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第一章

プロローグ


扉をくぐって外に出ると、辺りには霧が立ち込めていた。

本来ならばさんさんと降り注いでいるはずの陽光も、今は薄暗く翳っている。

「今日はまた格別だなぁ。1mの先さえ見えやしない」

男はそう言って「ハハハ」と笑った。

この地方に霧が良く出る事を彼は知識として知っていたが、これほどの深い霧を見たのは今日が初めての事であった。

男の名はピート・ワイズマンという。

年齢は今年で38歳。

国の研究機関に仕え、微生物やカビ等を研究する事を生業としている。

ピートは今から2ヶ月前までは首都で研究に携わっていたが、突然の人事異動によって、この地へ転勤させられてきた。

娯楽は無く、食事も不味いが、ピートはそこには不満はなかった。

研究はピートの好きな事だし、その事で給料が貰えるのなら、多少食事が不味かろうが、娯楽が無くとも問題は無い。

しかしひとつ、外部への連絡に著しい制限がかかってしまう事には強い不満を感じていた。

制限とはこれ即ち、「局長の許可」というもので、手紙の内容を確認されて、局長が「問題ない」と言えば初めて手紙を出す事が出来る。

が、この局長がイヤな奴で「問題ない」とは中々言わない。

やれ「必要が無い事を書きすぎ」だの、「要約しすぎて犯罪臭がする」、だの、事細かにケチをつけては結局手紙を出させないのだ。

「参ったな」

と、思ったのは新任のピートだけではなかった。

僻地への勤務に連絡は必須。

家族を残してきている研究者も多い。

先任の研究者達も大いに困り、色々と模索を重ねた結果、局長を通さずに連絡できる一つの方法を発見していた。

「ああ、その声はピートさんですね?そこに居てください。僕がそっちに行きますんで」

霧の中から声がした。その姿は今は見えない。

深い、白い霧の中にオレンジ色の点がぼんやりと見えた。

点は徐々に大きくなり、やがてカンテラを下げた少年がピートの前に姿を現した。

オレンジ色の点はどうやらカンテラの灯だったようである。

「やぁおはようジョアン。ホウルの奴はどうしたんだい?」

「ホウルさんは街に行きました。魔物達もこの霧じゃあ巣でゴロゴロしてるだろうって」

「またサボリか。やれやれ、どっちがバイトかわからないな」

ジョアンは年齢15の少年で、近くの街から仕事に来ている言わば雇いの見張りである。

一方のホウルは25才で、こちらは雇い等では無く、国から正規に派遣されているれっきとした兵士であった。

その兵士が任務を放棄し、雇いの少年がサボる事無く真面目に仕事をしているわけで、ホウルに対して呆れを感じるな、というのがむしろ無理な話といえた。

「まぁ…好都合といえば好都合か。ジョアン、毎度の事ですまないんだが」

ちらりと周囲の様子を伺った後、ピートが懐から手紙を出した。

「あ、手紙ですね。分かりました。お預かりします」

それを見たジョアンは槍を置いて、ズボンで右手を拭った後に、ピートからその手紙を受け取った。

「じゃあこれはいつものアレだ」

ピートが続けて出したものは10枚程の銅貨だった。

勿論、手紙の送料にそんな大金がかかることはない。

銅貨の1枚は手紙の送料。残りの9枚はジョアンに対する報酬と口止め料であった。

そう、研究者達が新たに見つけた局長を通さない連絡法とは、古典的かつ実用的。

純真な少年を買収するという卑劣な手段だったのである。

「すみません。ありがとうござい…あっ!」

ジョアンが小さな声をあげて、掌から数枚の銅貨を落とした。

落とした枚数は全部で3枚。その内2枚はすぐに見つかったが、霧の中という事もあり、残り1枚が発見できない。

やむを得ずピートも屈んで探すが、視界の悪さも手伝って発見する事は難しいようだ。

「ん…?あれは?」

そんなピートの視界の先で、何かが一瞬「きらり」と光った。

近寄り、その場で屈んでみるとそこには花が咲いていた。

