表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

真実1




私は親の顔を知らない。

けれど、親がどういう存在なのかは分かる。

それは、この世界で唯一の同族である彼が私に教えてくれた。




「お兄、ちゃん」


「はは、そう呼ばれるのは千年ぶりかな。久しぶり、ミリア」




真っ暗な空間。

これは、私がお兄ちゃんと呼ぶ彼の持っている万能な能力のひとつだ。

私達の魂の入れ物である肉体が離れていても、お兄ちゃんの能力で私達は会話ができるのだ。



それは遠く遠くヨキ様やザキ様に出会うよりさらに千年以上前の話。

人間達の願いによって私達は生み出された。

この世界にありとあらゆる生命体を創造した神によって。


そう、神。

人間達が語るほど全知全能なわけではないけれど、この世界の絶対的な地位にいる存在。

無から有を生み出す力をもつ存在だ。


神は自分のように細かな感情を持つ存在が欲しくて、人間を誕生させた。

人間達は小さな体ながら、その豊かな感情や優れた頭脳を駆使して世界を生き抜く。

他のどの種族よりも感情を多く繊細に持つ生命体。


それ故に、人間達に生まれたのは正の感情ばかりではなかった。

悲しみ、怒り、妬み、苦しみ…ありとあらゆる負の感情もまた多く、その上欲も強い。

それらの感情は、同族同士の結束を固めはしたが、反対に多くの火種を作ったのだ。

人間界はそんな負の感情が渦巻き、命が激しく散るような戦が絶えなかったという。


悲しみが増えれば、憎しみも増える。

そんな激情達は時に強い力を発揮し、理性を失い人間達に襲いかかる存在も増える。

後に言われる魔物というものだ。

負の感情は連鎖し、連鎖した負の感情は死を繋げていく。

そんな状態が数百年続いた後、人間達の中にある強い願いがうまれた。



一切の憎しみを断ち切って、穏やかに暮らしたいという願いが。




人間達の強い想いを受けて神が新たに生み出した存在。

それが、私達だ。


いや、正確に言うなら私達ではなく、お兄ちゃん。




「神は人間達の憎しみや悲しみと言った負の感情を神力へと転換させることができる僕と言う存在を生み出した。けれど、誤算が生じた。人間の負の感情があまりに大きすぎたために、僕がその感情に惑わされ暴走したんだ」


「神の力は創造。それはとてつもない力だけど、それでも神には生み出したものを制御する力はなかった。だから、生命体達の願いに応じて叶えられる力を持つ存在を生むことで制御しようとした。生命体の排出物を吸い取り浄化する木々のように…そうだったよね?」


「そう、はっきり思い出してくれて嬉しいよ」



当時を思い出して、確認し合うように言葉を紡ぐ私達。

私の忘れていた事を思い出させるように、彼が自分自身に忘れさせないように。




「元々僕は人間達のことが理解できるように感情面では彼らにかなり近く創られたからね。だからこそ、彼らの負の感情に同調しすぎて引きずられてしまった。そしてその力の転換方法が神力というあまりに強い力だからこそ、一度暴走してしまうと人間がそうそう敵う相手じゃなくなる」


「そんなお兄ちゃんを見た神が、お兄ちゃんの制御役として創ったのが私…」




そう、私はそうして生まれた。

お兄ちゃんが負の感情を吸いこみすぎて暴走しないように。

お兄ちゃんが集めた負の感情や外に溢れる負の感情を吸いこんで人間達の暴走を制御するために。


負の感情に同調しないように、そういった感情は私の中には最小限に留められた。

万が一暴走したって人間でも対抗できるように、力の転換方法は神力ではなく木々と同じく空気の清浄化に変更された。


負の感情というのは、一定以上が留まると色を赤に変える性質がある。

だからこそ、そういう役割を持った私達2人は髪目の色が赤かったのだ。

お兄ちゃんは私より負の感情を吸うことはできないけれど、その代わりに人間達にはない神力がある。

私はそんなお兄ちゃんの感情を鎮め、世界中の負の力を抑え込むことができる。




「初めは人間達も僕達を歓迎してくれた。けれど、やがて人間達はその生活に慣れていった。負の感情が減った生活に慣れれば、それが当然だと思ってしまう」


「仕方ないよ、だって負の感情に振り回された人達がみんないなくなってしまったら、そのことを実感できる人なんていないもの。神話のようにあやふやな認識になってしまうのは必然だよ」


「けれど、僕は許せなかったんだよ。願うだけ願って、そしてそれを一番に叶えている君の存在を周りがないがしろにしだしたのが」



お兄ちゃんが悔しそうな声をあげた。

それを宥めるのは、やっぱり私の役目だ。


時の流れには抗えない。

私達の誕生を願った人達が歳を取り、やがて世代が移り変わり、目の前にあった“体験”は“伝承”に姿を変える。

負の感情に溢れた世代が死んで、その時代を体験する人がいなくなれば、事実は伝承という形でしか伝わらない。伝承と言うものは、それを介する数が多くなるほど信憑性に欠け薄れていくもの。


私達の役割や誕生理由を認識する人々が減るのは当然のことだった。

そして目に見えないものは、信じることがとても困難だ。

負の感情なんて曖昧なものを信じることも、伝えていくことも無理でも仕方ない。



その結果、私達が異端な存在となっていったのは自然な流れだった。

お兄ちゃんにはまだ神力があったから神の遣いとしての説得力があったけれど、そういった目に見える何かを持たなかった私のことを人は次第に忘れて行ったのだ。


何百年という時を越えて、だんだんと私とお兄ちゃんの距離は広まっていった。

お兄ちゃんは抗おうとしてくれたけど、それを宥め流れに身を任せていたのは私だ。

そしてその結果、何度か私は衰弱して死を迎え、制御役の失ったお兄ちゃんは暴走をした。


それが魔王の誕生の秘密であり、真相。




私達は人の願いより生まれた存在。

それ故に、人に寄り添うように人と同じような外見をして、人と同じように歳を取り、人と同じくらいの年月をかけ死んでいく。そうして疲弊した魂を回復し、傷ついた肉体を修復しまた新たに生を受ける。

人間よりは双方強く創られているからこそ、魂はその記憶を紡ぎ肉体もまたその魂を受け入れる。


そうして二千年以上の時を私達は過ごしてきた。

もっとも私はその半分以上を記憶を失った状態で生きてきたわけだけど。


そう、それが私達の歯車が狂った最大の原因。




「神力を持たない君は、人間から隠れる術も、人間に抗う力も、更に言うならそれらを実行できるだけの負の感情もなかった。だからこそ、魔王と化した僕と同じ特徴を持つ君を人間達はこぞって責めた。その結果、ひどく魂を傷つけ記憶が欠損したんだ。それが彼らに会う一つ前の君」


「…そう、だったね。自分の役割も、お兄ちゃんの存在も、私自身のことも、私は忘れてしまった。だからヨキ様やザキ様をあんな目に遭わせてしまった」




前世の私は、自分がどこの誰なのかも知らなかった。

そして魂が傷ついたまま、負の力を浄化しきれていないまま、お兄ちゃんの制御のためだけに無理やり生を受けたため、生まれた時から赤い色を伴って普通の人間よりもさらに貧弱な状態で生きた。



色々なことが重なって、起きた悲劇。

だからこそ、私はあの2人の傍にいることを拒絶したのだ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