキです」
「な…っ、そなた皇族でありながら臣下と共に同じ女性と結婚する気か!?」
今回もまた無理難題を吹っ掛けながらこの男は笑顔を絶やさない。
特定の臣下と同じ女性をめとるということは、その臣下の権力を異常に上げかねない。
そうそうあってはならぬことだ。
賢いこの弟がその程度分からぬはずがない。しかし、当然のように微笑み告げるその顔は私からすれば悪魔のようだ。
「兄上?皇族の意に沿わぬと言うならば、私は皇族を辞しても構いませんよ。兄上のご迷惑にはなりません」
「ならぬ!そなたが皇家を辞せば、国が混乱する」
「しかし私は女神様と婚約いたします」
「……手を考えておこう」
「ありがとうございます。ああ、陛下に進言いたしますので、お力添えいただければ幸いです」
「………分かった」
こうして奴は逃げ道を封じる。
この男はこの国での地位や名誉が磐石になるまで私にも本性を見せなかった男だ。
怒らせると恐ろしい。
そもそもが、世の救世主たる女神殿を囲い始めた頃から恐ろしかったのだ。
恐れ多いことに、この地を去ろうとしていたかの方を強引に浚い、後宮奥に軟禁しだしたと聞いた時には頭が痛くなったものだ。
弟と同じく恐ろしく優秀な騎士団長も加担していると言う事態までもが信じられない。
その辺りから、弟はさらに行動を活発化させた。
「皇位?そのようなもの興味ありません、私が興味あるのは女神様だけです。他などどうでも良いのですよ。ですから兄上は帝位にお付き下さいね、私は女神様のことしか考えるつもりはございませんので」
初めて本性を見せて笑った時の奴の顔は今でも忘れられない。
女神殿を囲い、女神殿と共にあることにしか本当に興味の無さそうな男は、その女神殿が快適な暮らしを送れるようになるためだけに様々な策を行った。
外から見れば善行だからこそ達が悪い。
女神殿が気の毒になるほどの執着ぶりだ。
「ミリア、こっちにおいで?怖くないよ、大丈夫。どうしても嫌なら、部屋に戻ろうか」
「だ、ダメです。そんな、我儘」
「ダメじゃないよ、ミリアが良ければ何でも良いもの」
「ダメです!」
そのような経緯があっての初めての顔合わせだ。
そして初めて見た女神殿と共に居る弟の視界には確かに女神殿しか写って居なかった。
見たこともないふやけた顔で、壊れ物を扱うように優しく包み、甘やかす。
一度見ただけで胸焼けを起こすほどの甘ったるさ。しかし、次の瞬間には既婚者の私を含め女神殿以外の者に睨みを聞かせる。
この場に居る者達は、陛下も含め奴の本性を知る者ばかりだ。だからこそ、それに異を唱えられる者など居るはずもなく。
「君達も大変だね…」
女神殿の兄君である神子殿くらいしか呆れた声すら出せない状況だ。
そのような状況下で怯えたように振る舞う女神殿に、どのような苦難があったのか我々には知るよしもない。
しかし我々が一様に彼女に寄せる感情は紛れもなく同情だ。
あの恐ろしい男に恐ろしい執着をされ、しかも我々“本性を知る人間”にとっては生け贄のような存在。
千年現れなかった尊い彼女をそのように扱うことの罪悪感。しかし何を言ったところで自身の保身のために一切の口出しをしない我々にそれを告げる資格などない。
だから願わくば、かの女神殿が少しでも幸福に満ちることを。
歪んでいながらも、国の安定に大きく貢献する弟が穏やかでいられることを。
ただ願いながら、私は国を守っていくしかない。
「初めまして、女神殿。どうぞよろしくお願いいたします」
弟は大層優秀で、大層歪んでいて、様々な意味で私よりもはるか上をいく存在で。
しかし、私はそれを言い訳にすることなく国を守っていこう。
複雑な心情と共に心で誓い女神殿の手を取った。