その花びらは青色で、5つの花びらは星のように外に向かって広がっている。

花びらの先から花弁にかけては金色の線が走っており、これが一瞬光った事でピートの注意を引いたようだった。

「ああ、ブルージェムですね。この地方でしか咲かない花らしいですよ。厳しい環境でも花が咲くとかで一部では人気があるらしいですね」

ピートの肩越しにジョアンが言った。

言葉の通り、この地域では珍しくも無い花なのだろう、ジョアンはすぐに視線を外し、銅貨を探す作業に戻った。

「採っても、問題は無いのかな?」

「え?あ、はい。多分大丈夫だと思います」

ピートの問いにジョアンが答える。

銅貨を探し続けている為、背中越しの返答である。

「なるほど。そういう事なら失礼して」

それを聞いたピートが言って、ブルージェムの花を手折り、その場に立って振り返った。

「ジョアン」

それからピートがジョアンの名を呼ぶ。

「なんですか?」

「面倒をかけてすまないが、これを手紙の中に頼むよ。この銅貨は手間賃という事で」

ジョアンが姿を現した後、更にもう1枚の銅貨を出して、ブルージェムの花と共にピートがジョアンにそれを手渡した。

「娘さんにですか?」

受け取りながらジョアンが聞いた。

「ああ、そろそろ16才だ。誕生日には帰ってやりたいが、おそらく無理な話だろうなぁ」

嬉しいような、困ったような、複雑な顔で笑いながら、ため息まじりにピートがぼやく。

「研究が大詰めなんですか?」

「いや、その逆さ。研究が全然進まないんだ。局長は随分ご立腹でね、休みをくれなんて言おうものなら、内臓を抜かれてホルマリン漬けさ」

「…」

「いや、まぁそれは冗談だが…」

ジョアンが本気にしているようなので、ピートは一応フォローしておいた。

「さて、じゃあ戻るかな。こんな所が見つかったらそれこそ局長から大目玉だ」

「花、きっと娘さん喜びますよ」

「ありがとう」

ジョアンからの声に応え、ピートは洞窟の中に戻って行った。



この洞窟に作られた研究施設から連絡が途絶え、この地方全域が国によって封鎖されたのはそれから一週間後の事であった。



                ~天使と悪魔の調査員~


第一章



その「星」には三つの世界があった。

一に、背に翼を伸ばし、頭上に光輪を掲げている天使達が住んでいるといわれる天界。

二に、地にしっかりと足をつけ、短い一生を生きている人間達が住む人間界。

三に、破壊と無秩序を好み、人間や天使をたぶらかしてはその魂を喰うという悪魔が住んでいるといわれている魔界と呼ばれる世界であった。

三つの世界に住む者達は、別の世界を意識はしていたが、確実に存在している事を知っている者は多くは無かった。

三つの世界は異なる次元に決して交わらずに存在しており、隣家を訪ねるような気安さで行ける場所ではなかったからだ。

そのうちの一つの世界。

人間達が考えている、所謂「地の底の底」に、魔界と呼ばれる世界はあった。

太陽の光が一切届かない不毛の大地が広がる世界。

それが人間達が想像している決め付けられた魔界のイメージだ。

しかし、実際には人間界とあまり変わった所は無い。

夜が5時間程長く、曇りの日が多いという事以外は人間界とほぼ変わらない。

人間達がそれを知れば「イメージと違う…」、或いは「嘘だ!」と、すぐには納得をしない事だろう。

しかし、人間界と比較して決定的に違う所もあった。

それは住人の考え方である。

力こそが正義であり、法だと考える悪魔達は、何をしても最終的に力があればそれで良しと納得してしまう傾向にあるのだ。

例えば食事処に行き、さんざ飲み食いした挙句「金がねーっつってんだヨ!?」と、まさかの逆ギレをしたとしても、店主や店員と戦って、それを倒してしまいさえすれば、「じゃあ仕方ないネ♡」と納得し、それで良しとなってしまうのだ。

人間界ではより強力な力(警備隊等)が出てきて御仕舞いなのだが、魔界の住人は基本的に他人に対して無関心なので、そういうものが今まで無く、放置されるままとなっていた。

