◆ゼシュアとミーシャ◆
―――――――ゼシュア・ディザスター。
この世界にいてその名を知らぬ者はいないだろう。数万年前の戦争。いや、世界中を相手にたった一人で大虐殺を成した災悪の魔法使い。伝説としてそれは絵本にもなっており、小さい頃母親に読んでもらった記憶がある。子供の時は勇者が負けるはずない、と嘆いていた記憶も懐かしい。魔王や勇者ですら虫けらの様に殺してしまう存在。驚くことにゼシュア=ディザスターは当時、私の一個上の十七歳であるということだった。
小さい頃ゼシュア=ディザスター役を幼馴染みが、私は勇者役でよく遊んだものだ。
大虐殺の後、突如姿を消したとされているがその真実は誰も知らない。そしてこの大虐殺の後、世界中の力を持った者が殺されたことで世界は荒れ果てた。それから長い年月を経て、ザリアス家やレイ=フルーダ様等のおかげで、また国がしっかりと成り立ち今のような現状になり得たということだ。
問題は今目の前にいる少年。彼は自分をゼシュア=ディザスターだと名乗った。普段なら「あんた頭大丈夫!?」と罵っているところだが、今さっき起こった事を思い返すと罵ることなんで絶対出来ない。
ゼシュア=ディザスターが突如姿を消したとされているこのグレン墓地。その真下、地中深くからプラントワームによって謎の白い棺桶が地上に放り投げなれた。その中から出てきたこの少年。何か見覚えがあるなと思っていたが――――――――思い出した。昔読んで貰った絵本に出てくる真っ白なマントを羽織った少年。ゼシュア=ディザスターに似ていたのだと。そして先程プラントワームをバラバラにした二本の真っ黒な剣。それも絵本の中でゼシュア=ディザスターが手にしていた。その伝説の剣を探そうと旅に出た冒険者も少なくはない。
私は自分で言うのもなんだが、余り良くない頭で今の出来事を整理するとこういうことになる。彼は本物のゼシュア=ディザスターだと。
「ん?何を青ざめているのだ?」
彼の言葉に思わず「ひぃ!!」と情けない言葉を口にしてしまう。
「まさか………俺を知ってるのか?」
―――――――殺される。
彼は道を阻む者はどんな者でも容赦しないとされていた。私なんて息をするのよりも容易く殺してしまうだろう。そして彼は今複雑な表情をしている。機嫌を損ねてしまったのだろうか……。もしそうなら私はもちろんのこと、マーシャル王国まで滅ぼされてしまうのではないかと様々な予測が頭の中を駆け巡った。
「何故知ってるんだ?数万年前の事だろ?」
「あ……そ、その……このグレン墓地で起こった事が絵本になっていて……ぜ、ゼシュア様の事も書いており、知らない者はいないかと………」
「なるほど」とゼシュアは理解したように頭の中を整理し始める。
「それなら……今この世界はどうなっているのか詳しく教えてくれ」
ミーシャは今四つの勢力が力を持っていること、平穏を保っているがいつ崩れてもおかしくない状況にあること等、震えながらも真実だけを口にした。
「そうか、勇者の末裔もいるのか。そしていつ戦争が起きてもおかしくないと……。大体は分かった、礼を言うぞ…ミーシャだっけか?」
思いもよらない言葉にミーシャは唖然とゼシュアを見つめた。
「先程から震えているが……殺さないから心配しなくていいぞ?まぁ、昔の俺なら殺っていたかもしれんが、何だか今は殺人衝動みたいなものは無くなっているからな」
ミーシャは少しだけホッとした。今も微かに震えてしまうが無理もないだろう。なんせ目の前に伝説の魔法使いがいるのだらから、恐怖しないほうが不思議なくらいだ。
「さて、ここから一番近いのはマーシャル王国だっけか?」
「は、は、は、はい!!」
―――――――何やら嫌な予感がする。
「それじゃ行くか。お前もマーシャル王国の者なんだろ?案内してくれ」
嫌な予感は的中した。災悪の魔法使いを母国であるマーシャル王国に連れてきてもいいものか、母親や友人等も危ないんじゃないか。
無論、私が案内しなくても彼はすぐに見つけ出せると思うが、それでも少しの間時間を稼ぐことは出来るんじゃないか。
そんな私の考えを見抜いたように彼は口を開いた。
「心配しなくてもマーシャル王国に俺から手出しはしないさ。皆俺を知っているということだから………」
すると真っ白なマントが黒く染まっていき、普通の魔法使いが着ているような黒いマントになった。そして顔も口の辺りまでマントで隠す。
「これならバレないだろう。魔力を隠すことも簡単だし、後は……そうだ。俺のことはシュアと呼んでくれ」
何故彼が姿を隠すのか、彼なら堂々とマーシャル王国に入り見学することも容易いことなのに。自らめんどくさい方法をとるのか分からなかった。
「これでもまだ不安か?」
「い、いえ!とんでも有りません!」
「よし、なら行くぞ。ミーシャ」
ゼシュアはミーシャの後に続き、マーシャル王国へと向かった。