恋情
「…どうやら僕から何かをする必要はなさそうだね。ただ、僕はミリアを最優先しているからミリアがそれを望まないのならば、君たちの連鎖を解く。選べる時間はもうほとんど残ってはいないけど、よく考えなさい」
お兄ちゃんはそう言って音もなくその場から消えた。
その瞬間全身の力が一気に抜ける。
色々なことがありすぎて、頭が飽和していた。
そんな私に、2人は変わらず手を繋ぎ頭を撫でて慰めをくれる。
大事な人、大好きな人、誰よりも幸せになって欲しい人。
そんな2人を縛る枷を私が生みだしているという罪悪感。
解放しなければいけないと警告する自分の脳。
ガンガンと頭は何かを諭すように鳴っているのに、素直に従えない情けない自分。
自分じゃなくてもいいと、思っていた。
幸せにさえなってくれれば、私はそれで満足だと思っていた。
願うだけしかできなかった自分だけど、本気でそう思っていたことは嘘じゃない。
嘘じゃないのに、どうしても割り切れない自分がいる。
上手く整理のつかないぐじゃぐじゃとしたものが、口から出る代わりに目から涙になって零れる。
「ミリア、言っただろう。私のことだけ考えて?それ以外は本当にどうでもいいんだ私は。もし私の自惚れではなく、君が私達を思って解放しようとしているのならば、お願いだから止めてくれ。解放されたくない、君との繋がりを失っては生きていけない」
私の迷いを振り切るようにヨキ様はそう強く言う。
ひどく優しい声で、諭すように言うヨキ様。
何一つ返事もできないのに、それでも私に手を伸ばし続けてくれる優しい人。
とてもとても綺麗で、包容力のある王子様。
「お前が嫌だっつっても、俺は聞かねえぞ。お前を縛りつけられるもんがあんなら、遠慮なく何だって使わせてもらう。…心が得られなくてもお前が手に入るんなら、他に何もいらねえんだよ俺は」
ヨキ様に続く様に言ったのはザキ様だ。
サバサバしているのに、正義感に溢れていて、人を強く引っ張ってくれる頼もしい人。
強くて温かくて、誰よりも自分を律して他人を守る騎士様。
…いけない。
そう思うのに、それを口に出来ない自分が、この2人の傍にいられる価値があるようにはやっぱり思えない。
なのに、零れる言葉はどうしたって自分勝手に2人を求めてしまう。
「でも、ずっと縛られるんだよ?私のことを嫌になったって、抜け出せなくなる。私、そんな2人を見るのは嫌だ。それなら忘れられた方が良い」
自分本位な言葉。
結局自分のことしか考えられない私。
そう、何だかんだと綺麗事並べた所で、私はただただ自分を守りたいだけだ。
2人を思う気持ちに嘘は無いけれど、それ以上に自分が傷つくのが怖いだけ。
やっぱり私の価値なんてそれくらいのものだ。
けれど、私を強く抱きしめてくれるヨキ様も、手を繋いでそこに口づけるザキ様も、そんな私の言葉を強く否定した。
「どうしてミリアを嫌になるの?千年ずーっとずっと待ち続けていた私が、どうして。むしろ君が私達に嫌気がさす可能性の方が高いのに。君に縛られるよりずっと私は君を縛り続ける気だから、誰にも何にも近づかせたくない。それくらい好きなんだから」
「信用ねえな、本当に。だからそうやって逃げようとしても無駄って言ってんだろ。こっちはむしろもっと拘束されたいんだけど?解放されるなんて冗談じゃねえ、お前野放しになんて誰がするかよアホらしい」
呆れたような顔をしながら、それでも真剣な顔。
往生際の悪い私を叱るように抱きしめてきた2人に、心が折れる音がした気がした。
「ごめんね、私、こんなにダメなのに」
言葉すらまともに出てこない私。
でもちゃんと伝わってくれたのか、耳に届いたのはホッとしたようなそんなため息だった。
「全然ダメじゃない。好きだよ、ミリア。ああ、もう良いよね?解禁だよね?」
「…え?」
「ヨキ様、暴走しないでくれます?」
「うるさい、ザキ。お前の方こそ猛獣のような目をして人のこと言えないだろう」
「うるさいですよ、アンタこそ。必死に抑えてんだから余計なこと言わないでください」
「なぜ抑える必要があるんだ?良いだろう、もう」
「…何も知らないコイツにいきなり襲いかかる気ですか?んなことして怯えられたらどうすんです」
「そんなこと言ってたらいつまでたっても先に進めないだろう、私はいい加減限界なんだけど?」
軽く言い合いを始める2人。
何がなんだかわからず戸惑う私に、2人は楽しそうに笑った。
心の底からの、眩しいくらいの笑顔。
その表情に胸がまたギュッと締め付けられる。
「ミリア、どうしたの胸なんか押さえて。どこか痛い?」
「そ、の…胸がギューって、なるんです。どうすれば、良いの?嫌じゃないけど、分かんないの」
「…ヨキ様前言撤回。無理だ、襲う」
「ザキ、様?」
「こら、そこどけザキ!最初は私だ」
「嫌です、無理です、限界突破です」
それからは、何が何だか。
よく分からない間に、たくさんのはじめてを経験した。
胸が破裂しそうなくらい苦しくて、けれど、確かに感じる温かい感触。
ダメだと思っていた心が一気に溶けて行く感覚。
こんな自分でもいいと、何度も何度も熱く言われると、本当にそんな気すらしてくる。
一体どこで自分の心がここまで傾いたのか分からないけど、胸に広がっていったのは確かな喜び。
溢れるくらいに心が埋まっていって、そこでやっと自分のことを認められる気がした。
私、この2人のことだ大好きなんだ。
今までだって大好きだったけど、それ以上に傍にいたい笑顔を見たいという気持ちが膨らんでいく。
『それが、人を愛すると言うことだよミリア。大事にしなさい』
声が響いた気がした。
いつも私を導いてくれたお兄ちゃんの、そんな声。
その想いをちゃんと伝えることができたのは、2人に求められて求められて何もかも分からなくなった後の、昼過ぎのことだった。