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第七章



ルーイン達はあっさりと関所で捕まり、そしてトーラムに護送された。

これが三度目の捕縛である。

ルーイン達が一般人ならば、おそらくその場で追い返されただろう。

だが、ルーインが関所の兵に「なんとかしたと宰相に伝えろ」と、不躾の報告を要求した為にそれを聞いたザルザントが護送を命じたわけなのである。

今、ルーインとネイヴィスはザルザントの屋敷の応接間に居る。

主であるザルザントは、今はここに存在しないが、護送してきた兵士によればすぐに戻ってくるらしかった。

三十分程を待たされただろうか。

屋敷の主であるザルザントがようやく姿を現して来た。

「お前はここに居ろ。私が呼ぶまで入ってくるな」

ザルザントがお付きの兵士に命じ、応接間の中に入って来た。

そして、ルーイン達の正面のソファーに無言で腰をおろし、

「報告を聞こうか」

と、ぶっきらぼうに2人に言った。

「テメェに報告する事なんざねぇな!」

開口一番ルーインがザルザントの胸倉を「ぐい」と掴む。

「な、何をする!?衛兵を呼ぶぞ!」

「呼びたきゃ呼べよ。オレは悪魔だぜ?テメエごと衛兵をぶっ殺し、姿をくらますなんて朝飯前なんだよ。この能無しのタコ助が」

「な、何が目的だ!私の口を封じるのか!殺せと命令されたのか!?」

ルーインの迫力に負けたのだろう。

ザルザントは完全に取り乱し、恐怖に顔を引きつらせていた。

先程までの威厳は消え去り、息を切らせた老人のように「ひぃひぃ」と悲鳴を上げていた。

「そうだ、殺せと命令された。だがテメェの答え次第では、見逃してやってもいいと思ってる」

「ど、どういう事だ…?」

ルーインはここで手を離し、ネイヴィスの顔を「ちらり」と伺った。

ザルザントが「落ちた」という意味合いであり、「ここからはテメェに任せる」というルーインの無言の意思表示だった。

「私達下っ端は理由も聞かされずこき使われる。一体何が起こっているのか知りたいと思う時もあってな。貴様がその好奇心を満たしてくれるというのなら、助けてやってもいいかもしれん。と、私達はそう考えているわけだ」

「わ、わかった。何でも教えよう。な、何を教えれば良い?さぁ聞いてくれ」

ザルザントは脅迫に負け、要求に従う事にしたようだ。

命を助けてもらう為に、もはや完全になりふりを捨てていた。

そこには『国の宰相』の面影は見えず、命の為なら何でも喋る情けない男がいるだけだった。

相手にしたのは人間ではないのだから、これは仕方の無いことだとも言える。

「ではまず一つ目だ。貴様が契約を交わした者の名は?」

ザルザントが悪魔の何者かと契約を交わしているのは明らかだった。

使いの者、と誤解をした時に「契約を守れ」と言った事で、その点に何の疑いもない。

「な、名前は知らん…!だが見た目は80歳くらいの老人だった…背は低く、それに、ローブを着ていた!」

「なるほど」

ネイヴィスはそこで話を区切る。

そして、「心当たりがあるか?」という面持ちで、ザルザントの横に立つルーインを見た。

ルーインはあまり交友が広い方ではなかったが、その容貌に当てはまる人物に一人だけ心当たりがあった。

父の戦友の一人でもある「フィーガー」という名の悪魔である。

勿論見た目が八十歳で、背が低い悪魔など、魔界には数多くいる事だろう。

現時点でそうだと決め付ける事は出来ない。

ルーインはそういう意味も含め、

「契約の見返りとテメェが支払う代償はなんだ?」

と、とりあえずは問題を置き、先の事を聞いたのである。

ザルザントはしばしの間、「これを話していいものか」と、口を開く事を拒んでいたが、ルーインが「おい!」と怒鳴った事で少しずつ口を開いていった。

話せばまずい事になるのだろうが、どうせこのままでは殺される。

ザルザントはそう考えたのである。

「見返りは…カビの種子だ…魔界にしか存在しないというカビの種子を貰ったのだ…」

「それがグリンモールドか…」

ネイヴィスが言い、ルーインが頷く。

「種子を貰った目的は?」

質問したのはネイヴィスだ。

「…国を弱体化させる為だ。カビの胞子を吸った者は自我を失い操られる。これをうまく利用すれば戦に使用できると思った…」

「が、失敗したってわけか」

「っ…そうだ。研究は失敗した。操ろうと企んだが逆にカビに操られた。カビはアウド地方全域に広がり、更なる増殖を見せようとした。だから私は地域を封鎖し、カビを処分しようとしたのだ」

