真実2
2話連続投稿です。いつも読んでくださってる皆さま、いつもありがとうございます。
「君は記憶を失っていたって、きっとどこかで覚えていたんだろうね。その証に、君は何も知らないと言うのにあの森にたどり着いた。僕達が、初めて出会った森に」
お兄ちゃんは懐かしむようにそう言う。
私はそれに頷きながら前世の自分を回想した。
あの森は私が生まれた森で、お兄ちゃんに初めて会った森だった。
記憶を失ったままの私は人間達から逃げるように、そしてあの森に導かれるようにたどり着いたのだ。
そして、そこでまたかけがえのない存在との出会いを果たす。
それが、ヨキ様とザキ様。
記憶が戻って色々な思い出が流れる今考えても、やっぱり二千年ある人生で一番に信頼できた人間は彼らだ。
たとえば歪な理由だったとしても、間違いだらけの絆でも、私にとっては何よりの宝だったと今でも思える。
それくらいに特別な存在。
その事実にお兄ちゃんも驚いたんだろう。
彼は一言もそんなことは言わなかったけれど、それは何となく分かった。
「前の君は、僕の中の毒を吸い出そうと無理やりに生を持った。記憶も完全に欠落していたのに本能的にね。けれど、だから君の魂はひどく衰弱していてね、距離が離れていた事もあって僕には君を見つけることが出来なかったんだ。その間に、君は彼らに出会った」
懺悔するように、真実を彼は私に教えてくれる。
同時に私の記憶を補足をするようにも言ってくれていた。
私はありがたく感じながら耳を傾ける。
「同時に僕もこの外見のおかげで自由に身動きが取れなかった。だから君を助けることができなかったというのはもちろん言い訳だ。ごめん」
「…ううん、お兄ちゃんは何も悪くない。私がいけなかった、私は初めから他に任せっぱなしでただただ受け身をとることしかしなかったから」
「そんなことはないさ。君は、人間を好いていた。だから裏切られても裏切られても人間を信じて、役に立とうとし続けた。それは僕にはできないから」
「お兄ちゃん…」
「ひどく衰弱していた君を引きずりだしたのにすぐに救えず、君を窮地に追いやったのは僕だ。そして周りの人間を誤解させたまま、あんな結末になったのも」
声を紡ぐその色は暗い。
何かを吐きだすように続けるお兄ちゃんに私は言葉を失う。
「僕が君のもとにたどり着く前に君は“死んで”しまった。僕が君の居場所に気付いたのは、君の声が聞こえてきたからなんだ。魂だけになっても叫んでいたよ、自分が死ねば彼らが幸せになれるのではなかったのか、と」
その言葉にハッとして、私は息をのんだ。
記憶がぴたりと一致する感覚。
「…私、無知だった。だから安易に自分さえ消えれば…人間の敵がいなくなれば、ヨキ様もザキ様も安心できるって、穏やかに幸せに暮らせるって信じて。けれど、夜が何度明けたって、2人の顔は暗いままだった。そして私がそうだったはずの魔王が…暴走したお兄ちゃんが現れて、2人は尚更苦しむようになった。私は何が何だか分からなくなってしまったの」
「そう、怒りや憎しみ悲しみといった感情をそもそも経験したことのない君はそれに混乱してしまったんだ。そして叫んだ。その声で僕は君の身に何があったのかを知り、君を殺した人間に怒りをもった。感情に耐性のある君が混乱するほどの強い感情だ、僕がそれに惑わないわけがなかった」
「そしてお兄ちゃんがあの森に来た時、私はその姿を久しぶりに見てほんの一瞬だけ記憶が戻った。そう、そうだった。暴走したお兄ちゃんを止めたくて、ヨキ様やザキ様に生きて欲しくて…」
「ただでさえ傷だらけの魂に、肉体がないまま無理やり負の感情を吸いこんで傷を深めた。そうだよ、ミリア。それが真実だ」
結果、私の魂は致命傷を受けた。
千年もの間、肉体を得るどころか意識を保つことすらできないほどに。
いくら感情に鈍く創られたからと言って、何の抵抗もせず自然の流れに何もかも私は任せすぎた。
人間達の記憶は長く続かない、人は慣れれば忘れてしまう。
それをちゃんと理解していたはずなのに、それをただただ黙って許容して抵抗も心配もせずただただ私は毒を吸い込むことだけを考えてしまった。
その結果、お兄ちゃんを長い間悩ませ、人間達を窮地に追いやった。