力こそが正義。強者こそが彼らの法律であったのである。

だが、近年魔王になった「東の魔王ナタックー」により、魔界の治安が見直され、お仕置き隊という名前の警備隊が街に配備された。

この、お仕置き隊はかなり手強く、また、お仕置き隊に勝ったとしても、魔王が「じゃあワシが」と顔を出す為、「さすがに魔王と戦ってまで…」と考える者が急増した。

そして、「わりに合わない」という観点から魔界の悪行は一気に激減。

結果として真面目に働き、労働の見返りとして金を稼いで素直に代金を払うという不気味な悪魔社会となった。

勿論この政策に反対する者は多く居たが、そこは「力が全て」の世界。

ナタックーの力を恐れつつも、その反面で認めている為に、何も言えないでいたのである。



「子供の誕生日には年の数だけプロティンを飲ませる事だぁ?歯向かう奴がいねえからってまたふざけた法を作りやがって…」

そんな魔王に仕える悪魔、大貴族「ペコロス」の屋敷の一部屋。

そこではペコロスの息子のルーインが「魔界新聞」を読んでいた。

出窓に寄りかかるようにして座り、新聞を読んでいる少年は年の頃なら十六、七才。

髪の色は銀色で、前髪は眉毛の下あたり、後ろ髪は首に届く程度にざっくばらんに伸ばされている。

瞳の色は深い紅色。少々生意気そうではあるが、切れ長の目と口を備えた美の部類に入る少年である。

身長は170cm程度。黒い、皮の衣服を着ており、服の下は裸である為、胸元がかなりセクシーだった。

「ナタックー様ご活躍!河の決壊を身ひとつでおさえる!『筋肉の平和利用を私はいつも考えています。今日、筋肉を利用して河の決壊を抑えられた事はとても有意義な事だったと思います。筋肉は魔界を救う!筋肉は魔界を救うのです!ウィーアーマッスル!ウィーアーマッスル!』って…殆ど病人じゃねえかこいつ…」

嫌悪に満ちた顔で呟き、ルーインが新聞を「けっ」と投げ捨てる。

新聞は空中で「ふっ」と掻き消え、床の上に落ちる事はなかった。

「お前にはわからんだろうな。魔王様の深謀遠慮が」

一方で安楽椅子に座り、暖炉の前でくつろいでいた屋敷の主が呟いた。

彼の名はペコロス。

魔王に仕える悪魔の中でも特に優れた力を持ったかつての「暴虐のペコロス」である。

天界との戦争時には数千の天使を屠ったらしいが、今は安楽椅子が似合う「ただのお爺ちゃん」に成り果てており、息子のルーインからはすでに下克上の対象にさえなりつつあった。

「わからねぇしわかりたくもねぇな。あんなオイルくせぇ魔王の事はよ」

「口を慎め!ゲップリャス!」

穏やかだった表情を変え、ペコロスが怒りの表情で吠えた。

「げ、ゲップリャスって言うんじゃねぇ!俺の名前はルーインだ!」

「それはお前の母親が無理に通した勝手な名前だ。ワシにとってはお前はずっとゲップリャスかオンナスキーだ」

そしらぬ顔でペコロスが言う。

一方のルーインはというと「触れられてはならないものに触れられ、爆発する寸前」といった表情である。

「ふざけるなよクソ親父!変な名前つけようとしやがって!あんたが今生きてられるのは、母さんがルーインっていう名前で押し切ってくれたからだと思え!」

怒りを抑えルーインが言う。

ルーインはこの世に誕生した時、ペコロスによって「ゲップリャス」か「オンナスキー」にされかけており、今は亡き母がルーインの名で押し切ってくれた為にこの名前で今まで生きて来られたのである。