ルーインの頭の中に、冒険者ギルドに貼られたという国から出された依頼がよぎった。

「冒険者ギルドに要請したっていう傭兵募集の依頼もテメェか?」

「ああ、腕利きの傭兵なら秘密裏に解決してくれると思った。だが、彼らの連絡は途絶え、消息は不明になってしまった」

ルーイン達は理解した。

なぜ、あのような場所に手練れの傭兵が居たのかを。

彼らはザルザントからの依頼を受けて、それをこなす為にあの場へ行き、グリンモールドの胞子を吸ってしまって操られる事になったのだ。

「私は焦った。この国がカビにやられる事はいい。だが、解決方法が見つからなければ、祖国にまで被害が広がるのではないかと」

「この国の事はいい…?貴様はこの国の宰相ではないのか?」

言葉の中に疑問を見つけ、ネイヴィスが訝しげな顔で聞いた。

「確かにそうだ…だが私は…」

「私は?」

「……」

「なんなんだ?もう言っちまえよ」

ルーインに急かされてザルザントが重い口を開いた。

「私は…シード国の宰相だが、シード国を滅ぼす為にヴァルタミアから送られて来たのだ」

「なるほど…牢屋の囚人達が言っていたのはそういう事だったのか」

ネイヴィスがルーインに話を振るが、ルーインは全く思い出せなかった。

「あ?囚人?なんのこった?」

と、片眉を上げて疑問顔である。

「居ただろう?私達が牢屋に入れられた時、やたらと絡んで来ていた2人が」

「居たっけ?まぁ、ンな事はどうでもいいだろ。それよりそこじゃなくて、もっと最近に…」

ネイヴィスの主張を軽く流し、ルーインは自身の記憶を辿った。

ヴァルタミア、という言葉に別に覚えがあったのだ。

「…ああ、アレだアレ、あの日記だ!」

ルーインが言って思い出したのは、アウド地方の領主の屋敷に放置されていた日記の事だった。

「テメェ、ビューズって奴に心当たりがあるだろ?」

「…ある」

ルーインが言い、ザルザントが頷く。

ビューズの日記に記されていた「ヴァルタミア人」とは宰相であるザルザントの事を指していた。

つまり、ビューズはザルザントに地位を剥奪された挙句、実験地であるアウド地方に飛ばされたというわけだったのである。

それが国王命令だったのか、それともザルザントの計略だったのか。

ルーインにはそれは分からなかったが、その点は別にどうでもよかった。

「カビを暴走させるというのは最初から予定されていた事だったのか?」

「いや、違う。制御するつもりで研究を開始した。全てが解明した後に、シード国全土にばらまいてそこを攻め取るつもりだった。暴走するとわかっていたら研究を始めさせはしなかった!!」

ネイヴィスの疑問を即座に否定して、ザルザントが一気にそう言い切った。

グリンモールドの暴走はザルザント個人にとってみても、やはりは計画の範疇を出た偶然の出来事だったようだ。

確かにカビをばら撒いて弱体化したシード国に攻め込んでも、制御できなければ自分達がやられるだけで意味は無い。

「なるほどな。まぁそれはいいさ。で、テメェが相手に支払う代償は?」

「近々起こるかもしれないという、天界と魔界の戦争時に魔界の味方をするという事だ。そんなバカげた事になるとは思えないから二つ返事で承諾したよ」

本当に思ってもいないらしく、ザルザントはそう言った後「笑えるだろ?」という顔でルーイン達に笑ってみせた。

思いもよらない内容に、珍しくルーインが神妙な表情になる。

「……バカげた事ならいいんだがな」

それは静かな声だった。

ザルザントと契約を交わした者がフィーガーだとは断定できない。

だがどうやら、天界と戦を起こそうとする何者かが魔界に居る事は確実になった。

ルーインは天界と争う事にはさしたる異論は無かったが、自分がその戦いに巻き込まれるのは御免であった。

「(こいつはなんとかしねぇとな…)」

近いうちに1度魔界に戻り、父であるペコロスにこの事を報告した方がいいだろう、ルーインはそう思っていた。

「では最後の質問だ。アウド地方の霧が晴れないのは一体どういう事なのだ?」

「霧…?霧の事など知らんが…?」

ネイヴィスの質問にザルザントが「一体何の話だ?」と、言わんばかりに目を瞬かせる。

「カビの本体、グリンモールドというのだが、そいつを倒しても霧が晴れんのだ。誰が、何の目的でそうしているのかを知っているのだろう?」

「い、いや、すまないが何の話かわからん。私はカビの種子を貰い、それを土産に宰相になった。そして種子をビューズに渡したが、それ以上の事は何もしていない。信じて欲しいが本当の事だ」