私に何の責任もないはずがない。
ただただ毒を吸い込めば、それで役目が終了なわけじゃない。
私が人間と似た形をして、人間と同じように創られた理由がそこにはちゃんとあったのに、私は考えることを放棄したのだ。
その結果が、お兄ちゃんをたった独りで千年暴走させ続け、ヨキ様やザキ様に何一つ教えてあげることなくあんなに辛い思いをさせてしまった。
たった半年だったけれど、優しさと温かさがとてもよく伝わる人達だった。
孤独を抱えながらも、何かを守ろうと諦めきれずもがく姿は今思えばどこかお兄ちゃんに似ている。
あの2人と一緒にいると安心できた。
長く長く私が求め続けていた人に出会えた気がした。
周りから酷く浮いた私をどんな理由からだろうと、ちゃんと真正面から受け止めて対等に話をしてくれた初めての人間。
大好きだと、心底思えた。
神に創られる時には制御されなかった正の感情の方が振り切れるほど。
だからこそ、その感情の反動は大きかったのだ。
「…僕から見ても彼らは初めての存在だったよ。君をあそこまで人間らしくさせた初めての存在。だから許せなかった、そこまで君に深くまで入りこんであっさり切り捨てた彼らが」
「お兄ちゃん、あの2人は」
「悩んでいただろうことは知ってるよ。君の存在をないがしろにしたわけではないということもね。けれど結果は同じことだ。結局彼らは君を切り捨て人間の欲を選び取った。その結果、君は未だかつてないほどの傷を負った。僕の声がこんなに長いこと君に届かなかったのは、君が苦しみに苦しんで全てを拒絶していた証だよ」
お兄ちゃんの言うことは事実だ。
私の中には憎しみや怒りや悲しみなんて感情はほとんどなかったはずなのに、私は彼らとの出会いと別れでそういった未知の感情に触れるようになった。
けれどその感情が分からなったし、大事なはずの2人にそれを向けてしまいそうになることに混乱する。
そんな自分や、その時の気持ちそのものを心の底から嫌悪した。
嫌悪なんて感情も持ったことがなかったはずなのに、激しく持ってしまったのだ。
初めて知る得体の知れない感情。
怖かった、そんな自分が。
自分が自分でなくなるような気がして、そしてその気味悪い感覚を大好きな存在にぶつけてしまいそうになる気がして。
「そう。君は自分の中に生まれたそんな人間らしい感情の一切を拒絶した。全てを恐れて拒絶したから、魂が癒えても記憶を戻すことを拒絶し、それを思い起こさせる彼らとの関わりも拒絶したんだ」
そう、それが本心だ。
誰にも知られたくなかった真実。
ヨキ様やザキ様から離れようとした、本当の理由。
ひどく、自分勝手な都合。
「ミリア。僕はね、それでも気付いた。感情の乏しいはずの君の心をそこまで揺らし、君のことをあそこまで深く考えた彼らこそがもしかしたら君にとっての唯一になる存在じゃないかって」
「え…?」
「君を苦しめたことは今でも許せないけれど、彼らはずっと君を理解しようとしてくれた。僕によって無理やり繋ぎ続けられた記憶を決して拒絶せずに、君への想いを形に変えて君を待ち続けた。だから僕は彼らを信用したんだ。色々と僕も酷いことをしたけれど、彼らはそれを責めはしなかった」
一通りの事実が明かされたところで、お兄ちゃんはそう告げて私に全てを教えてくれた。
ヨキ様やザキ様が千年前から何度生を繰り返しても決してあの記憶を忘れなかったのは、お兄ちゃんがそういった術を彼らにかけて試していたからだということ。
2人が、ずっとずっと途方もない時間を私の為に祈り、使ってくれていたこと。
そして、最後に彼は告げる。
「だから、君はちゃんと彼らのもとに戻りなさい。今だって、君の帰りを待っている。心の底から君を想っているのが僕には分かるんだ。君がいるべき場所は、そこだよ」
穏やかな声。
そうすると、意識が一気に一点に向かって引っ張られていく。
この魂のよりどころがあの肉体へと戻るのだと分かった。
だから咄嗟に叫ぶ。
「お兄ちゃん!また会えるよね!?お別れじゃ、ないよね!?」
そうすれば響いたのは笑い声。
「君も物好きだね。大丈夫、ちゃんと会いに行くから。いい子で待ってなさい」
それきり声はもう聞こえなかった。