「ヘコッキーも捨てがたかった」

「まとめて捨てろそんなモン!」

植木鉢の中の石を摘み、ルーインがペコロスに向かって投げた。

たかが石でもそのスピードは壁に刺さる程のもので、直撃を受ければ大怪我は間違いないと思われた。

「ミエミエの行動だな」

が、ペコロスは当たる寸前、安楽椅子に座ったままで残像を残してそれをかわした。

そして同じ位置へと戻り、「ハハハ」とルーインを笑うのだった。

「ちっ、強ぇんだか弱ぇんだか全くわからねぇ親父だぜ…」

「ああ、そういえばなゲップリャス」

「…」

「ゲップリャス」

「ああ!?なんだ!さっさと話を続けやがれ!」

もう毎度のことなので、いちいち反論し続けるのも面倒。

だが、やはりおかしな名前で呼ばれるのは我慢がならない。

ルーインは今度こそ本気で石を投げつけようと思ったが、それがかわされたらショックなのでギリギリの所でやめておいた。

「お前の幼馴染の…あー、誰だったかな。ラ、ラ?」

「ラグラスか?」

「そうだ、ラグラス。アレは立派になったなぁ。今年度の人間界への調査員に抜擢されたみたいだぞ」

「へぇ~、あのラグラスがねぇ」

ラグラスとはルーインの幼馴染で、親友「だった」男の事だ。

なぜ過去形かというと、色々、そう色々な出来事が過去にあったからである。



ラグラスとルーインは年が近いという事もあり、幼い頃は2人して毎日のように遊んでいた。

ある日、2人は近くの山にドラゴンが住み着いた事を知った。

それは野性のドラゴンであり、そこを通る者を襲ってはエサにしているという凶暴で危険なドラゴンだった。

よせば良いのに子供の2人は大人に何の断りも無く、肝試しにそこへと足を向ける。

巣の上から様子を伺い、少しでもドラゴンが見えたなら満足して帰る予定だった。

しかし、上から様子を見ても巣の中にドラゴンの姿は無い。

「多分、餌を探しに行ってるんだよ。残念だけど帰ろうよ」

と、ラグラスがそんな事をルーインに言った。

だが、ここまで来て何も見ず、帰る事をルーインはよしとはしなかった。

「巣の中を探検してみようぜ」

ラグラスの提案を不敵に一蹴し、無謀な冒険を続行したのだ。

ラグラスは当然それを嫌がった。

何か嫌な予感がしたのだ。

だが、「ついてきたらこれをやるよ」と差し出されたものに心が奪われた。

それはサラミソーセージだった。

人間界でしか手に入らない大好物を前にして、ラグラスはルーインの誘惑に負けた。

「ソーセージが欲しけりゃ先に降りな!」

そしてなぜか命令的に巣の中へと先に降ろされ、さらに運の悪いことに、足を滑らせて巣の真ん中に転げ落ちてしまったのだ。

彼の不幸はここから始まった。

なんと、巣の中には居ないと思われていたドラゴンが奥で眠っていたのだ。

静かに「そうっ…」と降りることができれば、気づかれる事はなかったかもしれない。

だが、転げ落ちてきた侵入者に気付かない程、ドラゴンの感覚は愚鈍ではなかった。

ドラゴンはすぐに牙を剥いて、一直線にラグラスに飛び掛った。

「すぐに助けを呼んでくる!」

ルーインはラグラスにそう言ったが、実際はそうする事はしなかった。

岩の合間に身を隠し、エキサイティングな見世物を嬉々として観戦しはじめたのだ。

ドラゴンの凶悪な戦闘力と、必死の形相で逃げ惑うラグラス。

その時のルーインにとってこれ以上おもしろい見世物はなかった。

ラグラスは逃げ回り、必死に抵抗していたが、ついには足に噛み付かれ、右足をもぎ取られる事になった。

ラグラスは悲鳴をあげてルーインに助けを求めたが、ルーインは「すげぇ…」と興奮するだけで助けようとはしなかった。

とんでもない話だが、ここは魔界。そしてルーインはそこに住む悪魔。

こういう裏切りは割と普通にそこら中で見られる光景だった。

ドラゴンの攻撃はそれでもやまず、ラグラスは続けて左腕を噛み千切られる事になる。

「さすがにヤベェか…」

と思ったルーインが、助けを呼びに行こうとした時、助けは勝手に現れた。

ラグラスが護身用の呼び子を吹いて、父親に助けを求めたのだ。

ラグラスの父親はすぐに現われ、野性のドラゴンに蹴りを入れた。

そして続けざまにアッパーカット。

痛み云々より「何だこいつは!?」と焦ったドラゴンはその場から後退。

「しゅっしゅっ!しゅっしゅっ!」

と、交互にパンチを繰り出し、こちらを威嚇する男に恐怖してそこから飛翔し去って行った。

ドラゴンの口から逃れたラグラスは、父親の回復魔法によって手足を取り戻す事が出来た。

こうしてラグラスは奇跡的に一命を取り留めたわけである。

ルーインはとりあえず「助けは呼びに行ったんだ!でも、誰も居なかったんだ!周りに誰も!」と、泣いたフリをしておいたが、この事件が決定打となり、二人の友情はここで途絶えた。