ザルザントはそう言って、最後に更にもう一度「本当なんだ」とネイヴィスに言った。

「ま、多分本当だろ。ここだけ嘘ついてもしゃあねぇしな」

ルーインに言われなくとも、ネイヴィスもそれはわかっていた。

ただ、それが本当だとすると「一体誰が何の為に?」という疑問が残ってしまう為に無言になってしまったのだ。

「これで秘密は全て話した。私の命は助けてくれるな?」

ザルザントがネイヴィスと、ルーインの顔色を伺った。

ルーインはここで「駄目だ」と、冷徹に言ってみたくもあったが、それをするとザルザントが本気で取り乱して衛兵を呼び、厄介な事になるかもしれない。

故にやむをえず「ああ」と言って、ザルザントに不本意ながら安心を与える道を選んだ。

「だが」

と、続けたのは意外にもネイヴィスだ。

「私欲を満たそうとするが故に、関係の無い何人もの人間を巻き込んだ事は事実だ。少しでも罪悪感があるのなら、今の地位を捨てて故国に帰れ。さもなくば今、私が殺す」

ルーインと出会った頃に見せた恐ろしい顔でそう言って、ザルザントを脅すのだった。

「わ、わかりました!必ずそうします…!」

ザルザントはもはや敬語になっていた。

それを承知して、二、三日中に消える事をネイヴィスに誓って約束した。



ルーイン達は結局は、謎を解く事ができなかった。

事件の裏で進められていたザルザント達の計画を潰す事は出来たが、本来の目的であった所の「霧が晴れない理由」を知る事ができなかったのだ。

二人は宰相の屋敷を去って、ミシェナの住んでいるデイルの村へ向かった。

ミシェナの父であるピートの言葉を、娘であるミシェナに伝える為だった。

ルーイン達は予想をしていなかったが、事件の真相の核心部分をその村で知る事になるのである。



デイルの村は牧歌的なのどかな雰囲気の山村だった。

人口は百人程度だろうか。ごくごく小さな集落である。

村の入り口には畑があり、十人程の人間が農作業に勤しんでいた。

その中にはうら若い娘や子供達の姿も見える。

ネイヴィスが道を聞く為に娘の一人に近付くと、他の女や子供達が「キャーキャー」言って騒ぎ立てた。

ルーインはそれを羨み半分、やっかみ半分のまなざしで見ていた。

「あ、それならあっちです。小川の近くの、橋のあたりです」

娘が顔を赤らめながら、ミシェナの家までの道を話す。

「ちぇっ、姉ちゃんのカレシじゃねーのか。つまんねー!」

子供の1人がそう言って、他の女と子供が笑った。

「こらー!なんてこというのあんたは!」

からかわれた娘は更に赤くなり、からかった子供を追って走って行った。

ネイヴィスはその様子を見て、楽しそうに微笑んだ後にルーインの元へと戻って来た。

「なんだ。子供が好きなのか?」

「うん?まぁ嫌いではない。予測がつかんことをいうあたりがな」

ネイヴィスがルーインを先導して歩き出す。

宿を過ぎ、麦畑を過ぎ、商店を過ぎてまた麦畑を過ぎ、ルーイン達はのどかな村をゆっくりと歩き進んで行った。

「珍しいお客さんじゃあ。一体どこから来なすった?」

という、通り過ぎ様に聞いてきた穏やかな老人にはルーインが、

「魔界だ」

とバカ正直に答えたが、冗談だと思った老人は「カカカ」と笑いながら去って行った。

「あれが小川か。橋はどこだ?」

自分達の左手に小川を見つけたネイヴィスが、ミシェナの家を探す為の手がかりになる橋を探した。

「あれじゃねぇか?」

ルーインが指差す先は小川の少し上流だった。

ネイヴィスがそこを見ると、確かに橋らしきものが小さな川に架かっていた。

二人はのんびりとそちらに向かい、橋の近くにあるというミシェナの家らしきものを探した。

そして、橋の向こう側の森の前に建てられている一軒の家を発見したのだ。

「おそらくあの家だろう」

ネイヴィスを先頭にして2人は短い橋を渡った。

家の前には鶏がおり、ルーイン達の周りを囲み「コケコケコケコケ」と鳴いていた。

一歩進むと鶏達は下がり、触ろうとしても触れないなかなか侮れない間合いを取った。

「知り合いに居る鶏顔の素早い悪魔を思い出すぜ」

「よせ。鶏が食べられなくなるだろうが…」

ルーインに向かってそう言った後、ネイヴィスが家のドアを叩いた。

「ハイハーイ」

中から明るい声が聞こえる。それから二秒程が経って、家のドアが開けられた。

「あら…?どなた様?」

家の中から現れたのは30代くらいの女性だった。女性の髪は栗色で、多少年齢を感じるものの、若々しい顔の美人であった。

髪の色が同じである為、ルーイン達は聞かずとも彼女こそが訪ね人のミシェナの母親だろうと理解した。

ミシェナの母は出て来た直後はエプロンで手を拭いていたが、ルーイン達を「ちらり」と見た後に、「ごめんなさいねちょっと待っててね」と、言い残して再び中へと消えた。

「家を間違えたか?」

「いや、どう見ても彼女の母親だろう」

いまいち人間の見分けがつかず、確信がもてない様子のルーインだ。

悪魔は「これでもか!」と言う程の特徴のある者が多いからだろう。

「ごめんなさいねー。もしかして娘のお知り合いかしら?」

そしてミシェナの母親らしき、明るい女性が戻ってくる。

「ええ。娘さんはご在宅ですか?」

答えたのはネイヴィスである。

「ああやっぱり。娘ならホラ、あそこで水を汲んでるわ。偉いでしょうバケツを2つも抱えてるのよ~?男の子として黙っていられないわよねコレは~?」

女性が言って、ルーイン達が渡って来たばかりの橋を指差した。

「別に」

と、即座に言ったのはルーインで、

「あ、ああ、では私達がお手伝いに…」

と、やむなく答えたのがネイヴィスである。

「あらそう!あら悪いわね!お客さんなのにホント悪いわー!ミシェナー!この人達が手伝ってくれるってー!」

ネイヴィスにそう「言わせた」女性が、大きな声でミシェナを呼んだ。

ルーインはと言うと「手伝わねぇっての」と、再度の拒否をアピールしていたが、ネイヴィスに「まぁいいではないか…」と言われ、仕方なしの体で口をつぐんだ。

「何~?何か言った母さ~ん?」

ミシェナは小川にかかる橋のその袂で水汲みをしており、女性の声に気付いた様子で「ひょこり」と可愛らしい顔を出した。

「あ!ネイヴィスさん!」

「!?」

ネイヴィスの名前「のみ」を呼んだ事がルーイン的には不満だった。

だが、自身に「どうでもいい」と言い聞かせ、クールな自分を保つことに成功する。

ネイヴィスとミシェナは歩み寄り、2人の中間地点に於いて何日かぶりの再会を果たす。

「あらーそういう関係なのこれー?」

と、ミシェナの母らしき女性に聞かれたが、ルーインには「さぁな」としか言えなかった。

「おい、ルーイン!何をしている!」

「邪魔しちゃ悪いと思ってよー」

ネイヴィスに呼びつけられた事でルーインはようやくミシェナに近付く。

そして、ネイヴィスと同様に何日かぶりの再会を果たした。

「あ、どうも…です」

「ああ…」

ルーインとミシェナは相変わらず、ぎこちない関係のままだった。

何日かぶりに会ったというのに2人の会話はそれだけで、お互いに目を合わせないよう、横や上を見ている始末。

「お、おい…」

むしろそれを見守っているネイヴィスの方が気まずいくらいだ。

「あー…実はお父君の事で、ルーインから話があるそうなのだ。私はそうだな…その水汲みを代わりにやらせてもらうとしよう」

ネイヴィスがルーインの肩を叩き、橋の袂へと向かって行った。

まるで「嫌な事をルーインに押し付けた」ようにも見えるのだが、ピートの言葉を伝える役目を、ルーインは自分から申し出ていた。

ピートの最期を看取った者は間違いなく自分であり、その言葉を聞いた者も自分しか居なかったからである。

「オレの事を嫌っているのは、まぁ、なんとなくわかってる。だがほんの少しだけ、黙って話を聞いてくれ」

ルーインは横を見たままだったが、その口調はいつものような軽いノリのものではなかった。

それが真面目な話だとミシェナも直感的に理解したのか、ルーインの話す横顔を真剣な面持ちで見つめなおした。

「……親父さんは、死んだ。だが、あんたの親父さんは、オレやネイヴィスや、他の人間の何百もの命を救ってくれた。親父さんの研究がこの国を救ったんだ。悲しむ気持ちはわからなくもないが、親父さんの生き様に誇りに感じるべきだと思うぜ」

