◆イザベラ=フルーダ◆
マーシャル王国の王。イ=フルーダ。
彼は勇者の末裔として崇められ、それと同時に並外れた剣術や人柄の良さ、そして人をまとめる事に長けており、まさに人の上に立つべき人間として国王になった。
その娘のイザベラ=フルーダは、王女でありながらミーシャと同じ、レルド=フルーダ学園の一年生として通っている。剣の腕は父親譲りと言ってもいいほど、一年生の中ではずば抜けて強い。見た目も王女に相応しく、銀色のサラサラした髪に十六歳とは思えない膨よかな胸、それでいてどことなく可愛らしさもあり、美しさと可愛らしさを兼ね備えた王女は多くの男達のを虜にした。様々な貴族から求婚を申し込まれるが、王女は恋沙汰に興味無く、そして親バカの国王によって誰も手を付けられないでいた。
一人の男を除いて。
ザリアス帝国の王子エドワード=ザリアス。
彼もイザベラに一目惚れした男の一人で、イザベラにしつこく付きまとっていた。ザリアス家の跡取り息子なので国王も強く断れず、時折マーシャル王国に訪れてはイザベラにアプローチをしてくる。ちなみに年齢は三十歳。
「はぁ、明日またあいつ来るのか」
イザベラはマーシャル城の庭園で素振りをしながら、どうにかしてエドワードを追い払えないか考えていた。
「だけど仮にもアイツはザリアス帝国の王子、私が無理矢理追い払いでもしたら何をするか分からないし………ったく」
エドワードへの怒りを素振りすることでどうにか収める。
「ミーシャは後から来るって言いながら来ないし…、あのバカいつまで素振りやってるんだか。王女との約束を破るなんて、次会ったときどうしてやろうかしら」
レルド=フルーダ学園でイザベラが唯一友達と呼べるのはミーシャだけだった。ミーシャは貴族でも何でもない平民の子で、普通なら平民の子と王女が仲良しなんてあり得ないことだ。
レルド=フルーダ学園には貴族もたくさんいて、私は貴族達が集まるSクラスにいる。だけど同じクラスの子達は私に対して媚びを売ることしかしないし、他の子達は私に遠慮して話し掛けてくれない。そんなとき私を呼び捨てで呼び、一緒に素振りしようと誘ってくれたのがミーシャだった。
他の子達は唖然とミーシャを見ていたが、そんなのお構い無しで私の手を引き、学園の庭に連れ出してくれた。それから私達は仲良しで、今では親友と言っていいだろう。少なくとも私はそう思っている。
「よし、これくらいにしよ。とりあえず明日はエドワードの相手をてきとうにやって、その後、ミーシャを殴ろう」
明日の予定をたて、イザベラは部屋に戻っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ミーシャはゼシュアと一緒に歩きながら、これからどうなるのかと悩みに悩んでいた。
(そう言えば後からイザベラのとこに行くって言ったけど……、今はそれどころじゃないよね)
王女との約束を破るなど、平民の子が決してやってはいけないことだが今は緊急事態だ。この世界を滅ぼす存在が私の隣にいるのだから。
「たしかお前、フルーダ学園で三日後試験があるからその為の練習をしにグレン墓地に来てたんだよな?」
「は、はい。その試験に合格しないと進級が危ないんです……」
ミーシャは先程よりは冷静になっていた。怖くないといえば嘘になるが、歩きながら話をし、ゼシュアが危害を加えないことを信じることができたからだ。
「なんなら俺が見てやろうか?」
予想外の言葉に瞬きを何度もしながらゼシュアを見つめる。
「え?、え?」
「試験は先生に一撃でも木刀を当てることが出来ればいいんだろ?」
「は、はい…。でも先生とても強くて、全部避けられてしまいます」
「なるほど…。なら今素振りしてみろ」
言われるがままその場に立ち止まり、懐の剣を取り出して素振りをする。すると、ゼシュアが後ろに立ち手を前に回してきた。
「ひゃ!!」
思わず情けない声を出してしまうが、ゼシュアが剣の持ち方を、手を掴んで直してくれた。
「基本的には左手の小指・薬指・中指で持つんだ。それで小指は柄の一番端を持ってから…………」
ゼシュアが詳しく持ち方を教えてくれて、頬が赤くなっているのをバレないようにしながら素振りをしてみる。
「え!?……軽い……」
まるで剣が軽くなったかのように楽々素振りが出来るようになった。
「持ち方だけでも変わるだろ?まぁ俺は剣術得意なほうではないから偉そうには言えんがな」
ミーシャは耳を疑った。プラントワームを倒したときに見せた剣さばき。実際見えなかったがあれは国王であるレイ様を超えているんじゃないかと思えるくらい、一瞬でバラバラに切り裂いていた。しかもあれで本気じゃないというのが驚きだ。さすが伝説の魔法使い。それと同時にミーシャにある思いが芽生えた。
(本当にゼシュア様は悪い人なのだろうか)
たしかに数万年前大虐殺をしたのは事実だ。しかし、今優しく剣の持ち方を教えたくれたし、正直悪人には全然見えない。むしろ善人だ。想像していた災悪の魔法使いとは全く違うことで、さらにミーシャは戸惑っていた。そんなミーシャの考えを読んでいたかのようにゼシュアが口を開く。
「俺も自分がなんでこんなことをしているのか分からない…。なんで俺はお前に教えたんだ?長く眠りすぎて頭が狂ったのかな」
ゼシュア本人も少し混乱しているようで、何だか困っているような複雑な表情をしていた。
「まぁこんなこと気にしてても仕方ない。今日は練習するぞ」
「は、はい!」