トドメをさしたのはこの事件だが、ルーインはこれ以前にも、ラグラスに様々な嫌がらせや悪戯等を仕掛けていた。

ラグラスがキレ、「もう絶好だ!」と走り去ったのも仕方がなかった。



「そうだな…素直に祝福してやるか」

言葉とは裏腹な笑みを浮かべ、ルーインは出窓の台から下りた。

「そういえば天界の刑務所からヘズニング様が脱走したらしい。あの厳重な警戒の「天刑」からどうやって脱出したのかと皆首をかしげていたよ」

ペコロスの言うヘズニングとは悪魔の名前だとルーインは知っていた。

「ふーん」

が、興味が無かったのだろう、父親を一瞥するだけに終わる。

「相方の猫が逃がしたんじゃねーの。黒猫を飼ってたって話じゃねぇか」

「おおそうか。あれも一応悪魔だしな。そうかそうか、そのセンがあったか」

納得した様子の父を置いて、ルーインは部屋の外へ出た。

「おい、ちょっと良いか」

そして召使の女を呼んで、ラグラスを自身の館に招待するよう指示したのである。




ラグラスは幼馴染のルーインに招待され、その館へとやってきていた。

彼は現在、人間界への調査員として出発する日を明後日に控え、それなりに忙しい身分だった。

が、「過去の過ちを償いたい」というルーインからの伝言に興味を持って、誘いに応じてしまったのである。

ラグラスの年齢はルーインと同じく見た目は16、17才。

身長も同じ位(170cm程度)。髪の色は金髪で背中のあたりまで伸ばしている。

顔のつくりに特徴はなく、不細工ではないが美形でもない、平凡と言える顔つきだった。

「はい、アーンして!」

「あーん駄目駄目!そっちじゃなくあたしのを食べてくださいー♡」

そのラグラスは今、美人の悪魔2人に囲まれ酒池肉林と言える接待を受けていた。

もちろん、彼の好物である「サラミソーセージ」もテーブルに所狭しと並べられている。

彼は平凡な顔のせいか、特に目立つことなく生きてきた。

だからこんな美人と話した事も、あまつさえ「アーンして」等と言われた事も生まれて此の方1度もなかった。

「よぉ~し、じゃあふたつとも口に入れちゃうぞ~。ほら、君達の指ごと入れて♡」

故に彼はまさに有頂天。

客観的にそれを見たら少し引いてしまう発言を「さらり」と言ってしまっているのも仕方の無い事なのだろう。

美人悪魔2人はこの時、「正直キモイ」と思ったが、主人であるルーインから接待するように言われているので表面には出さずに優しく笑った。

「指が食べられたら困るからぁ~。あたし、剣に刺しますね♡」

「あ、じゃあ私は槍に刺す~!」

危険なモノに食べ物を刺し、ラグラスの口に入れようとしたのは彼女達なりの抵抗なのだろう。

「ようラグラス。楽しんでくれてるみたいじゃねぇか。招待主としては嬉しいぜ」

そこへ姿を現したのは招待主のルーインだった。

「お前達はもう下がれ」

ルーインのそのひと言で美人悪魔達は部屋から出て行き、残念そうな表情のラグラスとルーインが部屋に残った。

「久しぶりだな」

言いながらルーインがラグラスの正面の椅子に座った。

「ああ、百と数十年ぶ…」

「急に呼び出して悪かった。今日はお前に謝りたくてな」

「ルーイン…あの時の事なら私はもう…」

「すまなかった。ラグラス。俺も本当は怖かったんだ。どうしていいかわからなかった。お前が無事に生きていた事だけがずっと俺の支えだった」

ラグラスの言葉をとことん遮り、一方的に言う事を言ったルーインがそこで頭を下げる。

そんな殊勝な言動に心を動かされてしまったのか、ラグラスはとてつもなく感動し、その瞳を潤ませていた。

実際の所ルーインは「さっさと終わらせて準備に入りたい」と、内心で考えていたわけだから、これは悲劇という他にない。

「私はもう、気にしていないよ。むしろ謝るべきは私だ。君の事を誤解していた。君がそんな事を思っていたなんて今まで考えもしなかった。だから頭を上げてくれ」

ラグラスはルーインに言い、「また、以前のように付き合っていこう」と、いい表情でそう言った。

そして右手を差し出すも、

「ありがとうラグラス…」

と、ルーインは「あくまで」その手を取ろうとしない。

頭を下げたままで言って、ラグラスからは見えない角度で「ニヤリ」と表情を歪ませた。

「(お前は本当に間抜けなヤツだぜ…)」

まさに悪魔、まさに鬼畜。

それがルーインの心の声だった。

「それじゃあ今日はパァーッとやろうぜ!俺達の友情の復活とお前の大出世に乾杯だ!」

「ああ!今日はとことん飲もう!」

ルーインの言葉に応え、ラグラスが輝く笑顔で言った。