ルーインが正面に顔を向けた。

ミシェナは、父がもう生きてはいない事をなんとなく察していたのであろう。

今はうつむいて涙ぐんでいた。

「ごめんよ、ミシェナ、誕生日に帰れなくて」

その言葉に、ミシェナが顔を上げてルーインを見た。

「……これが親父さんの最期の言葉だ。最後まであんたを想ってたんだよ」

ミシェナは声を出して泣いた。嫌いなはずのルーインの胸に顔を埋めながら。



ミシェナは一頻り泣いた後、ルーインに向かって礼を言った。

父の最期を看取ってくれてありがとうございました。と。

ルーインには「すまねぇな…」と謝る事しかできなかった。

「意外に強ぇ娘だったな」

「ああ、幸せになって欲しいものだ」

ミシェナに別れを告げた後、ルーイン達は村を去り、南に向けて歩いていた。

南に何か重要な用件があったというわけでは無い。

南にあるトーラムに行き、今後の行動を模索しようと思っていただけである。

何度も訪れ、その度に捕まった事があったせいか、トーラムの街に何となく変な愛着を感じていたのだ。

村のなだらかな坂を上り、ルーイン達は一本杉が生えた丘へと到達した。

そこで二人は意外な人物とまさかの再会をする事になった。

「久しいな、天使と悪魔。まさかアレを倒せるとは正直思っていなかったぞ」

杉にもたれて立っていたのは、かつての魔王ヘズニングだった。

不気味な黒猫もその足元でルーイン達を「じっ」と見ている。

二人はすぐに間合いを取り直し、戦いの為の気を張り巡らせた。

「現れたなヘズニング!今回は遅れはとらんぞ!!」

ネイヴィスが叫び、惜しむ事無く全ての力を一気に解放する。

頭上には輝く光輪が、背には白い翼が現れる。

前回の失敗で学習した為、今回は最初から全力で行くようだ。

「まぁ待てよ。ネイヴィス。ここはオレに任せてくれ」

そんなネイヴィスの腕を掴み、ルーインが「ニヤニヤ」しながら歩み出る。

「ヘズニングさんよ…あんたの命もここまでだぜ?人間界の片隅で、その黒猫とニャンニャンしていればきっと長生きできたんだろうにな…のこのこと現れた自分の愚かさを後悔しながらあの世にいけや?」