この日はその場でひたすら剣術の練習をし、マーシャル王国に向かったのは翌日になってからだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ったく、ミーシャなにやってるのかしら」
イザベラはなんとかエドワードの相手をし、門まで送り見送った後、ミーシャが住む寮に行ってみた。しかし、ミーシャは昨日から帰ってきていないらしく、心配になったイザベラはマーシャル王国の門の前でミーシャの帰りを待っていた。
「魔物に襲われたりしてないかな……大丈夫かな……」
一時間程で着くはずなのに、一日経っても来ないということは何かあったに違いない。
深刻な顔をしている王女に掛ける言葉が思い付かなく、門番は只ひたすら心配そうに王女を見つめている。
「貴方がいなくなったら私……」
その時、遠い先から何やら叫び声が聞こえた。
「え?」
しかしここからはまだ遠すぎてよく聞こえないし見えないが、たしかに聞き覚えのあるバカみたいな声が小さく聞こえた。
「………………ぁぁぁぁぁ」
「ミーシャ!?ミーシャ!?」
イザベラも大声で叫ぶがまだよく見えも聞こえもしない。少し時間が経過し、声がはっきりと聞こえ始めた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!早い!早い!」
ミーシャは猛スピードで向かってくる何かの上に乗っていた。
「………なんで……?」
ミーシャが乗っていたもの、それはスコルピオンと呼ばれる上級の魔物だった。三本の尻尾の先にある針には即効性の猛毒があり、触れるだけで即死してしまうかなり危険な魔物だ。そして厄介なのが、物凄く早いこと。上級の魔物の中でも上位のスコルピオンはイザベラでも倒せる自信が無かった。それなのに自分より弱いミーシャが背中に乗っている。
「………………」
訳がわからなすぎて言葉が出てこない。
「あぁ!!!イザベラぁぁぁぁ!!!!やっほーーー!!!!」
なんとかしがみついているようでこっちに手を振ってくる。
「姫様危ないです!!!」
「うわぁぁぁ!!!」
門番がイザベラを避難させようとするが遅かった。もう十メートル程まで来ている。
「ちょ止まりなさいよ!!!!!!」
門番とイザベラが思わず目を瞑る。
ーーーーーしかし何もぶつかってこないので、恐る恐る目を開ける。
「きゃぁ!!!」
少し手を伸ばせば触れられるくらいの距離にスコルピオンの恐ろしい顔があった。
門番共々揃ってしりもちをついてしまう。
「はぁ……はぁ……着いた」
ミーシャがスコルピオンから降りようとして「あっ!!」と言いながら地面に落ちてしまった。ゼシュアは華麗に着地を決める。
二人を無事送り届けたスコルピオンは、ゼシュアにお辞儀をしているように顔を低く下げ、猛スピードで帰っていった。
「いてててて……げほっ!げほっ!ちょ、砂埃……」
ゼシュア以外の三人はスコルピオンが帰っていったときに舞った砂埃で咳き込んでいる。ようやく砂埃が無くなったところでミーシャが口を開いた。
「イザベラー!!!」
急に抱き付いてくるミーシャに戸惑ったが、それを無理矢理離し今の説明を求めた。
「ミーシャ!?今の上位の魔物よね!!一体どういうこと!?何で貴方が乗ってたの!?ってかそこの黒マントは誰!?」
最後のイザベラの言葉にミーシャ顔が真っ青になる。そしてゆっくりゼシュアの方を振り向き様子を伺うが、手で「気にしてない」と合図したので、それを見てホッとした。
「えっとねイザベラ。簡単に説明すると……」
ミーシャは言葉通り、昨日と今日の出来事の要点だけをイザベラに話した。もちろんゼシュア=ディザスターだと言うことは話してない。
「なるほどね………つまり……
一・グレン墓地に素振りをしに行く。
二・魔物に襲われたとこをシュアに助けられる。
三・剣術をシュアから教えてもらう。
四・また魔物に襲われるが、シュアが倒す。
五・その魔物がシュアの言うことを聞くようになる。
六・その魔物に乗って無事到着!!
………、ってことでいいのよね?」
「さすがイザベラ!そういうこと!」
イザベラは頭を抱えた。全く何をこの子はやってるんだか、それとこのシュアって男…。
「シュア?私の友達を助けてくれてありがとう。それにしてもスコルピオンを手懐けるってあんた何者?」
「…………、人に名前を聞くときは自分から名乗るんだな」
その言葉に門番とイザベラは驚いた。まさか王女であるイザベラを知らぬ者がいるとは思わなかったからだ。
「貴様!!王女に向かってなんだその口の聞き方は!!」
怒る門番を大慌てでミーシャが止める。
「私を知らないの?いいわ…。私はマーシャル王国の王女、イザベラ=フルーダよ」
少し胸を張って言うがゼシュアから出た言葉は「へぇ…」それだけだった。
「ちょ、それだけ!?もっと驚くとか無いの?」
今まで出会った男は皆イザベラの虜になっていた。別にそれを自慢したいわけじゃないが、ここまで自分に無関心な男は初めてでなんだか変な感じがする。
「俺はシュアだ………以上」
それだけ言ってイザベラの横を通りすぎ、マーシャル王国に入っていく。慌てて止めようとする門番をイザベラが止めた。
「いいのですか!?あのような怪しい奴を入れるなんて…」
「いいわ。ミーシャを助けたのは事実みたいだから悪い奴ではないんでしょう。それと…………あんな私に無関心な男は初めて」
イザベラはゼシュアに少し興味を持っていた。
「ちょ!!シュア様!?」
側にいないと何をするか不安なので、ゼシュアの後を慌ててミーシャが追いかける。そのミーシャの後をイザベラが追いかけた。
「ちょ!!王女様!?」
門番は一人寂しく自分の仕事に戻ることにした。