それを合図に祝宴が開始され、たくさんの御馳走ととびきりの酒が次々と会場に運ばれてきた。

2人は飲み、そして食べた。

特にラグラスは長年のわだかまりがとけた事に安心したのか、ずいぶんと飲食が進んでいた。

「…で、何をする為に人間界に行くんだ?」

それは2時間が経過した頃、ルーインが尋ねた言葉だった。

「うん?ああ、調査だよ。調査。何か変な事が起こってないか、今の流行はどんなものか、そんな事を調査しに行くんだ。たいした仕事じゃないんだ実は」

さんざん飲み食いした為か、完全にできあがってしまっていたラグラスはあっさりとルーインにそう答える。

「ほう?つまりある程度の報告をしていれば、調査という名目で人間界に居座れるってわけか?」

「そうだな。まぁ、そういう事だ。さぁ堅苦しい話はもういいだろう。飲もう!今日は倒れるまで飲もう!」

ラグラスの勧めには決して応じず、ルーインは何かを考えこんだ。

それから「ちょっと待ってろ」と言い、ルーインはラグラスを1人残し、部屋の外へと出て行ってしまった。

「ハハッ!小便か!情けない奴だ!」

残されたラグラスはそう言って少しの間笑った後、グラスに酒を注ぎ始めた。

ルーインが部屋に戻ってきたのは、グラスに注いだその酒をラグラスが飲み干した直後だった。

ルーインはその両腕に、赤いリボンを巻きつけた巨大な箱を抱えていた。

「さて用済みになった…じゃねぇ、大出世をしたラグラスに親友からのプレゼントだ」

料理が乗ったテーブルの上にその箱を「ドン」と置き、ルーインがラグラスからの反応を待つ。

下敷きになった料理は潰れ、箱の重みで皿が割れたが、ルーインに気にする様子は無かった。

「これは…?」

突然の事態に、それが何なのか理解できないラグラスは目を瞬かせている。

「開けてくれラグラス。つまらないモノだが俺の気持ちだ」

やたらにいい笑顔をつくり、ルーインが箱を「ずい」と押し出す。

「る、ルーイン…君って奴は…」

ラグラスは感動のあまり、涙と鼻水を流していた。

「私はモーレツに感動しているよ…っ!」

そして鼻水をすすりながら赤いリボンを箱から外し、席から立って外側部分を抱えるようにして持ち上げた。

「……ん?」

ラグラスの目が点になった。

箱の中身はミニチュアの不気味な雰囲気の洋館だった。

洋館の周りには墓があり、窓ガラスの内側には数え切れない引っかき傷のようなものが見えた。

そして、洋館の屋根部分には何かを封印するような呪文がびっしりと描かれていた。

「これは…これはまさか…!?」

ラグラスの顔色が「さっ」と変わった。

一瞬にして酔いが覚め、体中の血液が心臓に一気に逆流していた。

「そのまさかだ」

冷酷な顔でルーインが言う。

その言葉より早いか遅いか、洋館の扉が「ぎいっ」と開いた。

「わたしサリー。あなたとずっと一緒に居るわ…あなたが死ぬまで、決して離さない…!」

そして、扉の奥から聞こえる、女が発したものらしいいびつな声が部屋の中に響く。

「こっ、これはサリーちゃんの愛の館!ルーイン!貴様!」

ラグラスがそう叫んだ時には、彼の体は頭から細い線のようになって洋館に吸い込まれ始めていた。

「騙したなルゥゥゥゥイィィィィン!!」

そして断末魔の声を残し、ラグラスは洋館の扉の奥に完全に吸い込まれてしまったのだった。

「オヤジの秘蔵の『館シリーズ』……サリーちゃんの愛の館。こんな所で役に立つとはな…」

洋館の扉が「ばたん」と閉まり、あたりに静寂が訪れた。

「安心しろラグラス。お前の仕事はきっちりと俺が果たしてやるからよ。お前はせいぜいサリーちゃんの機嫌を損ねないように頑張るんだな」

ルーインは不適に微笑み、ミニチュアに箱の外側部分をかぶせた。

それから部屋の外に出て、召使に「後片付けを頼む」と告げて、館の地下、父の宝物庫へと向かうのだった。

人間界へ向かう為の装備と準備を整える為に。


読んでいただいてありがとうございます。

この作品には前バレすると可愛い女の子等は殆ど出ません。

野郎二人が喧嘩をしながら、それでも少しずつ仲良くなりながら事件の真相に近づいていく、という、ある意味でのボーイズラブ的な、女性向けの作品なのかもしれません。

独学でお見苦しい点が多々あったかと思いますが、一応努力は続けていますので、もし良ければこの先もお付き合い頂けるとありがたいです。

また、他作品に「私を魔医者と呼ぶなっ!」という作品も投稿しておりますので、そちらの方も読んでいただけると作者としては幸せであります。

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