「お、おい…貴様何を言って…」

「さぁゲストのおでましだぜえ!カモーン!魔王ナタックー!!」

そしてネイヴィスの困惑を無視し、今までに無い最高のテンションで、ヘズニングを倒す最終兵器のナタックーの名を呼ぶのである。

「……」

が…

「……あれ?」

一秒、二秒と待ってみてもその場には何の変化も無く、

「おーい……?」

心配になったルーインが悪魔の目を振ってみるも、何の反応も返ってこなかった。

「ふっ…フハハハハハ!!」

その様子を見たヘズニングが声も高らかに大笑いした。

「おい魔王!ナタックー!!聞こえてんだろホントはよぉー!」

「…」

ルーインが口を近づけて、大声で魔王の名前を呼ぶが、悪魔の目からの反応は無く、ネイヴィスの目がより細く、冷たいものになるだけだった。

「面白い奴だ!見てて飽きんぞ!」

「くそっ!いざって時に頼りにならねぇ!」

ルーインが怒鳴り、悪魔の目を地面の上に叩きつけた。

「結局オレらでやるしかねぇのか!」

そして今更に剣を喚んで、戦闘態勢をとるのであった。

「ふっ、そう逸るな。今日は戦いに来たのではない。貴様らが知りたいだろう情報を教えてやろうと思ってな」

ヘズニングが凭れていた一本杉から体を起こした。

「どうだ?聞きたいか?」

無防備に、「すたすた」とヘズニングが2人に近付いてくる。

そして覗き込むようにしてルーイン達の顔を見回した。

ルーインとネイヴィスは警戒は解かず、そのままの態勢で顔を見合わせた。

ヘズニングの行動が理解できないからだ。

「聞きたくないというのなら…」

「いや、そうは言っていない。言ってはいないが貴様は何を…」

「何も企んでなどおらんよ。何ひとつ分かっていない貴様らを救ってやりたいだけさ」

ヘズニングがネイヴィスに言い、そこでまた一笑いした。

笑っただけで、彼の周りにはゆるい風が発生し、周囲の草が舞い上がった。

「言いたい事があるなら言えよ!もったいぶってんじゃねえぞコラ!」

ルーインが強気な理由はヘズニングを恐れているからである。

ルーイン自身はその事には気付いていないようだったが、百戦錬磨のヘズニングにはそれが分かっているようだった。

「そう虚勢を張るな、ボウズ。殺そうと思ったならもう殺している。今日は戦うつもりは無い。わかったなら武器を納めろ」

「…ちっ」

ルーインが舌打ちし、悔しさを感じながら武器を納めた。

今争って勝てる相手では無いとルーインには分かっているのだ。

おそらくイフリートを召喚しても、ヘズニングにはかなわないだろう。

「そっちの天使もだ」

「……」

ネイヴィスも無言で従う。

翼と光輪を消した後に握っていた武器を消した。

悪魔に屈するという屈辱はあったが、それ以上にヘズニングが何を知っているのかに興味があった。

「これで落ち着いて話ができるな」

ヘズニングが杉の木の前まで戻り、そこで「どっか」と腰をおろした。

「貴様らも来い」

と言われ、ルーイン達はしぶしぶ従う。

「座れ」

「なんのバツゲームなんだこりゃあ…」

不満を吐きつつルーインが座る。

ネイヴィスもその後に無言で続いた。

形としてはルーインとヘズニングがあぐらでをかき、ネイヴィスだけが片膝を抱えるようにして座っていた。

「ニャァァァ」

ルーインのあぐらの上にヘズニングの黒猫が侵入し、そこで落ち着いて丸くなった。

「……なんかもう好きにしろよって感じ」

そもそも猫が好きだったのか、それとも投槍になってしまったのか、ルーインの反応は「ぐだぐだ」だった。

猫はちらりとルーインを見た後に、よりいっそう丸くなった。

どうやら「背中を撫でろ」と、無言で要求しているようだった。

「クソがぁぁぁぁぁ…」

ルーインは仕方なくそれを甘受し、下唇を噛みながら右手を動かす。

「霧が晴れない理由だがな」

不意に、ヘズニングが口を開いた。

「!?」

猫のさわり心地に気をとられていたルーインは「ち、ちがっ!和んでなんかいねぇからな!?」という慌てた表情で顔を上げる。

そんなルーインには気付く事無く、ネイヴィスはヘズニングの言葉を待っていた。

「そこの天使、原因はどこにあると思う?」

しかしヘズニングは続きを言わず、ネイヴィスに妙な投げかけをした。

「原因は……やはり人間界だろう」

「ほう?」

「でなければ魔界か……」

ネイヴィスが言い掛けたが、ヘズニングは「ハズレだ」と、その言葉を遮った。

そしてネイヴィスに二の句をつがせないまま、自分の言葉を更に続けた。

それはルーインとネイヴィスにとって、信じられないものであった。


「原因は天界にある」


「なっ…!?」

その言葉にはネイヴィスだけでなく、ルーインも同時に驚きの声を発した。

ネイヴィスに調査を命令したのは天界だ。

そんなはずはない、と、ネイヴィスがすぐにも小さく呟く。

「天候を操作できるのが天界だけだとわかっているのに、なぜその事に気付かない?」

対するヘズニングは冷静な口調で、天候を操る事が出来る事実を上げてネイヴィスを追い詰めた。

「バカな!天界は人間界に悪い意味では干渉しない!大災害が起こった時のみ抑止力として干渉するだけだ!そもそも霧が晴れないようにして天界に何の益があるのだ!」

自らの世界を「犯人」と言われた為、ネイヴィスの反論は凄まじく、座しては居たがヘズニングの胸倉を掴まんばかりの勢いだった。

「カビはどういう場所で増える?」

その勢いを意にも介さず、ヘズニングがネイヴィスに質問をする。

「何…?」

自身の反論を流された為、ネイヴィスの眉根が「ピクリ」と動いた。

「カビはどういう場所で増える?晴天の下の草原か?雪が降りしきる極寒の地か?」

「……湿気……、か」

ネイヴィスが気付き、それを聞いたヘズニングが「ニヤリ」と微笑んだ。

「カビが好むものは湿気だ。霧が立ち込めている場所ならば、さぞや湿気も高いだろう。だが、カビは悪魔に提供されたものだと言っていた。天界がやっているという証拠にはなるまい……」

ネイヴィスが苦悩し、口に手を当てた。

確かに天界は天候に手が出せる。

しかし、人間にカビの種子を提供したのは悪魔のはずで、それを増やす手助けを天界がするとは思えなかった。

「いいか。魔界は天候には手が出せん。地震や噴火ならば起こせるがな。あれだけの霧は天界が何かをしないと発生しない。いや、自然に発生したとしても、あれだけの期間は決して続くまい」

