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兄の想い




ザキ様と一緒にいれば、すごく安心する。

ヨキ様の傍にいれば、優しい気持ちになれる。


そんなこと千年前から知っていたこと。

けれど、こうして再び共に過ごしていくうちに、それを改めて実感していた。



そして、最近では2人と触れると体の奥が締め付けられるような感覚がする。

嫌な感覚じゃなくて、けれど落ちつかない感覚で、どうすればいいのか分からない。

初めてのモノはやっぱり私を戸惑わせる。



そんな私をいつも導いてくれるのは、私より先に同じ使命を持って生まれたお兄ちゃんだった。

今回も、それは同じらしい。





「ミリア、元気そうだね。久しぶり」


「お兄ちゃん!」


「ふふ、落ちつきなさい。…後ろの人間達の視線が恐ろしいから」




ある晴れた昼下がりのこと。

唐突に笑顔で現れたお兄ちゃん。


ヨキ様曰く、「ふらっと現れて、突然会わせろって脅された」のだそうだ。

ザキ様曰く、「会わせてくれないなら、無理やりミリアを離す」と言って。


初めから乗り気じゃなかった2人はやっぱり乗り気じゃないようで、少し離れたところから怒ったようにこちらを睨んでいる。





「ごめん、なさい。我儘だったよね」


「君が謝るようなこと一切ないと思うけどね、僕は」


「でも2人怒ってる。私が我儘なこと言ったから」


「いや絶対違う。君に怒っているんじゃなくて、君が懐いている僕が気に食わないんだろうね」


「え?」


「そういうところも少しずつ勉強していきなさい。君にこの先一番必要なことだ」



お兄ちゃんの言葉は私にはまだ分からない。

人間の感情と言うものは私が思っている以上にうんと多様で複雑なのだ。

もともと負の感情をごっそりと削られている私には、お兄ちゃんの言う「怒りの種類」とやらは分からない。

けれど、それをちゃんと理解して否定せず導いてくれるお兄ちゃんだから、傍にいると心が和むのだ。


お兄ちゃんに言わせると、それすら怒りを生む原因になるらしいのだけど。





「今日来た理由は2つほどあってね。ひとつはミリアの状態確認。そしてもう一つは君達2人の意志確認だ」




一通りの挨拶を終えた後、ヨキ様やザキ様も近くに呼んでお兄ちゃんはそう言った。

私の様子を見に来たのは分かったけど、もうひとつの意味が分からなくて私は首を傾げる。


けれど、ヨキ様とザキ様には何の事だか分かっているようで顔色ひとつ変えなかった。

私を挟んで両側に立ち、ジッとお兄ちゃんを見つめている。

そして少しの沈黙の後、口を開く。





「私の意志は変わらないよ。これからもミリアの傍で永劫生きていく、ミリアを守っていく。それ以外の答えはない」


「俺も同じだ。お前にとっては罰なのかもしれんが、俺は今の状態から解放されたいとも思えねえ。…諦める気はねえよ」



強い語気で紡がれた言葉。

お兄ちゃんは2人を交互にじっと見つめ返して、言葉を返した。





「…僕は君たちには感謝しているんだ。千年もの間、決して曲がらず真っ直ぐ僕達を見つめてくれた。ミリアのことを受け入れてくれるような世を作り、ミリアを守る籠をいくつも作った。そしてミリアのいない長い時間の中、幾度も現れて君たちの邪魔ばかりした“魔王”の僕を君達は一切責めなかったね」




お兄ちゃんの言葉に私は息をのむ。

2人が私の為に費やしてくれた千年と、お兄ちゃんの千年。

私はその部分について初めて知ったから。


言葉は続く。




「今や赤髪赤目は神子の象徴だ。魔王の力に目覚めない限り、僕も神の遣い手として大事に護られている。あれだけの強い人間達の想いを変えるのは容易なことではない、それを君たちはやってのけた。僕の想像以上に君達は僕達のことを理解してくれた」





ガクンと膝から力が抜けた。

髪が赤くなってからの私はこの3人以外と会ってはいなかったから知らなかった事実。

お兄ちゃんはこういう場面で嘘を言う人じゃない、だから衝撃的で。


そして千年という長い時間を私のために使ったというその言葉にどうしていいのか分からなくなった。

胸を大きな何かがせり上がる。

そんな強い感情を確かに感じていた。


私を見て、即座に反応を示し心配してくれるヨキ様とザキ様。

私が奪ってしまった多くの時間を、彼らはそれでも受け入れてくれたのだ。


胸を占めるのは、強い罪悪感と強い喜び。

次々に湧いてくる初めての感覚。そんな私に気付いたお兄ちゃんは目を細めてほほ笑んでいた。

私にだけ分かるようにゆるく頷いている。


“大丈夫だよ”とそう言うように。

“それで良いんだ”と言うように。



そして言葉を続けた。




「君達を試すと、僕は言ったね。僕はね、君達に対してもう怒りも憎みもしていない。感謝しているんだ本当に。だから、君たちに与えた“罰”はもう消すべきだと考えている。君たちは解放されるべきだともね。つまり、その長く続いた記憶の連鎖を断ち切るべきだと」




