声
自分は人間の敵だ。
転生した先でも、その証は色濃く現れてしまった。
なにをどうやったって、やはり私は人を不幸にするだけの生き物らしい。
「ミリア、飯」
「……」
「ミリア、頼むから飯ぐらい食ってくれ。本当、頼む」
心の整理がつかなくて、寝台に寝込む日が続いた。
どうせ食べ物など食べなくても死ねない体なのだと思うと、食欲は尚更湧かない。
根気よく何度も何度も私の世話を焼き続けるザキ様には本当申し訳ないけれど、どうしても体が拒絶してしまって仕方ない。
やがて諦めたのか、ため息一つ落としてザキ様はそれを片付けて行く。
薄くなった気配にやっと安堵して、身を起こせばジャラジャラと左手首の鎖が音を立てた。
足首の鎖に手の鎖。
扉は幾重にも鍵がかけられ、窓は開きすらしない。
逃げなければと言う思いは日に日に強くなっていくのに、私を縛る枷も日に日に増えて行く。
身動きのできない状況にひどく心が焦る。
もし、私が魔王なのならばこんな鎖引きちぎることくらい訳ないはずだ。
けれど、魔王の力をもし仮に解放してしまったなら、ザキ様やヨキ様を傷つけない自信がない。
どうしてもここから逃げ出したいのに、どう考えても策が浮かばない。
「ちぎれてよ」
焦りはついつい口から言葉となって外へ出る。
強く強く、手首の方がちぎれるほど引っ張っても、その鎖はびくともしなかった。
当然の話だけど。
「こら、何やってんだミリア。手が傷つくから止めろ」
「っ」
「逃げようとすんなっつの。大丈夫だから、怖くねえよ。俺が守るから、ここにいろ」
気付けば、私を抱きこんでザキ様の手が私の手を掴んでいた。
最近のザキ様は私が怯えようと、言葉を無視しようと、かまわず私に触れてくる。
暇さえあれば必ず私に触れられる距離にいるのだ。
困惑はしているけど、それ以上にやっぱり逃げることしか考えられない自分は実はかなり限界に近いのかもしれない。
「ミリア、大丈夫だから思ってること全部吐きだせ。閉じこもんな。俺も一緒に考えさせろよ」
「…」
「…ミリア。頼むから置いてくな、傍にいさせてくれ」
ああ、ザキ様はやっぱり温かい。
こんなに無礼な態度を取り続ける私を、それでも放っておかずに手を伸ばしてくれるから。
「ここから、出して。ここは、私の居場所じゃない」
それなのに、こんな言葉しか私は紡げない。
魔王の名に相応しい外道だ。
「ミリアの居場所はここだよ?ずっとずっと私達の傍だけが居場所。誰にも何にも譲るつもりないんだけどなあ…」
いつの間にいたのか、私に対する返事はヨキ様からされた。
私の真っ赤な気味の悪い髪の毛を丁寧に撫でてから、毛先に口づける。
昔から変わらず、私を蔑むことのない綺麗な人。
「あー、もうミリア不足で体動かない。ザキ早くそこどいてくれる?ミリアに触れてないと気が狂う」
「俺も同じなんですけどねえ?」
「うるさいなあ、お前はいつも四六時中ミリアの傍にいられるんだから良いだろう。私だって全部投げてミリアの傍にだけいたいのに。それなのにお前は身を粉にして働く私にそういう理不尽働くんだな。そうか」
「あーうるさい。分かりましたよ」
ヨキ様は、私に対する態度を変えない。
ここに来る頻度が毎日になったくらいで、他は何も。
笑顔で私に抱きつき、笑顔で言葉を囁き、そして笑顔で私を鎖に繋ぐ。
「あー、落ちつく。ミリア、大好き。愛してるよ」
「…」
「ああ、また手首真っ赤にして。逃げてはいけないよと言ったのに悪い子だね。大丈夫だよ、誰も君を傷つけたりなんてしない」
後ろから包むように私を抱き込んで、私の肩に自分の顔を乗せてヨキ様は声を発する。
体重をかけられているのか、肩から背中がずしりと重たい。
「なん、で…?」
「!うん?なに?」
思わず声が出てしまう。
口を開いて心を見せれば、彼らに負担がかかってしまうとわかるのに、勝手に出てくる。
そんな私の一言に、ヨキ様も、私の手を握り続けていたザキ様も予想以上に勢いよく反応してきた。
言っちゃいけない。
そう思うのに、箍が外れたように言葉が止まらない。
「だっ、て、私は、敵…なのに。消えなきゃ、ダメ、なのに…!」
「敵じゃねえよ。消えんな、お前がいなきゃこっちは息すら吸えねえんだよ」
「ミリア、違うんだよ。君は敵なんかじゃない、君は私達の唯一だ。唯一絶対の存在、だから消えないで?私達を置いていかないで」
そうだ、言えば彼らはこうして私を庇ってくれると分かってる。
そして私は、そんな優しい彼らを踏みにじるような暴言しか吐けないと分かっていたから嫌だった。
抑えが効かないって分かっていたから。
「じゃあ!じゃあ、なんで裏切ったの!?どうして、私があんな目に遭わなきゃいけなかったの!?貴方達だって、他の人間と一緒じゃない!」
自分の中の醜い感情が発露する。
私の存在がとか、大好きな彼らを、とか、都合の良い言葉で自分を誤魔化して自分のそんな醜さに蓋をした。
単純に蓋を開けてみれば、ひどく自分勝手な言葉しかでてこないというのに。
大好きだと言う想いに嘘はない。
憎んだことがないと思うことにも嘘はないのだ。
けれど、どうしたってやるせない思いにはなってしまう。
結局のところ、私は切り捨てられた。
やっと出会えた信じられる大好きな人達にまであっさりと。
もう、何かに期待するのは嫌だ。
それがずっと隠してきたかった私の醜い感情。
『やっと、認めてくれたねミリア』
いつかの夢で聞いた声が流れてきたのはそんな時だった。
『傷が深くて、深すぎて全く触れられなかった君の心にようやく触れられた』
「…あなた」
『もう大丈夫だよ、ミリア。今の君なら思い出せるはずだ、全てを』
その言葉が引き金。
ぐいぐいと強く何かに引き寄せられる感覚。
「ミリア?どうしたの…?ミリア!」
「おい、ミリア?しっかりしろ、おい!」
必死な声が耳には届いていたけど、それ以上に引力には敵わず意識は落ち続ける。
「…!!」
やがて流れてきたのは、懐かしくて辛い真実だった。