元魔王の言う事だ。魔界が天候に手が出せないのはおそらく本当の事なのだろう。

「いや…しかし…そんな事をして…」

ネイヴィスが呟き、考え込んだ。

ヘズニングの言う事を鵜呑みにしたというわけではない。

しかし「天界が干渉している」と、そう考えれば霧の発生に関して辻褄が合うともネイヴィスは思った。

「良く考えてみるのだな。さて、悪魔。貴様は魔界に戻るのだろう?」

悩ましげなネイヴィスを一瞥した後、ヘズニングが今度はルーインに言った。

「ああ、まぁ近い内にな」

「ならばナタックーに言っておけ。さっさと魔界を統一しろと。その時にはこの俺が貴様を倒し、魔界の全てを再統一するとな…」

ヘズニングはそこまでを言って、おもむろにその場に立ち上がった。

「あんたは何で人間界に居るんだ?」

ルーインが考えの読めないヘズニングに問いかける。

ヘズニングは「ニヤリ」と笑っただけで、その質問には答えなかった。

「ではさらばだ。次に遭う時にはまた敵同士かもな」

「待て!なぜ貴様は…!」

ネイヴィスの言葉を最後まで聞かず、ヘズニングは空間をねじ曲げてその中へと消えて行った。

曲がった空間は黒猫が中に飛び込んだ後に直り、本来の光景へ姿を戻した。

「…やむをえんな。私は一度天界に戻る。貴様はどうする?」

「じゃあオレも戻っとくか。調べてぇ事がいくつかあるしな」

「そうか。ならばここでお別れだな」

ネイヴィスが立ち上がり、遅れてルーインも立ち上がった。

「なんか最後にヘンなことになっちまったが……」

「縁があったら…というのもヘンだが、その時はまた会おう」

ネイヴィスが右手を伸ばし、ライバルであるルーインに握手を求めた。

「今度はいきなり攻撃すんなよ?」

ルーインが嫌味を込めながら、ネイヴィスからの握手に応じる。

「そちらこそ沼には落ちんでもらおう」

「衛兵にゲロを吐かんでもらおう」

「そのことは忘れろっ!!」

二人は握手をしながら笑い、しばらくお互いを罵りあった。

そして握っていた手を離し、それぞれの方法で挨拶した後、別々の世界へと戻っていった。

また、この人間界で再会できる事を祈りつつ。



魔界に戻ったルーインは、久方ぶりに自宅に帰っていた。

時間が昼だという事もあり、父であるペコロスは家におらず、内密の話がしたいルーインは父の帰宅をじりじりと待っていた。

父、ペコロスはその日の夕方、太陽が西に沈みかけた頃ようやく家に帰ってきた。

ルーインは丁度食事をとっており、夕飯を食べる為だろう、ルーインの帰宅に驚いた顔でペコロスは食堂に姿を現した。

「おぉーオンナ…いや、オトコスキーか!いつこっちに帰ってきた?」

「言い直さなくていいんだよ!つうか言い直しても間違ってんじゃねーか!」

「間違っているのはお前の方だ…男はな、女を好きになってこそ…」

「そういう意味じゃねぇっての。……まぁいいや、キリがねぇ。ちょっと長めの話がしてぇんだ。何もねぇなら付き合ってくれ」

ペコロスは最初こそ「一体何の話なのか」と不思議そうにしていたが、ルーインに「どうなんだ?」と結論を急かされ、ルーインの話に付き合う事にする。

「長話なら安楽椅子がええの」

「ああ…そこらへんは好きにしてくれ…」

それはペコロスの小さな我侭で、年も年だと理解をしているルーインはそれに対して理解を示した。

二人は食堂を後にして、階段を上がって書斎に向かう。

そこは屋敷の一番奥で、そして一番高い場所だった。

部屋の主のペコロスを先頭に二人は書斎の中へと入る。

「よっ」と指先から放った魔法によって、ペコロスが部屋に灯りをつけた。

一箇所でも十分に明るい照明は源が魔法力だからこそだ。

その時、「あ」と、ペコロスが何かを思い出した表情になる。

「お前、宝物庫にあった剣を知らんか?」

コレは勿論イフリートの剣の事で、ルーインが知らないわけは無い。

「剣?知らねぇな。ボケてどこかに忘れたんじゃねえのか?」

が、ルーインはペコロスの「ボケ」のせいにしてそれを知らん顔。

「年はとりたくねぇよなマジで」

と、ため息をついて父に呆れ、真相をうやむやにしてしまうのだった。

「そうか…いや、或いはそうかもな…濡れ衣をきせて悪かったの。まぁたいしたものじゃなし、失くしたなら失くしたでそれでええ」

ペコロスはルーインの演技に騙され、犯人であるルーインにむしろ逆に謝る始末。

それを聞いたルーインは、剣を盗んだ後ろめたさよりも、「たいしたものじゃない」と「さらり」と言った父親に対してある意味の背筋の寒さを覚えた。

下剋上はまだまだ無理のようである。

「で、なんの話かな」

安楽椅子に腰掛けながら、息子に向かってペコロスが聞く。

「あ、ああ、そうだったな…わりぃわりぃ」

気分を切り替え、ルーインも若干真剣な表情になる。

「グリンモールドっていう名前は知ってるよな?」

「唐突じゃな」

聞いたペコロスが目を丸くする。

「どうなんだ知ってんのか?」

「そりゃあ、しっとる。4000年前の戦いの折、ワシら魔界軍が使用した生物兵器じゃからなぁ」

その時の事を思い出しているのか、ペコロスが天井を見上げながら言った。

「その、グリンモールドをな、オレは人間界で見たんだ。これはありえる事なのか?」

ルーインが神妙な表情で、父親に質問を投げかけた。

「バカな。それはありえん話じゃ。グリンモールドは滅殺された。天界軍の集中攻撃でな。人間界では生まれんカビじゃし、誰かが魔界から持ち込まん限り人間界で見るわけがない」

それにはペコロスはまずは否定し、その後に「もしありえるのなら」という、可能性の話でルーインに答えた。

「見たんだよ。オレは直に。じゃあ誰かが持ち込むとして、どういう奴なら持ち込めるんだ?その種子さえどっかで見つければ、誰でも向こうに持ち込めるのか?」

ペコロスの否定にめげる事無く、実際に「それ」を見てきたルーインが、真実を知る為になおも食い下がる。

「無理じゃな。自然には発生しとらん。さっきも言ったがアレは兵器じゃ。意図的に作らん限りは生まれんし、作った者が手放したとしても、扱いを知らん者が持てば、数日の内に全滅じゃ」

「なら、どうすれば持ち込めるんだよ」

「まぁ物好きな研究家なら作り方も知っとるじゃろうし、扱い方も心得とるじゃろう」

ペコロスはそこまで言って、安楽椅子を前後に揺らした。

温かみのある木の音が部屋に響く。

こういう様を見ているとペコロスはただの老人で、「本当にイフリートを従属させたのか」と疑いたくなるのも仕方が無い。

「親父の知り合いにはいねぇのか。そういう物好きの研究家は」

「おるな。フィーガーあたりがまさにそれじゃ。グリンモールドを生み出したのも思えばあやつじゃったかなあ」

この情報でルーインは「間違いない」と確信をした。

宰相が話した「契約相手」の人相とも一致している。

グリンモールドの種子を持ち込んだのは、フィーガーと見て間違いないだろう。

おそらくフィーガーは天界との戦を企み、反対している魔王に秘密で腹黒い人間と手を組んだのだ。

「親父」

「うん?」

「フィーガーは戦を企んでるぜ。オウヴァーンの野郎みてぇに直接魔王に言ってるわけじゃねぇ。密かに戦を企んで人間界に干渉してんだ。こういうのは問題があるんじゃねぇか?」