その言葉に今度息をのんだのはヨキ様とザキ様の方だ。

前世の記憶がずっと消えずにいた原因が分かったからなのか、記憶をもう継ぐ必要がないと言われたからなのか、その理由は私には分からない。

けれど、2人からの返答は早かった。





「待ってくれ、まさか私達の記憶を消すつもりか?それだけはやめてくれ、ミリアのことを忘れるなど耐えられない」


「そうだ、やめろ。解放なんざ望んじゃいねえよ。千年待ったんだぞ、それをたった50年ちょっとで断ち切れって?冗談じゃねえ」




その言葉にひどく嬉しくなる自分勝手な私。

お兄ちゃんはそんな私をチラリと見つめてから、返す。




「けれど君たちは記憶を継ぐことでひどく傷ついた。良いのか?いいことばかりじゃないよ。そしてこれ以上記憶を繋ぐということは、すなわち人間の輪から外れると言うこと。初めから千年が限界だったんだ、これ以上私の力の干渉を受ければこの先永劫記憶の連鎖から逃れられず、転生しても転生しても魂の輪廻から解放されない。ヨキはずっと王子として国を守り続けなければいけなくなるし、ザキは永劫防人として危険な戦いに身を投じるリスクを背負い続ける」


「お兄、ちゃん?それ…」


「…ミリアには言ってなかったね。普通人間は死を迎えれば記憶もその身に積んだ経験や傷も浄化して新たな人生を歩むことになる。様々な立場、様々な使命を受けてね。けれどその記憶を繋ぐと言うことは、新たな人生を歩まず魂の輪廻にはまるということ。彼らの外観や立場が千年前と一切変らないのはそういうことだ」





初めて知る事実に、頭が真っ白になった。

予想以上に2人を巻き込んでしまったというその事実を、また認識させられる。

そんな酷なことを2人に強いさせたのは私だ。

とんでもない事実に私の体から血の気が失せる。


けれど、そんな私の思考を引きもどしたのはやっぱり2人だった。





「…あまりミリアを苦しめるようなことは言わないでくれないかな。私は望んでこの状況にいる、人間の輪から外れるくらい大した問題ではない。ミリアを忘れることの方が恐ろしいよ」


そう言って、私の左手を握るヨキ様。



「何度同じ様な人生だって構わねえよ、ミリアの傍にいられるならそれ以外どうでもいい」


そう答えて、私の右手を絡ませるザキ様。






「良いのかい?ミリアは子を成すこともできなければ、感情を理解する速度も遅い。君達が報われない時間の方が多いと思うよ」




お兄ちゃんはそんな状況にも動じずそう聞いた。

私をいつも護ろうとするお兄ちゃん、ヨキ様ザキ様に感謝し解放させようとしているお兄ちゃん。

矛盾した意見を出しながらも、淀みなく言葉を発すお兄ちゃんの心は私には理解しきれない。

けれど、私を想って、この2人を想って、何かを見極めているのは分かった気がした。


そして、そんなお兄ちゃんのことをヨキ様もザキ様も分かっているように見える。

私の手を強く握ってまっすぐお兄ちゃんを見つめる視線が、敵意でも警戒でもなかったから。






「構わないよ、どんなに苦しくたって。ミリアの傍にいるこの瞬間以上に大事なものはないと思えるんだ、今はとてもね」


「俺だって失ってからじゃなきゃ気付けなかった。ミリアの感情が鈍いって言うんならそれは俺らも同じだ。人間とか神だとか、俺にはどうでもいいんだよ。こいつがいるってだけだ、大事なのは」






淀みない答え。

そんなことを言ってもらえる程の価値が自分にあるとは、私はとても思えない。

大きすぎる代償を返してあげられる自信だってない。


なのに、彼らの望みが自分の望みのようにも思えてきて。

気付いたら、握られていたそれぞれの手を強く握り返している自分がいた。



そして、そんな私達を見て、お兄ちゃんは満足したように笑ったのだ。






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