「急にどうした?何を言い出す?」

なぜ、話がそこに行くのか。

それがわからないペコロスが眉を顰めてそう言った。

「まぁ聞けや…」

ルーインは人間界で見た事や、聞いた事を父に教えた。

前置き通り長い話になったが、ペコロスはまじめに聞き取ってくれた。

全てを伝えたその上で、ルーインが特に言いたいのは三点だった。

フィーガーが怪しい事。

天界も何かを企んでいると思われること。

そして、ヘズニングもおそらくは何らかの思惑を持っているということである。

「それが本当の話なら」

息子の話を聞いてから数秒。ペコロスが不意に口を開いた。

「困った事をしたものじゃ。人間界に干渉するのは、天界に干渉する事と意味を同じにしておるからな。天使連中が殺気立って戦の準備を進めんとも限らん」

人間界は天界と魔界の間にある壁である。

自国の「壁」が攻撃されれば、当然その国は警戒をする。

即ち、人間界に干渉するという事は、天界に干渉する事と全く同じ意味を持つのである。

「だろ?ちょっとフィーガーの家に行って説教かましてきてやれよ。親父だったらできるって」

うまく焚きつけることが出来た、と、ルーインが内心で「ケケケ」と笑う。

「うむ…まぁ、説教はともかく、真相を確かめる事くらいはしておこう。詳しい事はわからんからお前にも一応ついてきてもらうぞ」

が、ペコロスから返ってきたのはルーインが予想もしていなかったもので、

「……え?マジで?」

と、思わず聞き返し、

「マジもマジ。大マジじゃ。さあさっさと準備をせんか」

と、やる気満々のペコロスに逃げ場を奪われる結果となってしまう。

「(マジかよクソ!メンドクセー!親父1人で行けっつーの!)」

それがルーインの本音であったが、これを言えば「もしかして嘘か?」と、疑われる事がルーインには分かった。

「そいつが犯人だったら一発頼むぜ?」

故におとなしく命令に従い、ルーインは父に連れられる形でフィーガーの屋敷を訪ねるのである。

ルーインはそこで父親の本当の強さを知る事になる…



フィーガー邸は荒れ果てた荒野の中に建っていた。

周りには枯れた木しかなく、「ごつごつ」とした岩があるだけだった。

夕方に家を出たルーイン達は、その日の十九時頃にそこに到着した。

執事らしき男に中に通され、応接間で主であるフィーガーを待つ。

屋敷の主がやって来たのは時間にして数十秒後の事だった。

「おやおや。これは珍しい…」

頭をフードの中に隠し、体にローブをまとったフィーガーが、ペコロスの姿を見て呟いた。

「せがれも一緒か。何用だ?」

それからルーインの姿を見つけ、意外にも素早い足取りで二人の正面に腰をおろした。

「単刀直入に質問するぞ。フィーガー。お主、人間界に干渉してはおるまいな?」

「ほう?なぜそう思う?」

ペコロスの目を見て、フィーガーが言う。

その目つきは実に鋭く、例えるなら獲物を狙う狡猾な蛇のようだった。

「こやつがな。ワシの息子じゃが、こやつが人間界で見たらしいのよ。グリンモールドの成体をな。アレを最初に創り出したのは確かお主じゃったよな?」

「ハ・ハ・ハ…そうだな。確かにそうだ。グリンモールドは私が創った」

フィーガーが乾いた声で笑い、ペコロスから視線を移し、ルーインの顔を「じろり」と睨んだ。

「なぜ、私が人間界に干渉したと思ったのかね?」

ルーインは一瞬「こいつキモっ!」と思ったが、それは先ず置いておき、フィーガーが犯人だと考えられる理由と情報を話してやった。

「あー、そうかー、もうそこまで分かっているのか。ならば隠し立てしても仕方がないな。そうだ。人間界に干渉した。だが、それが何なのだ?天界が戦を仕掛けてくる事はむしろ望むところではないか。向こうもそれを望んでいるから今回のような事が出来た」

『向こうもそれを望んでいる?』

ペコロスと、ルーインが殆ど同時にそれを聞いた。

「知らんのか?ならば教えてやろう。ヘズニング様を逃がしたのも、晴れない霧をつくりだしたのも全て天界の仕業だよ。奴らは魔界の危険性を天界に広げる為にそうした。魔界はこんな事をしているんだぞ。天界に攻め込んでくるつもりだぞ、とな。私と手を組んでまで奴らは戦がしたかったのよ」

全ての真相を話した後に、フィーガーはまたも「ハ・ハ・ハ」と笑った。

「何故わざわざそんな事をする……?戦争なんて、やろうと思えば簡単におっぱじまるんじゃねぇのか」

ルーインが疑問を口にした。

元々天使と悪魔の仲は悪い。

そこまで回りくどいことをする必要は無いと思ったのだ。

「何を言う。最後の争いから、あまりに時が経ちすぎた。そんなことはなくなってしまったんだよ。お前もそうだ。若い連中は、戦争なんてしたくないのだろうが。若い天使もそれと同じだ。我々とやる気が無いんだろうさ。だから、お互いに深い疑念と、敵対心を抱かせなければならないのだ」

フィーガーはそう言って「ハ・ハ・ハ」と笑った。

「その、向こうで協力した奴らってのは一体誰だ?」

「天界の……一部の天使だな。4000年前の決戦で手痛い目に遭った、最長老クラスの連中だ。魔界全て滅ぼすべしの精神で今までしぶとく生きて来たのだ。私と一旦は手を組んだが、それは……お互いが戦争を始めるまでの話よ」

ルーインの質問にフィーガーは隠さず素直に話した。

「ヘズニングの野郎はあんまりやる気が無いみたいだぜ。人間界でウロウロしてたしな」

「あの方は気まぐれだ。だがナタックー様が魔界を統一すれば、その時には戻ってこられるだろう。ナタックー様を粉砕し、自らが魔王になる為にな。そういう方じゃ」

それを聞いてルーインは、ヘズニングの気持ちが少しだけわかった気がした。

「どうせ潰すなら一番でかいやつ」という、手間を省いた心境である。

それまでは魔界に戻る事無く、人間界や天界に居て、暇つぶしを楽しむつもりなのだろう。

「やれやれ…しかし武闘派のオヌシに気付かれるとは思わなんだな」

フィーガーはそこまでを喋った後に、「さて」と言ってその場に立った。

そして考え込んでいる親子に向かい、

「邪魔立てされると困るのでな。オヌシ達にはここで死んでもらうぞ」

緑色の蛇へと姿を変えて、その場で巨大化しはじめたのである。

「いかん!外に脱出するぞ!」

ルーインとペコロスは外に走り出て、屋敷を破壊しながら巨大化するフィーガーの姿を外から見上げた。

「メキメキ」と、屋敷の柱が折れて、徐々に屋敷が倒壊していく。

そしてフィーガーは最終的に、2階建ての屋敷の屋根に頭が届く程に巨大になった。

ルーインの体ほどもある二股の舌を「チロチロ」と出し、親子の姿を見下ろしている。

「やれやれ、戦友と戦う事になるとはな…ルーイン、お主はさがっておれ」

ペコロスが言って前へ出た。

珍しくルーインを妙な名前で呼んでいない。

これまでにない真剣な声だ。

「お、おい親父!無茶すんなって!」

フィーガーが巨大化した事をみて、ルーインは慌て、動揺していた。

何しろ自分の父であるとはいえ、ペコロスの見た目は「お爺ちゃん」である。

若い頃は強かったのかもしれないが、今は自分より身長も小さく、吹けば飛びそうな軽い老人だ。

巨大なフィーガーに勝てるはずが無い。

「はぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

が。

ルーインが押しのけるよりも早く、ペコロスの体にオーラが集まった。

「!!??」

直後には筋肉で、体がみるみる膨張していく。

「はいぃぃ!?」

圧倒的な闘気の量に、ルーインは口を「あんぐり」とあけるしかない。

ペコロスは「しわしわ」だったその姿から倍程度に膨れ上がり、ルーインと同じかそれ以上の身長へと変化していた。

「ちょっ…おやっ!?はっ?!ええっ!?マジか!?」

ルーインは驚きすぎて、うまく言葉をつむげていなかった。

目は限界まで見開かれている。

ペコロスの着ていた衣服は破れ、露出された上半身にははちきれんばかりの筋肉が漲っている。

その体からは白色の湯気のようなオーラが噴出していた。

「さぁかかってこいフィーガー!」

ペコロスが右手でフィーガーを指差し、心なしか若い声で言った。

体も、声も若々しいが、顔だけは元のままというのがなんだかアンバランスで不気味だった。

「小賢しいわペコロスゥゥー!」

大蛇と化したフィーガーが、その巨大な口を開けてペコロスへと襲い掛かる。

「ふんっ!」

ペコロスはその攻撃を空中に飛び上がる事でかわした。

「はぁぁぁあああ!!」

そして、紅色に輝く光球を連続してフィーガーに叩き込んだ。

「甘い!甘いわぁあ!」

フィーガーは長い尾を使い、光球を全て弾き飛ばす」。

「死ねい!ペコロスぅぅ!」

そして尾を鞭のように使って、ペコロスの体を素早く狙った。

「むううん!」

ペコロスはその尾撃を、かわす事無く両手で掴む。

「お、親父!?アンタオレの親父だよな!?」

屋敷よりも大きい蛇の攻撃を受け止める父親を見て、ルーインはただただ驚愕していた。

「そおおおおりゃあああああ!」

フィーガーの尻尾を握ったままで、ペコロスが空中で回転し始めた。

「ヌワァアア!?」

フィーガーの巨大な体が引かれ、まるで渦に飲まれるように動く。

それでもペコロスは回転することをやめず、最終的にはフィーガーの全てを、遠心力の渦へと入れた。

「離せ!その手を離せペコロス!」

フィーガーの長い体が、ペコロスの周囲をぐるぐる回っている。

「これは夢だ…そうだ…夢だよな…!」

巻き込まれないように注意しながら、ルーインの視線も「ぐるぐる」回る。

「観念せい!これで終わりじゃあ!」

ペコロスはさんざんに振り回した後に、フィーガーを屋敷に向かって投げた。

フィーガーは殆ど真っ直ぐに飛び、己の屋敷の二階にぶつかった。

瓦礫が落ち、煙が巻き上がる。

やがて姿を現したフィーガーは、おそらく気を失ったのだろう、「ぴくり」とも動いていなかった。

「かつてのよしみじゃ。命だけは助けよう」

ペコロスは息一つ乱していなかった。

瓦礫に埋まって倒れるフィーガーを、そこだけ元のままの顔で見つめている。

「…」

ルーインは額の汗をぬぐった。

そして、

「…あ、侮れねェ親父だぜ!」

かつては感じても口にしなかったその言葉を、ついに言葉にしてしまっていた。




フィーガーはこの後にペコロスにより、魔王ナタックーの元へと連れられた。

ペコロスは彼の命を奪わず、主である魔王ナタックーに全ての判断を委ねたのである。

一部始終を聞いた魔王は、「バカモノおぅっ!」と怒鳴ってフィーガーを殴った。

そして、12部屋を突き破って止まったフィーガーに、「少し筋肉をつけてこい」と言って、健康器具の倉庫を兼ねた地下牢に彼を送るのだった。

数十年か、数百年後の、フィーガーの更正とマッチョ化を信じて…


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